さーみんなー!
黒の章が始まるよー!
黒の章を読むときは部屋を明るくして、なるべくモニターから離れて読んでね!
さてさてさて。
みんなは作者に忘れられてキャラが変わっちゃった事ってないかな?
俺がいま、まさにそれ!
ちょーっと言動がおかしかったり、変な語尾になってたり、性格がフランクになってたりするかもしれないけど、それは全部作者のせいだからね?
違和感を覚えるかもしれないけど、本人はもっと違和感バリバリなんだ!
というわけで、あまり気にせず本編行ってみよう! よう! ようーっ!
「ほえー・・・でっかいねー・・・」
ルシアが、そびえ立つ王城を見上げながら呟いた。
王都ファルリーザの・・・いや、この国の中心、フォルグナック宮殿。
「ホント、バカみたいにでかいな・・・」
「まったくだ。どんな人間が住んでやがるんだろうな・・・」
いや、そりゃ王家の(それも直系の)人たちだろうけど。
「っと、いかんいかん。ぼーっとしてる場合じゃないぞ。仕事仕事」
俺は我に返ると、頬を叩いて気合いを入れた。
城門の脇には衛兵の詰め所がある。
「じゃあ、まずは俺が聞き込みしてみるから、よーく見ておくように」
俺は二人を振り返る。
賞金稼ぎ一年生のルシアに、俺のやり方を教えてあげようというニクイ心配りだ。
「わかりました、先生!」
・・・先生か、悪くない。
俺はニヤニヤしながら、ジーハーの肩を叩いた。
「ジーハーも、ちゃんと見とくんだぞ?」
「え? オレはいいよ。・・・どうせノヴィスの後について回る金魚のフンだからな」
すねているのか、ジーハーはそんなことを言う。
俺は真顔に戻った。
「何言ってるんだ。そんなことじゃ、俺が死んだ後どうするつもりだ」
「・・・死ぬとか言うな」
「いいや。これは純然たる事実だから、たとえお前が怒ろうとも言わせてもらう。
・・・俺は、間違いなくお前より先に死ぬ。それもそう遠くない未来だ。その時のことも考えて、いまから勉強しておいてくれ」
ジーハーはそっぽを向いてタバコをくわえた。
機嫌が悪いときの癖だ。
「・・・そんな時のこと、考えたくねえよ・・・」
「考えてくれ」
真剣な表情で俺は言った。
そんな俺達に挟まれて、ルシアがうろたえておろおろしている。
「・・・じゃないと、俺・・・安心して逝けないじゃないか」
ジーハーはそっぽを向いたまま耳を寝せた。
「わかったな?」
俺は返事も聞かずに歩き出す。
仕方なくついてくる二人。
「すいませーん、ちょっといいですかー?」
俺が声をかけると、衛兵はうさんくさそうな視線を投げてよこす。
「なんだ、お前達は」
「怪しいものじゃありません。通りすがりの、ただの賞金稼ぎです」
「・・・ちょっと怪しいかも」
ルシアが後ろで呟いた。
まあたしかに、怪しいわな。
「ちょっとコイツのこと聞きたいんですけどー?」
俺は懐から、サイラスの手配書を取り出した。
それを見た途端、衛兵が重いため息を漏らす。
「またか。いい加減にしろ」
「ってことは、他にも何人か、賞金稼ぎが訪ねてきたんですね?」
「何人か、なんて代物じゃない。その手配がされて以来、もう何百組かのゴロツキがやって来た」
もう一人の衛兵が、うんざりした調子で言う。
「そりゃまたご苦労様です」
「わかってるならとっとと消えろ」
「そうしたいのは山々ですが、こっちも仕事ですし」
そして、そんな俺達の相手をするのがお前達の仕事だ。
言外にそう宣言し、俺はへらへら笑った。
仕方なさそうに、衛兵が席を立つ。
「・・・で? 何が聞きたい?」
「単刀直入に聞きます。コイツが狙ったのって、誰?」
ど真ん中ストレートな質問。
衛兵は顔をしかめた。
「・・・ラルガイア様だ」
たしか、第二王位継承者。早い話が、王様の次男、王子様の弟だ。
