2 イグザム

 

 

翌日の目覚めは最悪だった。

鉛を流し込まれたように、胃が重い。

――今日は絶不調の日だな。

そう認識できた時には吐き気を催し、気が付いたら俺は吐いていた。

真っ赤な胃液を。

「ごほっ、ごふっ」

朝っぱらから吐血でむせていると、ジーハーが目を覚ました。

「んー・・・?」

「おはよう」

「ああ、おはよ・・・って、うわ怖っ!」

まあ、目が覚めて最初に目に映ったのが血まみれの男だったら、俺でもそういうリアクションを取るかな。

・・・しかし、もう少し何とかならんもんかね・・・?

「血、血が! 大丈夫か!? オイ!?」

「・・・血を吐いて大丈夫なヤツがいたら紹介してくれ・・・」

俺は怒る気力もなく、ベッドに伏せった。

慌てたジーハーがオロオロと部屋の中を歩き回る。・・・全裸で。

「落ち着けよ。いつものことだろ?」

「そ、そうだけど! でも、怖ぇよ。このままノヴィスが死んじまったらと思うと・・・!」

怖いってそっちの意味か。

俺はため息をつくと目を閉じた。

「とりあえず服を着ろ」

ウロウロするたびに一物がブラブラ揺れるので、精神衛生上よろしくない。

「あ、ああ」

「そうしたら、水汲んできてくれ」

「わかった!」

ジーハーは手早く服を身にまとうと、部屋を飛び出していった。

・・・っていうか、あいつ身体汚れたまま服着たんじゃないのか・・・?

ちなみに、俺は寝る前にちゃんとシャワーを浴びている。

「まあ、どうでもいいや」

俺が呟くとほぼ同時に、ジーハーがコップ片手に戻ってくる。

「ほれ! 水!」

「早いな」

「いいから! クスリ、飲むんだろ?」

といって俺の荷物を漁ろうとする。

俺はそれを止めると、水を受け取ってただ飲んだ。

「勘違いするな。喉が渇いただけだ」

「そ、そうか」

「それに、俺がこうなったのは、そのクスリを飲んだからなんだぞ?」

今クスリを飲んでも、症状は悪化する一方だ。

「ああ、そうだったな」

申し訳なさそうにうなだれるジーハー。

「・・・な、なあ」

「ん?」

「もしかして、昨夜、その・・・ヤッちまったからか? ホントに体調悪かったのか・・・?」

「だからそう言っただろ!」

言ったあと、しまったと思ったが、もう遅い。

案の定ジーハーはその言葉を真に受けて、目に見えるほど落ち込んだ。

「す、すまねえ。・・・オレが悪かった」

「・・・・・・」

「ノ、ノヴィス。ゴメンな。その・・・なんていうか、昨夜は酔っぱらってて・・・」

「もういいよ」

ただ軽口で答えただけなのに、ここまで謝り倒されると、こっちが悪者のように思えてしまう。

「ホ、ホントか? ・・・許してくれるか・・・?」

「ああ。そのかわり」

ジーハーが息を飲むのがわかった。

「・・・もうあんな、レイプまがいのことはやめてくれ」

「わかった。もうしない。絶対しねえ」

ムリだろうなあ。

なんせ、腕ずくでないと、俺はジーハーの思いに答えないのだから。

でもまあ、これでしばらくはおとなしくなるだろう。

 

 

結局、俺がベッドから出られるようになったのは、昼を過ぎてからだった。

もう少し寝ていたほうがいいんじゃねえか? というジーハーの提案を蹴って街に出る。

「朝食べてないから腹減った」

「よし、じゃあなんか買ってきてやるよ」

そう言い残してジーハーは露店に走っていき、棒に刺さったソーセージを買ってきた。

「ほれ」

「・・・よりにもよって・・・」

「ん?」

「なんでもない」

俺は歩きながらそれをくわえた。

太さといい、長さといい、おまけに温度までジーハーのモノにそっくりだ。

噛みちぎるのに抵抗を感じる・・・。

「どうした?」

「なんでもない」

「顔、赤いぞ? 熱出てきたんじゃねえか?」

「なんでもないってば!」

昨夜のことを思い出して赤面したなんて言ったら、なんてからかわれることか。

それだけは絶対避けねば。

「ほら、さっさとギルド行くぞ」

「おう」

早くもソーセージを平らげたジーハーが、棒をくわえたままモゴモゴと答えた。

 

 

