3 侵蝕

 

 

翌日。

俺たちはさっそく賞金首を求めて出発することにした。

何しろ相手は500万の大物だ。いつ先を越されるとも限らない。

「おっはよー!」

通りの向こうから、ルシアの元気な声。

サムライの恰好はやはり目立つのか、通り中の視線を集めている。

「おはよう」

「うっす」

当然、仲間と思われた(実際仲間だが)俺たちにも視線が集中する。

「な、なあ。おめえそんな恰好で恥ずかしくねえのか?」

注目に耐えかねたジーハーが耳打ちした。

「なんで? ヤマトじゃごく普通の恰好よ?」

「いや、ここヤマトじゃないし」

俺は呆れた。

っていうか、この女、きわめて目立ちたがりな性格らしい。

ま、俺も目立つのは嫌いじゃないから、別に良いんだけど。

「ジーハーには気の毒だな」

「? なんで?」

「コイツはブサイクだから、目立つことに慣れてないんだ」

「うわ、ひどい」

とかいう声が嬉しそうだ。

ジーハーは憮然としたままだが、ブサイク呼ばわりしたことに腹を立てているわけではなさそう。どうせ、俺が女と親しげに話していることに妬いているのだろう。

俺はニヤニヤ笑っていたが、ふと喉に痰が絡んで咳き込んだ。

「・・・大丈夫か?」

「げほっ、げほっ・・・ん、大丈夫」

血は吐かずに済んだ。

「ねえ、ノヴィスってやっぱりどっか悪いの?」

ルシアが聞いてきた。

「なんで?」

「だって・・・なんか、昨日も今日も顔色悪いし。ほら、このあいだもクスリ飲んでたじゃない?」

「うーん・・・」

俺は思わずジーハーと顔を見合わせた。

まあ、ルシアは旅の仲間なわけだし、教えておいた方がいいかな。

「実はな、俺、もう長くないんだ」

「なにが?」

・・・・・・。

いや、「なにが?」って・・・

「・・・えっと、寿命?」

「またまたぁ」

そう言ってからからと笑うルシア。

・・・ハイ、笑い飛ばされました。

「って、いや、冗談じゃなくて。俺、もうじき死ぬんだよ」

「――そういう言い方やめろよ!」

割と本気で怒るジーハーに、俺は思わずビクッと身を縮め、ルシアの笑いも止まる。

「・・・え? マジ?」

「・・・うん、マジ」

・・・・・・

何とも言えない沈黙が落ちた。

「えっと・・・詳しく聞いてもいいのかしら・・・?」

「ダメだ」

俺が「いいよ」と答えるより速く、ジーハーが言い切った。

再び沈黙が訪れる。

「だから速く行こうぜ」

ジーハーはムッとしたまま歩き出し、煙草をくわえた。

あー、結構本気で機嫌悪いな、こりゃ。

俺たちは慌ててそれに続いた。

「・・・ねえ、ひょっとしてあたし嫌われてる・・・?」

こっそり聞いてくるルシア。

「いや、たぶん人見知りしてるだけだよ。うち解けてくれば大丈夫」

「そう?」

「あいつ、ああ見えて結構人良いから。じゃなきゃ一緒に旅なんかしてないよ」

っていうか、何で俺がジーハーなんかのフォローをせにゃならんのだ。

だんだん腹が立ってきた。

そもそも、アイツが勝手に嫉妬してるだけじゃないか。なぜ俺が気をもまなきゃならない?