「なんでそんな人が狙われたのかしら?」
「知らん。・・・聞きたいことはそれだけか?」
「あ、いや、まだ。どこでどうやって暗殺されかけたのか、聞きたいんだけど」
俺の質問に、衛兵は再び顔をしかめる。
無理もない。警備を担当するものにとって、この質問はそうとう不愉快だろう。
しかし、衛兵は苦い顔をしながらも答えてくれた。
「・・・中庭だ。サイラスは警戒厳重な我々の目を、巧みにかいくぐって中庭に侵入したのだ」
言い訳がましいセリフだった。
俺は必死で笑いをこらえて口を開く。
「暗殺の手段は?」
「・・・ナイフだよ。ヤツは、あろう事かラルガイア様をナイフで刺殺しようとした」
「刺殺?」
俺は首を傾げた。
「そうだ。・・・その現場を目撃した侍女が悲鳴を上げて、賊は慌てて逃げたというわけだ」
「悲鳴を聞いて、逃げた?」
「そうだ。・・・王子と侍女の目撃証言、そして現場に残されたナイフから、犯人を暗殺者のサイラスと断定し、手配をかけたってワケだ」
「現場にナイフが残っていたのか!?」
「そうだよ。暗殺者サイラスが普段から使っていた、毒のナイフだ。・・・もういいか? これ以上のことは俺達だって知らされていないんだ」
「あ、ああ。世話になったな」
俺は顎に手を当てたまま、詰め所を後にした。
ジーハーとルシアが、慌てて後を追ってくる。
「お、おい、いいのか? こんなあっさり引き下がっちまって」
「それとも、もう何かわかったの?」
「・・・いいや」
俺はかぶりを振った。
「ますますわからなくなった」
「まず最初に。ルシアも疑問に思ったみたいだけど、何でサイラスは第二王子なんて中途半端な立場の人間を狙ったのか」
そりゃ、俺達なんかに比べたら歴史的重要人物なんだけど。
「・・・雇われたからだろ?」
「そうだけど! 誰が雇ったのか、って話だよ!」
「つまり、アレでしょ? 暗殺するってことは、その人を殺せば、自分が得をするから、なんでしょ?」
「そうだな。あとは、その相手を殺したいほど憎んでいるか。だけど、第二王子って、そんなに憎まれるもんなのかな? 政治的な理由なら、親である国王や、兄である第一王子を狙うような気がするんだけど・・・」
「そうよね。そのセンは薄そうよね?」
「だろ? ・・・で、第二王子を殺して得をするのは誰だ?」
俺の問いに、ルシアは腕を組んで唸った。
その隣では、すでに考えることを放棄したジーハーが鼻をほじっている。
・・・この男は・・・。
ホント、ベッドの上以外は役に立たない。
「・・・誰だろう?」
「な? わからないだろ? そりゃ、相手は王家だから、俺達の予想もつかない理由があるのかもしれないけど」
「たとえば?」
「んー、たとえば、ホラ。親同士の決めた婚約がイヤで、婚約者が・・・とか」
我ながら苦しい理由だ。
そもそも、王家のものと結婚できるなら、よっぽどその王子がダメ人間でない限り、我慢するだろう。
「あ、あとはホラ。兄、第一王子が、遺産や権力の独り占めを目論んで、とか」
これも苦しい。
普通王子ってのは、王位を継ぐのがイヤで家出するものと相場が決まっているからだ。
「っつーかよ、そんなのどうでもいいじゃねえか」
鼻をほじりながら、ジーハーが言う。
「オレ達ゃ、サイラスをとっつかまえりゃそれでいいんだ。誰がどんな理由でサイラスを雇ったかなんてわかっても、賞金額は変わらねえんだし」
そうかなあ。
コトがコトなだけに、うまく運べば、色を付けてもらえそうな気もするんだが。
「まあ確かにジーハードの言うことも一理あるわね」
「一理、な。・・・いいか? こういった『なぜ、なんのために?』って疑問を突き詰めていけば、おのずと相手の動きを予測できる。賞金額に関係ないからといって考えるのを放棄してしまっては、行き詰まるぞ?」