――賞金稼ぎギルド。

世を乱す犯罪者に、俺たちみたいなならず者をけしかけて、双方共倒れをもくろむ政府公認の策謀組織だ。

そのほかにも魔物退治や用心棒、探偵のまねごとみたいな仕事も斡旋してくれる。

正直、雰囲気のいい場所ではない。周辺地域の風紀を乱すとか何とかで撤廃の声も挙がっているが、汚れ仕事を進んで引き受けるここが無くなれば、困るのは当の住民達だ。

おそらくお偉いさんにも困る人が出てくるのだろう。撤廃のそぶりは微塵も感じられない。

そんな賞金稼ぎギルドの前には、今日も今日とて、人相の悪いならず者達がたむろしていた。

「・・・確かに風紀を乱しそうだな」

「あ? なんの話だ?」

「なんでもないよ」

うちの相棒は、人相の悪さならこの中で一、二を争う。そんなジーハーを適当にあしらってドアを開ける。

ギルドの中はタバコの煙で白く霞んでいた。

「うへぇ」

病弱の俺には厳しい環境だ。おまけに、犬人は概ねタバコを嫌う。

「大丈夫か?」

「うん、ぜんぜんだいじょうぶだよ。これくらい、へっちゃらさ」

「・・・大丈夫じゃないみたいだな」

せっかく良くなってきたというのに、再び吐き気が催してくる。

俺はできるだけ呼吸を浅くすると、ギクシャクした足取りで掲示板へ向かった。

と、そこで珍しい恰好をした女を見かける。

ここでは女だというだけで目立つのに、その上さらに、サムライの恰好をしている。ギルドの中でもっとも注目を集めているといっても過言ではないだろう。

「よ、ルシア」

俺はその女サムライ、ルシアに軽く手を挙げて挨拶した。

「あら、ノヴィスに・・・えーと・・・」

「ジーハード・ウィルクオンス」

「そう、ジーハード。また会ったわね」

俺がルシアの隣に並ぶと、ギルド中の嫉妬の視線が集まるのを感じた。

ルシアは美人なのでムリもない。おまけに俺は美男子だ。ヤツらが逆立ちしたってかなわない。

「やっぱり同業者だったんだ。どう? なんかめぼしいのいる?」

集中する視線をさらりとかわし、掲示板を眺める。

そこには様々な手配書が貼られ、賞金の額だの目撃情報だのが書き込まれていた。

中には、顔に大きくバツのついたものもある。ソールドアウト、だ。

「すごいのが一つだけあるわよ」

「へえ。どれどれ」

目的のものはすぐに見つかった。

一つだけ、賞金の額が桁違いなヤツがいる。

「一、十、百・・・五百万デファンスだって!?」

指折り数えたジーハーが驚きの声を出す。

一人の賞金首に百万以上の値が付くなど、なかなか無い。

「星七つ!?」

しかし俺は賞金額よりも、そっちの方に驚いたね。

星七つ。この仕事を続けて長いが、こんな手配書を見たのは初めてだ。

ちなみに星ってのは賞金首のランクで、星五つ以上の凶悪犯になると、殺害も認められる。もちろん、生け捕りの方が賞金額は高いが。

そんな「もうコイツ殺しちゃってもいいよ」レベルの、さらに二つも上なのだ。これは相当のワルだ。

「すげえな、コイツ」

「ねー」

「なにやったんだ、一体・・・?」

俺は手配書をざっと読み、目を点にした。

気になる罪状は「王族暗殺」。

・・・・・・マジですか?

「こ、この国・・・大丈夫か・・・?」

「さあ? ダメかも」

ルシアはおどけて肩をすくめた。

っていうか、国家転覆を謀った人間に対して五百万って、安すぎない?