「あ、悪い、ルシア」

「なに?」

「ちょっとギルド行って、手配書もらってきてくれないか?」

「ああ、そういえばもらってきてないわね」

「頼むよ。俺、あそこの空気はちょっと苦手でさ」

「わかったわ。じゃあちょっと行って来る」

ルシアはイヤな顔一つせず、ギルドへ向かってくれた。

ああ、いい娘だなあ。

・・・さて。

「ジーハー。おまえ、その態度はなんだ?」

俺はルシアが見えなくなるのを確認した後、ジーハーに詰め寄った。

「・・・だって・・・」

ジーハーはそっぽを向いて口を尖らせる。

くわえた煙草が跳ね上がった。

「だってじゃない。何でルシアに辛く当たる? 彼女が何か気に障ることでもしたか?」

「・・・わかってるよ」

「なに?」

「――わかってるよ! アイツは何も悪くない! オレが勝手にヤキモチ妬いてるだけだ!」

「だったら・・・」

「わかってるけど! ・・・頭じゃわかってるけど、割りきれねえんだよ・・・だっておめえ、アイツのこと好きだろ?」

俺は言葉に詰まった。

「い、いや、俺は別に・・・」

「ウソだ」

・・・・・・。

俺はわしわしと頭を掻いて、認めた。

「あー・・・そりゃ確かに好みのタイプだよ。でも、それだけだ」

「オレにはそれだけで充分なんだよ。いつおめえらがくっつくかと思うと、気が気じゃねえんだ」

ジーハーはうつむくと、

「・・・オレには、はなっから勝ち目なんてねえんだからな・・・」

ぼそりと呟いた。

聞こえるか聞こえないかの声だったから、きっと俺には聞こえないように呟いたつもりなのだろう。

しかし犬人は生憎と耳がいい。

「ジーハー・・・」

「・・・オレだってイヤだよ。こんな自分。何とかしたいと思うし、できることならアイツとだって仲良くやりてえ」

「ジーハー!」

俺はジーハーの口からタバコをむしり取って投げた。

驚いたジーハーが目を丸くする。

「目をつぶれ。歯を食いしばれ!」

「え? な、なんで」

「――いいから!」

俺の剣幕に押されてか、ジーハーは渋々目を閉じて歯を食いしばった。

そんな口に、俺はそっとキスをする。

驚いたジーハーの目が見開かれた。

「・・・え?」

「――おまえの不安はよくわかるよ。・・・正味な話、俺はノンケだから、おまえの気持ちにどれだけ答えてやれるかわからない。・・・でもな、俺はそんなおまえと今まで一緒に旅をしてきたんだ。・・・その意味を、もっとよく考えろ」

俺はプイと横を向いて言い放った。

自分でも顔が真っ赤になっているのがわかる。

「ノヴィス・・・!」

感涙に目を潤ませたジーハーが抱きついてきた。

「ちょっ、バカ! やめないか! 往来の真ん中で!」

「何いってんだよ。自分はもっとすげえコトしてきたじゃねえか」

「あ、あれは、仕方なくだ!」

「へへへ。なあ、も一回。も一回しよ?」

「ふざけるな! もう二度とするものか!」

ちょっとサービスしすぎたか。

調子に乗ったジーハーはムリヤリ俺の唇を奪うと、満足して腕を離した。

「――ぷはっ。お、おまえなあ! レイプまがいのことは、もうしないと・・・!」

「同意の上じゃねえか」

「同意してないっ!」

「へへへ。ありがとな、ノヴィス」

「む・・・」

「そうだよな、ノヴィスとのつきあいはオレの方が長えんだ。オレの方がよくわかってる。うん、大丈夫、もう大丈夫だ! ルシアとだって、真っ正面から向き合ってやるさ!」

ジーハーは、そのたくましい胸をどんと叩いた。

「・・・まあ、それなら今回だけは許してやる」

仕方ない。俺はひとつため息をついた。

ジーハーとのキスは、ほんのりタバコの味がした。

・・・こんなコト、もう絶対しないからな!

 

 