「・・・で? これでサイラスの行方を推理できそうなのか?」
ジーハーの問いに、俺は言葉に詰まる。
「ほれみろ」
「う、うるさいな! 今回はダメだったけど、いつもは上手くいくんだい!」
嘘ではない。
いつもはこういった疑問から、相手の次の動きを予測しているのだ。
ただ、なぜか今回はさっぱりだ。サイラスの動きは支離滅裂で一貫性がない。一体何を考えているのやら・・・
「・・・まあいい。次へ行くぞ」
「へいへい」
ジーハーはニヤニヤ笑うと、タバコをくわえた。
・・・気に入らない。
気に入らないが、俺はムリヤリ気持ちを切り替えた。
「よし、じゃあ次の疑問だ」
「まだあるの?」
「山ほどあるじゃないか。なぜサイラスはナイフで犯行を行おうとした? 銃の方が確実じゃないか?」
「・・・よっぽどナイフの腕に自信があったんじゃない?」
「そうかもしれない。でもとてもそうは思えないんだ。なぜなら、ヤツは現場にナイフを残していってる。それも、反撃を受けたわけでもない、侍女に悲鳴を上げられただけで、だ。ナイフの達人の手際とは思えないね」
「単にビビッただけじゃねえの?」
「暗殺者がそんなことでビビるなよ・・・。そもそも、そんな小心者が宮殿に侵入するな、と言いたい」
下手をすれば極刑である。
「悲鳴だけで逃げたってのも、ヘンな話よね」
「だろ? 侍女に見られただけで逃げ出してるんだ。しかも、侍女はサイラスの顔を証言している。バッチリ顔を見られたってワケだ。普通なら、王子と一緒に始末しないか?」
「たしかにな」
「二人をいっぺんに殺害するのは大変だ、って思ったとか?」
「別に無理に二人とも殺す必要はないだろ?」
俺が言うと、ルシアは少し考え込んで、「あ、そうか」と手を打った。
そう。サイラスの狙いはあくまで第二王子ラルガイアだけのハズ。侍女に顔を見られようが見られまいが、王子だけを殺害して逃げれば、それで仕事は完了だ。
もちろん、俺がサイラスなら、侍女も始末するけどな。
・・・いや、俺はそもそも暗殺などしないが。
「コイツの行動、いちいち暗殺者らしくないんだよな・・・」
「・・・もしかしてさ、この事件、その侍女と王子の狂言だ、って言いたいの?」
ルシアが静かに言う。
「俺もその可能性は考えた。でも、そうするとナイフの存在が問題になってくる」
「ナイフ?」
「サイラスの使っていた毒のナイフ。そうそう簡単に手に入るものじゃないだろ? それにサイラスの人相を証言したのもおかしい。狂言だったら、相手は覆面をしていた、とか、もっともなことを言うんじゃないのか?」
「・・・たまたま口裏を合わせて騙った人相が、サイラスにそっくりだったとか」
「だったらナイフは? ナイフまでたまたまサイラスが使っていたものにそっくりだった、とか言うのか?」
「そっか。ナイフか・・・」
ルシアは腕を組んだまま首をひねる。
しばしの沈黙。
ナイフ・・・さっきの衛兵の話を聞く限りじゃ、サイラスは普段からこの毒のナイフを使っていたようだ。つまり、このナイフを残していくというのは、暗殺者がサイラスであるという何よりの証拠になる。
「何者かが、サイラスに罪を着せようとした・・・?」
俺の呟きに、二人は首を傾げた。
どうやら、俺の考えについてこれてないらしい。もっとも、ジーハーは考えてすらいないだろうけど。
「・・・もしくは、俺達にそう思わせたい何者かが仕組んだ罠・・・」
・・・罠?
俺の脳裏に、ある突飛な考えが浮かんだ。
いや、まさかな・・・
「なに? どうしたの?」
「いや、これは予想というか、カンなんだが・・・」
そう前置きして、俺は語った。
「・・・サイラスは、わざと自分を手配させたんじゃないかな?」
「えっ。な、なんのために?」
そう。なんのためだ?