「よく見て。未遂よ、未遂」

「あ、ホントだ」

俺は胸をなで下ろした。

別に王族が死のうが生きようが知ったこっちゃ無いが、国が無くなるのは困る。

せめて俺の生きている間は平和でいて欲しいものだ。

「コイツ狙うの?」

「うーん。賞金は美味しいけど、競争率高そうだな」

「やめとこうぜ? 王家に刃向かうなんてムチャするヤツだ。何してくるかわかんねえぞ?」

ジーハーの言い分ももっともだ。

しかし、五百万の美味しい話を見て見ぬ振りというのも、シャクに障る。

俺がウンウン唸っていると、ルシアが思わぬ提案を申し出た。

「ねえ、あたしと組まない?」

「は?」

「星七つなんて、あたし一人ではムリだわ。いくら『黒き翼のノヴィス』といえど、二人じゃ不安でしょ?」

「まあ、たしかに」

俺はそう答えたが、もちろん不安なんて感じてない。

無敵の俺様にかなうものなどいないのだ。

不安なのは、同業者に先を越されることのみだ。

「ふむ・・・悪い話ではないな」

賞金の取り分は減るが、ライバルも一人減る。

なにより、男二人旅という夢も希望もない現状を打破できるのだ。これは何よりも素晴らしい。

隣でジーハーが「反対、反対!」と目で訴えているが、無視。

「ね? いい話じゃない?」

「だな。・・・しかし、俺たちはルシアのことを何も知らない。実力のわからない相手とは組めないな」

「あー・・・まあ、それはそうかも・・・」

「そこでだ。ちょっとしたテストを受けてみるつもりはないかね?」

「テスト?」

「そう。テスト。俺の呼び出した幻獣と模擬戦を行う。・・・いい機会だから見せてやるよ。俺の召喚魔法」

「ふうん。あのノヴィスの魔法が見られるのか・・・」

ルシアはしばらく逡巡していた様子だったが、やがて決意したらしく顔を上げた。

「試される、ってのが気に入らないけど・・・面白そうじゃない、受けて立つわ」

「よし、決まり」

俺は話をまとめると、不機嫌顔のジーハーを従えてギルドを出た。

外の空気はやっぱり美味しかった。

 

 

やって来たのは昨日捕り物をした袋小路。

ここなら人が通りがかることもないし、誰にも迷惑かけずに済むだろう。

「さて、じゃあちょっと待っててな・・・」

俺はポケットからチョークを取り出すと、地面に線を引く。

「何してるの?」

召喚陣を描いてるんだよ」

手を休めずに答える俺。

「ふうん・・・なんか、めんどくさいね」

「・・・・・・」

それは召喚師にとって一番痛いセリフだ。

「ま、まあ、その分威力はピカイチだし」

「それはそうかもしれないけど・・・」

その時、袋小路にいたカラスがギャアと鳴いて飛び立った。

抜け落ちた真っ黒な羽根が一枚、皮肉のように俺の目の前に降ってくる。

「・・・やだ、カラス」

肩を抱くルシアを、ジーハーが睨み付けた。

もちろん、睨まれる覚えのないルシアにはなんのことかわからないだろうが。

カラスは、この国では「死を運ぶ鳥」として忌み嫌われている。ルシアの反応はごくごく一般的なものだ。

俺だってカラスは嫌いだ。

・・・大嫌いさ。

俺は気を取り直してチョークを動かした。

「・・・ねえジーハード。いつもこんなに時間かかるの?」

隣でムスッとしているジーハーに聞く。

「・・・いや。いつもは魔法陣持ち歩いてるから」

「魔法陣じゃない。召喚陣だ」

「似たようなモンだろ」

たしかに。

俺も一見しただけではどっちがどっちかわからない。

魔法陣も召喚陣も、大切なのはそこに書かれている術式だ。

これが少し違っているだけで、その陣の持つ意味は大きく変わってくる。

「持ち歩くって?」

「あらかじめ紙に描いてな。こう、ポスターみてえにくるくるって丸めて持ち歩いてんだ」

「・・・今日はたまたま持ち歩いてなかったの?」

「まあ、普段はね」

俺は顎に手を当て、術式を組みながら答えた。

「かっこわるいからな」

ジーハーが余計なことを言う。

「なんで?」

「想像してみろ? リュックの背中からポスター突きだして歩いてんだぞ?」

「ああ、たしかに。どこぞの宗教の人かと思われるわね」

・・・余計なお世話だ。

「言い訳するワケじゃないが。持ち歩くことのできる式は、汎用性は高いが、いまいち柔軟性に欠ける。自分の思い通りの幻獣を召喚したいのであれば、その都度式を組まなきゃダメなんだ」

「ふーん」

「へー」

・・・こいつら、絶対わかってない。

「いいか? そもそも幻獣ってのはだな、召喚者のコンディション一つで、姿形はもとより性質や構成力なんかにも違いが出る。召喚者だけじゃない。天気や時間、天体の座標なんかのすべてのシチュエーションも式に組み込んで・・・」