ルシアと合流した俺たちは、王都ファルリーザへ向けて出発した。

ファルリーザまでは汽車で約一日。

この時間に出れば明日の昼前には王都に入れる予定だ。

ガタゴト揺れる汽車の旅、俺は結構好きだった。

「ねえ、二人は飛空船、乗ったことある?」

ルシアが流れる風景を見ながら聞いてきた。

そこに目を向ければ、大空を優雅に舞う巨大な帆船の姿が。

今は無き技術、神聖科学の結晶だ。

「ないな」

「オレもねぇ」

「あたしも。高いもんねー」

いろんな意味でな。

確かに飛空船に乗ることができれば、王都などあっという間だ。

しかし、あれには選ばれた人間しか乗ることができない。

大昔はあんなものが大空狭しと飛び交っていたそうだが、その技術が失われた現在、飛空船はごくごくわずかな数しか遺されていない。

この大陸でさえ、三隻を遺すのみとなっている。

うち一隻を教会が、一隻を元老院が、そしてもう一隻を王家が所有している。

あれはおそらく教会が一般に開放している定期船「ゾーエ・アイオニオス」だろう。

一般といっても、料金はべらぼうに高いが。

「死ぬ前に一度は乗ってみたいわね」

「そうか?」

「だって空が飛べるのよ? 憧れない?」

――空を飛ぶ。

それはこの国では禁忌だ。

飛空船以外の飛行は許されない。

もっとも、それ以外に手段など無いのだが。・・・少なくとも普通の人間には。

「空なんか飛んだって面白くも何ともないよ」

普通の人間でない俺が言う。

「なんだか、自分は空を飛べる、みたいな言いぐさね」

「まあね」

「コイツは飛べるからな。実際」

「うそ?」

「ホント。『黒き翼のノヴィス』の二つ名は伊達じゃないのさ」

証明してみせる気などさらさら無いが。

やがて飛空船は、雲間に溶けて見えなくなった。

とくにすることのない俺たちは、それでもしばらく空を見上げていた。

「ああ、そうそう、さっきの話だけど」

思い出したように俺が切り出す。

もちろん忘れていたわけではなく、言い出すタイミングを見ていたのだ。

「なに?」

「俺に残された時間のことだ」

二人の態度が硬化する。

「ルシアには、言っておいた方がいいと思うんだ」

「・・・そう、だな」

ジーハーの同意を得て、俺は口を開く。

「俺の命は長くて三年。短ければ一年だ」

「え!? そんなに悪いの!?」

「まあね。それと、俺は発作が起きると大抵吐血する。でも大したことはないから、あまり心配しないでほしい」

「血を吐かれて心配するな、ってほうが難しいと思うけど・・・」

「だよな。すっげえ怖いぜ? 目の前で血ィ吐かれると」

やかましい。俺だって吐きたくて吐いてるワケじゃない。

「その発作を抑えるためにクスリを飲んでるの?」

「いいや。むしろ逆」

「逆って?」

「このクスリを飲むから、発作が起きる」

俺は懐から薬瓶を取り出して見せた。

「コイツのせいで、俺の内臓はボロボロなんだ。錬金術で精製された、特殊なクスリ。間違っても飲もうとするなよ? 劇薬だからな」

「しないわよ。・・・でも、そんな危険なクスリを、どうして・・・?」

「コイツを飲んでなかったら、俺はとっくにこの世から消えてる。今飲むのをやめても同じ。半年持たないだろう」

「そう・・・なの・・・」

「あと、もう一つ。満月の晩、俺は無力化する」

「お、おい。そんなことまで・・・」

ジーハーが慌てて口を挟んだが、俺は「いいんだ」と目で合図した。

「無力化?」

「そう。コイツがね」

そういって俺は右手をかざして見せた。

「俺の身体を『喰う』んだ。苦痛と恐怖で俺は俺でいられなくなって、暴走する。大抵は部屋に閉じこもってるから問題はないけど、できれば、その時の俺は見ないでやってほしいんだ。・・・みっともないからね」

「それはいいけど・・・それって、いったい何なの?」

「コイツ?」

俺は手袋の上からそれを撫でた。

手の甲の部分が、異様に盛り上がっているのがわかる。

「――天使さ」

 

 

その日の晩。

俺たちは汽車を降りて宿を取った。

汽車の中には一晩中走るヤツもあるが、俺たちが乗るような一般の汽車は夜になったら車庫に戻る。当然、乗客はその一個手前の街で全員降ろされてしまうのだ。

「さて。メシ食ったらさっさと宿に戻ろう」

月明かりの下を歩きながら、俺は言った。

分厚い雲は風に流され、隠れていた月はすっかりその姿を現している。

「ね、ねえノヴィス」

ルシアが遠慮がちに声をかけてきた。

その顔色が青く見えるのは、月光のせいばかりではないだろう。

俺はわかってるよ、と答えて空を見上げた。

月。

神々が住むと言われている、永遠の楽園。

「――ゾッとするくらい、綺麗な満月だな」

右手の天使が、ぐるりと胎動したのがわかった。

 

 

さぁて。

こっからは趣向を変えて、このオレ、ジーハード・ウィルクオンスが語り手を務めさせてもらおう。

なぜか、っつーと、ノヴィスは満月の晩に正気を失っちまうからだ。

ま、エッチしてるときのアイツも、正気じゃねえけどな。へっへっへ。

・・・え? なんだって?