――ああ、エサに食いついたか――
傷の虎人の呟きが、耳によみがえる。
「・・・さあ?」
俺は顔色一つ変えずに肩をすくめて見せた。
俺達は次に、サイラスが最後に目撃された場所に行ってみることにした。
場所はファルリーザ高級住宅街。
バカみたいにハイソな豪邸が、ズラリと並んでいる。
「ほえー・・・でっかいねー・・・」
ルシアが、そびえ立つ豪邸を見上げながら呟いた。
「ホント、バカみたいにでかいな・・・」
「まったくだ。どんな人間が住んでやがるんだろうな・・・」
いや、そりゃ貴族の人たちだろうけど。
「っと、いかんいかん。ぼーっとしてる場合じゃないぞ。仕事仕事」
俺は我に返ると、頬を叩いて気合いを入れた。
・・・一連のセリフにデジャヴュを感じたのは俺だけだろうか。
「じゃ、この辺から聞き込んでみるか」
「そうね」
「ん? ・・・おい、あれ」
ジーハーが前方を顎でしゃくった。
若干脂肪の付いた逞しい身体。ボリュームだけでいえばジーハーと大差ないのだが、上背がないので、ずんぐりむっくりした印象を受ける。そして、特徴のある顔の傷跡。
向かい傷のガルヴァ・ウォーレスだ。
「おっと」
俺は二人を路地に引き込んで姿を隠した。
「なんで隠れるんだ?」
「しっ。・・・俺はどうもアイツが苦手なんだ」
「天使を敵対視してたもんね」
俺だって天使は嫌いだ。
頬をふくらませつつ、物陰からコッソリ覗いてみる。
ガルヴァは俺達に気付かずに、一度だけ屋敷を振り返ると、歩き去った。
「・・・なんだ、アイツ?」
ガルヴァの振り返った屋敷を見てみる。
絢爛豪華という形容詞がピッタリな豪邸。
「アイツ、今ここから出てきたよな?」
「ああ。どこの貴族の家だろ?」
「さあね」
サイラスが最後に目撃された場所。
そして、そのサイラスを『エサ』と呼んだ男。
偶然とは思えないな。
「・・・こりゃ、思った以上に複雑な事件みたいだな」
「どういう意味だ?」
「そのまんまの意味」
俺は物陰から出て、もう一度屋敷を見上げた。
ズラリと並んだ窓は、どれも曇り一つ無く磨かれている。両開きの扉は鉄製だろうか、重厚なイメージ。見事に手入れされた庭には池があり、水草が浮いている。
非の打ち所のない豪邸なのだが、俺はなぜかこの屋敷に悪寒を感じた。
言いようのない負の感情。目に見えないそれらが、渦を巻いているような。
「・・・気のせい、かな・・・」
「なにがだ?」
「いや、なんでも」
「ノヴィス、顔色悪いわよ?」
ルシアに言われて始めて、俺は気分が悪くなっていることに気が付いた。
胃の中がぐるぐるする。血を吐く兆候だ。
ああ、悪寒はきっとコレのせいだな。
自分にそう言い聞かせて歩き出す。
しかし、その歩みもじきに止まった。
「・・・やっぱり気になる。ちょっと調べてみよう、この家のこと」
「へ? この家? ガルヴァに聞いてみるのか?」
「そんなことできるか。近所の人に、だよ」
俺達は人が通りかかるのを待って、呼び止めた。
おそらく近所の住人だろう。
ゴージャスな身なりのおばちゃんだった。きっと語尾に「ザマス」がつくに違いない。
「・・・なんですか?」
あからさまに不審な眼差しで、彼女は言った。
俺だけならば問題はない。自分で言うのもなんだが、超美形キャラだ。きっと彼女も喜んで話し相手になってくれたことだろう。
しかし、その脇に、天をつく巨漢の熊人と、異形のサムライ娘が控えていたのでは話が違ってくる。
おばちゃんは顔を引きつらせ、「先を急ぐので」と言い残して立ち去った。とても急いでいるようには見えなかったのだが。
「・・・なあ」
「ん?」
「悪いけど、二人とも物陰に隠れててくれないか?」
再アタック開始だ。
次の相手はメイドさん。
――うむ。
さすがに貴族に仕えるだけあって、ルックス、スタイル共に文句なし!