・・・こういうコト言うと、客が引く? ・・・んだよ、めんどくせえな。

わぁった、わぁった、次からは気を付けるよ。

・・・・・・。

・・・・・・。

えっと、どうすりゃいいんだ? これ。

現状説明? おう、まかせろ。

 

オレ達は宿に戻ってきたのだった。

外は、相変わらずの満月だった。

月は神の住む国とか言われてっけど、オレにしてみりゃ、愛するノヴィスを苦しめる、イヤなヤツだった。

さっきまでは元気そうだったノヴィスも、今はもうツラそうにしているのだった。

・・・え?

『〜のだった』禁止? なんで?

客に飽きさせないように、文章の語尾を色々変えろ? ・・・んだよ、めんどくせえな。

わぁった、わぁった、次からは気を付けるよ。

・・・・・・。

・・・・・・。

えっと、どこまで話したっけ?

そうそう、ノヴィスの顔色が悪くなってきているのだった。・・・あ、いや、なってきていた。

オレはノヴィスに肩を貸すようにして部屋に戻ると(当然、オレ達は同じ部屋だ)ドアを閉めて鍵をかけた。

「大丈夫か?」

と、オレ。

「・・・まだ、なんとかな」

と、ノヴィス。

「クスリ、飲むか? 水持ってこようか?」

と、オレ。

「ああ、そうだな」

と、ノヴィス。

・・・え? こういうときはいちいち報告しなくてもいい? ・・・んだよ、先にいえよ、そういうことはよ。

ともあれ、オレは水を持ってくると、ノヴィスに渡した。

ノヴィスは左手でそれを受け取り、クスリをいくつか口に放り込んで飲み下した。

「お、おい、そんなに飲んだら・・・」

「大丈夫だよ、死にはしない。・・・確実に寿命は縮まるがな」

そんな冷静に悲しいコトいうなよ。

オレはいたたまれなくなって(お、いい表現だよな、コレ)拳を握りしめた。

ノヴィスはそんなオレを気に留めた様子もなく、コップを机に置くと、ベッドに腰掛けた。

 

窓の外には巨大な満月。

青く、蒼いノヴィスのシルエットはとても儚げで、今にも溶けてしまいそうだ。

オレはそんなノヴィスを捕まえるように、そっと抱きしめた。

ノヴィスの身体は小刻みに震えていた。

すでに「侵蝕」が始まっているのか、それとも、これから来る激痛に恐怖しているのか。

オレは腕に力を込める。

普段なら「やめろ」と言ってふりほどくノヴィスだが、この日ばかりはおとなしくオレに抱かれていた。

少しでも。ホンの少しでもノヴィスの不安を和らげてやれるなら。オレはいつでも、いつまでもこうして抱いてやりたい。・・・そりゃ、オレの願望も混じっちゃいるが、それはまた別の話だ。

「――始まる。離れてろ」

震える声でノヴィスは言うが、オレがその言葉を聞くハズがないことはわかっている。

「ぐっ・・・うぅぅ・・・」

小さく呻いてノヴィスは身体をこわばらせた。

熊人であるオレの腕力を振り解かんばかりの勢いで右手が跳ね上がる。

そう、ノヴィスの意志とはまるで無関係に。

「あああああああっ!」

びりり、と革の手袋が引き裂かれた。

内側から、見えない力で。

ノヴィスの手の甲に、蒼い、そう、ちょうど今日の満月と同じ色をした宝石が埋め込まれている。

いや、それは宝石なんかじゃねえ。

ぎょろりと宝石がひっくり返って、現れたのは瞳孔。まるでトカゲの目のような、不気味な瞳だ。

「・・・イグドラシル・・・!」

オレは低い声で、「そいつ」を睨み付けた。

天使イグドラシル。

ノヴィスの腕に寄生し、身体を乗っ取ろうとする植物状の高位生命体。(ってノヴィスが言ってた)

イグドラシルの瞳が、スッと細くなる。

――嗤いやがった。

オレがそう直感した刹那、ノヴィスがひときわ大きな悲鳴を上げて身体を仰け反らせる。

「あああああああああああああああああああああっ!」

バリッ。

そんな音すら立ててノヴィスは翼を広げた。

黒い、漆黒の、巨大な翼。

その四枚の羽根は、ノヴィスの背中から直接生えているわけじゃなく、身体から少し離れた場所に浮かぶように存在していた。

それでも、この翼を開くときには背中を引き裂かれるような痛みが走る、らしい。

「死を運ぶ鳥の翼だよ」いつかノヴィスが、自嘲めいてそう言っていたっけ。

「ぐっ、ううっ・・・ぐうううぅぅぅっ!」

残された左手で身体を抱くようにしてノヴィスは折れた。

オレがしっかりと抱きしめる。

バサリと翼を羽ばたかせるたびに、ノヴィスの体重が感じられなくなる。

抜け落ちた羽根は、床に落ちる前に虚空に溶けて消えた。

「しっかりしろ・・・! オレがついてるからな・・・!」

イグドラシルは嗤い続け、その根を脈打たせた。

ノヴィスの身体に、入り込もうとしていやがる。

「ぐぅ・・・あああああああっ!」

痛みに耐えかねたノヴィスが暴れ出した。

オレの腕を振り解こうと、必死で暴れ回る。

ダメだ。今この腕を離しちゃダメだ。

オレは渾身の力で押さえ込まなければならなかった。

普段のノヴィスの力なら、簡単なことなのに、このときばかりはこっちも全力だ。

やっぱ、人間死ぬ気になったらすげえ力が出せるんだな。

っと、感心してる場合じゃねえ。

「しっかりしろ、大丈夫! 大丈夫だから・・・!」

オレは(おそらく聞こえていないだろうけど)ノヴィスを励まし続ける。

相変わらずノヴィスは叫び続け、暴れ続けた。

牙を剥いて睨み付け、オレの肩にその牙を食い込ませる。

「・・・っ・・・!」

オレは歯を食いしばって痛みに耐えた。

肩口から血が流れ出るのを感じる。

涙が出てきた。

傷が痛いわけじゃねえ。

自由を奪うオレのこと、今のノヴィスにして見りゃ、敵に映ってんだろうな。

それが悲しかった。

「ね、ねえちょっと。大丈夫?」

扉の向こうからルシアの声が聞こえてきた。

「来るな!」

オレは大声で怒鳴り返す。

「・・・頼むから、見ねえでやってくれ・・・!」

「わ、わかったわ・・・」

ルシアの気配が引き下がる。

・・・最低だ、オレ。

こんな状況なのに。こんなひでえ状況に、オレは、ノヴィスを独占してるような、イヤな優越感を抱いていた。

冷静に考えりゃ、こんな恰好を見せたくねえ、っていうルシアの方が、ノヴィスにとっては大事な存在なのかもしれないけど。

・・・今オレは、このアドバンテージを渡すものか、って、そんな不純な動機でルシアを突っぱねたんだ。

・・・ホント、最低だ、オレ。

「ゴメン・・・! ゴメンな・・・!」

誰に対して謝っているのかわからぬまま、オレは謝った。

黒き天使の翼が、ひときわ大きく広がり、窓を覆い尽くした。

部屋中の光が、翼に吸収されていくのがわかる。

闇に閉ざされる部屋の中、オレはその光景をキレイだと思った。思っちまった。

「ノヴィス・・・!」

オレはノヴィスを抱きしめ続ける。

たとえどれだけ暴れようと。

たとえどれだけ叫ぼうと。

たとえどれだけ牙を立てられようと。

オレは、ノヴィスを抱きしめ続ける。

 

 