「・・・なんでしょう?」
心の中で親指を立てる俺に、だがしかしメイドさんの反応は冷たい。
「ああ、すみません。思わず見とれてしまいました」
「――うげ。真顔であんな事言ってるよ・・・」
犬人の耳が、離れたところから観察するルシアの呟きを捕らえたが、むろん無視。
「・・・ナンパですか?」
まんざらでも無さそうに、メイドさん。
「そうですね。もし許されるのなら、あなたと恋に落ちたいところですが、僕に残された時間はあまりにも少ない。ですから用件だけをお伝えします。非常に残念ですが」
あまりにわざとらしく大仰な仕草に、メイドさんの態度が少しだけうち解けたのがわかった。
何度も言うが、俺は超のつくほど美形キャラだ。その気になればナンパなどものの数ではない。
「・・・ぎりぎりぎりぎり・・・」
この、物陰から見守る相棒の、凶悪な歯軋りさえなければ。
「残念ですけど、私も時間が無いんです。お使いの途中ですからね」
「そのようですね。いや、仕事に精を出す女性というのは美しい。世の女性も、少しはあなたの勤勉さを見習うべきです」
メイドさんは呆れながらも、くすっと笑った。
「・・・っていうか、サッサと本題に入りなさいよね・・・」
「ノヴィスの浮気者ぉ・・・!」
うるさい外野だなあ。
俺は急かされるように、本題に入った。
「実はちょっとお尋ねしたいことがあるんです。・・・あの家、どういった方が住んでいるんでしょうか?」
俺は先ほどの屋敷を指す。
途端に、メイドさんの顔色が変わった。
「あ、あの私、お買い物の途中で・・・」
踵を返そうとするメイドさんの腕を、俺は掴んだ。
「は、離してください。別の人に聞けばいいじゃないですか」
「お願いします。事は一刻を争うんです。どうか、人助けだと思って」
俺の真摯な表情に心動かされたのか、メイドさんは腕の力を抜いた。
やがて、目を伏せ、話し始める。
「・・・どうせすぐわかる事でしょうし・・・でも、あまり関わりたくないんです・・・私から聞いたって事は、言わないでくださいね・・・」
「約束します。ありがとうございます」
俺はメイドさんの手をぎゅっと握った。
メイドさんの頬が朱に染まる。
「・・・ぎりぎりぎりぎり・・・!」
「びくっ」
地獄の底から響いてくる歯軋りの音に、俺は思わず手を離した。
「?」
「あ、いえ、コレは失礼。馴れ馴れしすぎましたね。すいません」
「え、ええ・・・」
その表情が、少し残念そうなのは気のせいだろうか。
俺は背中に激しい嫉妬のオーラを感じて、冷や汗をかいた。
・・・胃に悪い。さっさと済ませてしまおう。
「それで、あの屋敷は・・・」
「あ、はい。えっと・・・アンナマリー様の、お屋敷です・・・」
「・・・え」
俺は言葉を失った。
アンナマリーといえば、おそらく誰もが知っている、元老院議員、アンナマリー・サーティーンの事だろう。
しかし、その実態はブラックマーケットの元締め。
・・・早い話、人身売買の親玉だ。
子供をさらって売った金で貴族の地位を買い、さらに元老院議員の椅子まで手に入れた女。もちろん、何一つ証拠はないのだが、火のないところに煙は立たない。というか、もう公然の秘密となっている。
ガルヴァは、そんな女の家で何をしていたんだ・・・?
「あの?」
硬直する俺を心配し、メイドさんが顔を覗き込んできた。
「あ、大丈夫です。ありがとうございました」
「もう、いいんですか?」
「はい。充分です」
メイドさんは軽く頭を下げると、去っていった。
入れ替わりに、物陰から二人が出てくる。
「アンナマリー・サーティーンの家だったのね」
「ああ。道理でイヤな気配がするわけだ」
俺は吐き捨てるように呟いた。
気分が悪くなってくる。
「なあ」
ジーハーが口を開いた。
「アンナマリーって誰だ?」
今度は俺達が口を開く番だった。
ただし、ポカンと。
「し、知らないの!?」
「おまえ、頭が悪いにも限度があるだろ!?」
「う、うるせえな! 知らねえモンはしょうがねえだろ!」
いや、知らないのではなく忘れているだけだ。
なにせ、賞金首の中には誘拐犯も多くいる。俺はジーハーに何度かアンナマリーの話をした記憶がある。
・・・っていうか、さては聞いてなかったな、コイツ。
「貴族で、政治家で、奴隷商人だよ。前にも話しただろ?」
「そうだっけか?」
「そうだよ!」
「・・・あんなスゴイ家に住んでるんだ。・・・なんかさ、許せないよね」
と、ルシア。
『商品』になるのは9割以上が年端も行かない子供達。
売り飛ばされた子供達の用途は様々だ。その多くは『労働力』として強制労働させられるが、他にも、歪んだ欲望を満たす『道具』にされたり、安くて新鮮な『臓器』として売買されたり。・・・毛並みの良い子供が、『剥製』にされたという話も聞く。
いずれにせよ、消耗品に代わりはない。
人生を全うできる子供達が1パーセントに満たない事は、誰の目にも明らかだった。
ルシアが怒るのも無理はない。
かくいう俺だって。
以前とある賞金首を追っていた時の事だ。
そのとき一度だけ目にした、『商品』カタログを思い出し、吐き気がこみ上げた。
「・・・げほっ」
思わず咳き込む。
口元を押さえた手が、血に濡れた。
「うわっ、怖っ」
・・・・・・。
やっぱり目の前で血を吐かれるのは怖いのだろうか。
幸か不幸か、俺はいつも怖がられる立場なのでわからないが。
「ちょ、ちょっと、やだ、大丈夫?」
「・・・平気。いつもこうだから」
そういえばルシアの前で血を吐いたのは初めてだったかな?