いつしか月の光は弱まり、腕の中のノヴィスはぐったりとおとなしくなっていった。

「はぁ・・・はぁ・・・ぐっ・・・」

まだ時折、激痛に顔を歪めるが、もう大丈夫っぽい。

気が付くと、黒き翼も消えていた。

「・・・大丈夫か?」

「あ・・・う・・・」

まだまともに喋れねえのか。

オレはノヴィスをそっと離した。

がくりと膝を突くノヴィスを受け止め、ベッドに寝かせてやる。

すげえ汗だった。

バケツで頭っから水をぶっかけられても、ここまで濡れねえだろうな。

「大丈夫か?」

もう一度、同じ質問をする。

「・・・み、ず・・・」

かすれた声で、それだけ言った。

オレは慌ててコップを取り、ノヴィスの口につけた。

「一気に飲むと体に悪い。そっとな」

ノヴィスはオレの忠告を聞いてくれて、そっと水を飲み干した。

「もっと飲むか?」

こくりと頷いたので、オレは大急ぎで水を汲んできた。

あれだけ汗をかけば喉も渇くだろう。ノヴィスはもう一杯の水も、あっさりと飲み干した。

「・・・・・・ごめん、な・・・」

「あ? なにがだ?」

ノヴィスは答えず、震える左手でオレの肩に手を置いた。

忘れていた痛みが走る。

ノヴィスに噛まれたそこは、血と涎でぐっしょり濡れていた。

「気にすんな。おめえこそ、よく頑張ったな」

オレはノヴィスの頭を撫でてやった。

多量の汗で、前髪が額に張り付いている。

「・・・もう、寝る」

「ああ、そうしろ」

目を閉じるノヴィス。

青白く、生気のない顔。

オレは少し不安になって聞いた。

「汗ふけよ。風邪引くぞ」

「・・・・・・」

何か言ったが、オレの耳では聞き取れなかった。

たぶん、そんな気力ない、とかそんなことを言ったんじゃねえかな?

「ふいてやるよ」

オレは荷物からタオルと新しいシャツを取り出すと、服を脱がせた。

ノヴィスの服は、そのまま絞れるほどベタベタに濡れていた。

こう見えて、ノヴィスの身体はたくましい。着やせするタイプってヤツだな。

オレは体を拭きながら、そんなことを考えていた。

右手を手に取ったとき、思わず手が止まっちまう。

天使イグドラシル。

コイツのおかげで、ノヴィスの右手は世にも醜い怪物の腕になっちまった。

ゴツゴツして、血管が浮いて、まるでチンポみてえだ。

・・・ま、オレはキライじゃねえけどな。

上半身を終え、ズボンも脱がせる。

完全に脱力したノヴィスは、抵抗する気力もなく、あっさりと陥落した。

いつもこうだったらラクなんだけどなー・・・。

引き締まった腹筋の下に垂れ下がるノヴィスのチンポ。

オレはそれをそっと手にとってふいてやった。

「・・・・・・」

「あ? なんだって?」

オレは耳を疑った。

ノヴィスは申し訳なさそうな顔でもう一度言う。

「・・・好きにしても、いいぞ・・・」

「ノヴィス・・・」

・・・そんな申し訳なさそうな顔で言われて、ハイそうですか、ってヤレるほど、オレはドライじゃねえよ。

「今日はやめとく。・・・そんな元気ねえだろ?」

ノヴィスは頷いた。

「ヘンな気ぃ使うんじゃねえよ。今度じっくり相手してもらうからいいよ」

「いや・・・それは、ちょっと・・・」

何か言ったが、オレは聞こえないフリをした。・・・ノヴィスみたいに。

「よし、おしまい」

オレはノヴィスの全身をくまなく拭くと、新しい服を着せてやった。

もう半分寝ているノヴィスがモゴモゴと礼を言った。

「いいって。もう寝ろよ。ほとんど朝だけどな」

「・・・・・・」

「ああ、おやすみ」

ノヴィスは目を閉じて寝息を立て始めた。

「・・・なあ」

聞こえてないかもしれないが、オレは聞く。

「・・・隣で寝てもいいか?」

返事がなかったので、オレは黙ってノヴィスの隣で横になった。

すっと、ノヴィスの左手がオレの右手に触れる。

オレはその手をしっかりと握って眠りに落ちた。

 

・・・ああ、オレって幸せモンだなあ・・・。

 

 

 

モドル           →解説へススム