「もう二、三回すれば、すぐ慣れるよ」
「慣れねえよ」
ジーハーがむっつりと言った。
・・・そんなもんかね。
「まあ当面の課題は、だ」
ハンカチで手と口を拭きながら、俺は言う。
「向かい傷のガルヴァが、そんな女の家で何をしていたのか、って事と、人身売買と王子暗殺未遂が、どう繋がるのか、ってことだな」
自分で言っといてなんだが、繋がりそうに無いなあ。
「王子の件とは関係ないんじゃない?」
「オレもそう思うぜ?」
「奇遇だな。俺もだ」
満場一致だった。
いくらなんでも、王子を誘拐して売り飛ばそうなんて考えないだろうし、サイラスは誘拐犯ではなく暗殺者だ。
ガルヴァのセリフは気になるが、さすがに今回の事件とは別件だろう。
「・・・さて、それじゃあ気を取り直して、聞き込み再開しますかね」
「おう」
「今度はどこ?」
ルシアの問いかけに、俺は顎に手を当てて考え込む。
どうやら、これは俺が考え事をするときの癖らしい。ジーハーに言われるまでは気付かなかったが。
「ふーむ、手がかりが少なすぎる、ちょっと別行動にするか」
「別行動かー。あたし一人で聞き込みできるかな?」
「ルシアなら問題ない。・・・まあ、その恰好で引かれるかもしれないが。
・・・問題は・・・」
俺とルシアの視線が集中する。
問題へと。
「な、なんだよ?」
「・・・まあ、期待はしないでおこう」
「そうね」
「お、おまえら、失礼すぎだぞ!」
「はいはーい。じゃ、ここで一端解散ー。
・・・そうだな、夕方になったら昨夜の宿に集合。ゴハンでも食べながら報告会と行きますか」
「オッケー」
「み、見てろよ。オレだって、やればできるんだからな!」
俺は歩きながら舌を出す。
まったく、単純なんだから。
さて。
二人と別れた俺は、いまだに高級住宅街をうろついていた。
なんといっても、最後に目撃された場所だ。現在のサイラスに最も近いハズ。
・・・なのだが。
「あー、チクショウ、誰もサイラスの事なんて知りゃしない」
道端のベンチに座り込んで、俺はひとりごちた。
そもそも、ホントにこんなところで目撃されたのかね。
その目撃者に直接話を聞ければ話は早いのだが、それはできない。
なぜなら、ギルドは情報提供者が誰なのか、絶対に教えてくれないからだ。
情報提供者に害が及ばないための処置らしい。なんでも昔、情報提供者が誰なのかバレて、犯罪者に報復されたことがあったとか、なかったとか。
「・・・最後の手段、使うかね・・・」
最後の手段。それは女の武器ならぬ、男の武器を使う方法だ。
ギルドの窓口は大抵が女性である。
俺の美貌とナンパテクニックを駆使して口説き落とし、持ち出し厳禁の裏ファイルを持ってこさせるという、結婚詐欺一歩手前の非道手段。さすがの俺も心が痛む。
もちろんジーハーにはナイショだ。
以前、一度だけバレたことがあるのだが、それはもう恐ろしい仕打ちが・・・いや、やめよう。思い出しただけでも血の気が下がる。
「・・・寒・・・」
気温はおそらく汗ばむほどなのだが、俺は肩を抱いて震えた。
トラウマになっているのかも。
「ダメだ。危険すぎる」
俺の身が。
ここは地道に捜査するしかないかな・・・。
仕方なく、俺は立ち上がった。
これで手ぶらで帰って、もし二人が成果を上げていたら、立つ瀬がない。それだけは避けねば。
「・・・うっし!」
気合いを入れて、俺は歩き出す。
もうこうなったら、片っ端から聞き込みしてやる!
「――で? 収穫は?」
テーブルについた俺は、二人の顔を見渡して尋ねた。
ジーハーの顔は、見るからに落ち込んでいる。まあ、コレは予想通りといったところだが、問題はルシア。
イヤに得意げに、ふんぞり返っていた。
「チョロいモンよ。もうサイラスは捕まえたも同然ね」
「ほう。いい手がかりを見つけたのか?」
「え、マジで・・・?」
ジーハーの表情が、落胆から焦りに変わる。
「そりゃもう、致命的なヤツをね。ジーハードは?」
ルシアは、知ってか知らずか、気の毒な質問をした。
・・・知ってて聞いたんだとしたら、けっこう性格悪いな。
「・・・ねえよ」
案の定、ジーハーはそっぽを向いてタバコをくわえた。
「ふうん。やればできるってことを、証明してくれるんじゃなかったのか?」
「ぐっ・・・」
「そういうノヴィスはどうなのよ?」
「ぐっ・・・」
俺もプイとそっぽを向いてストローをくわえた。
「なんだよ、おめえだってダメだったんじゃねえか」
ニヤニヤ笑いながら、ジーハーは俺の肩に腕を回してきた。
ドサクサに紛れて、過剰なスキンシップを計るんじゃない。
俺はその腕を振り解く。
「・・・べ、べつに収穫がゼロだったワケじゃない」
「ほほう」
「そうなの?」
「ああ。サイラスの目撃証言、ありゃ嘘だ」
俺はそう言って、くわえたストローをグラスに戻す。もちろん中身はソフトドリンク。
「・・・え?」
「ウソ?」
「そうだよ。俺は今日だけで30人近くの人に聞き込みした」
その結果、サイラスを見かけた人間は皆無だった。
いくらなんでも少なすぎる。
これはもう、あの目撃証言がウソだったという動かぬ証拠だ。
うん、そうだ。そうに違いない。そう決めた。
「そ、そんなことないわよ」
頬杖をつく俺に、ルシアが慌てた様子で声をかけた。
「ん? なんでだ?」
「そういえばルシア、おまえ何か手がかりを見つけた、とか言ってたな?」
「うん。これ、たぶんスッゴイ情報だよ?」
「ほほう」
「どんなだ?」
「あのね、サイラスは今、東区画の下水道にいるんだって」
「は?」
下水道?
初耳だぞ、そんな話。
「誰に聞いたんだ?」
「え? ・・・知らないオジサン」
「なんて言ってたんだ?」
「んーとね、あたしがサイラスの手配書見せたら、『ああ、コイツが下水道の中に入ってくのを見たぞ』って言った」
「間違いねえのか?」
「うん。間違いないって言ってたもの」
間違いない?
手配書を見せただけで、そんなに断言できるほど、ハッキリ顔を見たのか?
「・・・どの辺の下水か、わかるか?」
「わかるわ」
ルシアはそう言ってテーブルの上に地図を広げた。
「東区画の、この辺、刑務所があるでしょ?」
ルシアの指が地図をなぞり、刑務所の上に止まる。
そのまま真下に降りて、川を指した。
「ここから南に下ったところに川が流れてて、この辺から下水道に入れるらしいの」
「ふーん」
「普段は柵がしてあるんだけど、最近何者かに壊されちゃったんだって」
この短時間でよく調べたな。
ひょっとすると、俺よりこの仕事に向いているのかもしれない。
・・・いや、いやいや。これはアレだ。きっとビギナーズラックってヤツだ。
「すっげえな、おい! お手柄じゃねえか!」
「え? あ、うん。えへへ」
「ホント、どっかの誰かさんより全然役に立つな」
「む・・・。おめえだって、収穫ゼロだったくせに・・・」
ジーハーはそう呟いたが、俺は聞こえないフリをした。
「よし、じゃあ明日にでも早速行ってみよう。その下水道とやらに」
なんだかうさんくさい話ではあるが、他に手がかりがない以上、行ってみるしかないだろう。
俺は話をまとめると、席を立った。
「メシ、くわねえのか?」
「食欲がないんだ」
肩越しに手を挙げてそう答えると、俺はその場を後にした。
事実、なんだかイヤな予感がして食欲は皆無だった。