「・・・どうでもいいけど」

「・・・まだ?」

二人は口をそろえて俺をせかした。

「だ、だから一所懸命描いてるだろ!?」

俺は口を動かしている間も休むことなく式を書き続けている。

一見簡単のように思えるかもしれないが、これは結構大変なことだ。俺の天才的な頭脳でなければできない芸当なのだ。それを理解もせず・・・

「どうせオレは凡人だからな」

と、ジーハーが呟く。

さすがにつきあいが長いだけあって、俺の心情をよく理解していやがる。

「ええい、本当はもっと時間をかけるところだが・・・」

俺は式を締めくくると、最終確認をする。

「やっとできたのか?」

「やっととか言うな! 本格的な召喚式ってのは、一時間かけても足りないくらいなんだ!」

「ふーん」

「へー」

・・・こいつら、絶対わかってない。

俺はワシワシと頭を掻くと、気を取り直して儀式に入った。

たった今描き上がったばかりの召喚陣が輝き出す。

「来いっ! ウンディーネ!」

少々苛立った俺の呼び声に応じて、召喚陣から水柱が吹き上がる。

実在する水ではないので、じきに無に還るが。

――そして。

水柱の消えた後には、透明度の高い水で構成された、マーメイドがいた。

 

「すごい・・・! これが召喚魔法・・・!」

ルシアがマーメイド、水の幻獣ウンディーネを観察しながら感嘆の声を漏らす。

「あんまりジロジロ見ないでくれ」

「・・・なんで?」

「式に時間をかけられなかったぶん、ディテールが甘い」

「そうか? べっぴんさんだぜ?」

とはジーハー。

気のせいか、声にイヤミがこもっている気がする。

「・・・おめえの好きそうな顔してるもんな」

気のせいではないようだ。

幻獣は基本的に召喚者のイメージで容姿が決まる。当然、嗜好もバッチリ反映されるのだ。

「まあいい。じゃ、さっそく始めてみるか」

「待ってました」

ルシアが一歩下がって剣に手をかける。

「いつでもいいわよ」

「・・・抜かないのか?」

ルシアの手は剣にかけられているが、その刀身は鞘に収まったままだ。

「これがあたしのスタイルなの」

「なるほど。じゃあ始めよう。・・・ウンディーネ! ルシアに攻撃! ただし殺すなよ!?」

俺の命令を受けてウンディーネが疾る。

「甘く見られたものね・・・っ!」

キラリと、光が走った。

ルシアの手が動いたように見えたが、気が付いたときにはその手は元通り、剣の柄に添えられている。

・・・?

ウンディーネの右手がその身体を離れ、地面に落ちて弾けた。

「え?」

飛沫を上げて大地に吸われていくそれを見ながら、俺は間の抜けた声を出すことしかできなかった。

「・・・何が起きた?」

「オレもよく見えなかったが、一瞬で斬られたみてえだ」

「居合い抜きよ。その気になればこの一撃でしとめることもできたけど、それじゃテストにならないでしょ?」

と、ルシア。

そう言えば聞いたことがある。鞘の滑りを利用して、超高速で繰り出す剣技。

まさかルシアがその使い手だったとは。

「フッ・・・少々見くびっていたよ」

俺がパチンと指を鳴らすと、ウンディーネの右手が再構成されていく。

「カッコつけやがって・・・」

ジーハーのつぶやきは無視。

「では、次からは本気で行かせてもらおう」

「このナルシストー」

無視、無視。

「昨夜はあんなに・・・」

みなまで言わせず、俺は超本気でジーハーの足を踏んづけた。

「ぐおおぉぉぉぉ・・・!」

「黙ってろ!」

「・・・なに? どうしたの?」

「なんでもないっ! 行くぞっ!」

俺の命令に答え、ウンディーネが攻撃を仕掛ける。

接近戦はマズイ。遠距離から攻撃だ。

ウンディーネが尻尾を振り上げ、地面に叩き付けるように振り下ろす。

刹那、津波が発生し、ルシアに迫る。

「おっと!」

横っ飛びに飛んでそれを躱すルシア。

目標を失った津波はそのまま通り過ぎて建物の壁にぶつかって消えた。

着地するやいなや、ルシアの姿がウンディーネに迫る。

「――躱せ!」

アバウトな命令に文句一つ言わず、俺の想像通りに身を躱すウンディーネ。

なにしろ幻獣と俺の精神はダイレクトに繋がっている。本当のところ命令を口に出す必要など無いのだが、そうした方がイメージをまとめやすい。

「ちっ」

攻撃をかわされたルシアが舌打ちする。

その隙を逃さずにウンディーネが反撃に転じた。

尻尾を横薙ぎに払い、ルシアを叩き飛ばす。

ものすごい勢いではじき飛ばされたルシアが、建物の壁に着地した。

いくら何でも吹き飛びすぎだ。きっと殴られる直前に自ら大地を蹴ったのだろう。

「畳みかけろ!」

ウンディーネが津波を作り出す。

しかし、ルシアは壁に張り付いた状態でぐっと腰を落とすと、壁を蹴って跳躍した。

夢でも見ているみたいだった。彼女はまるで地面のように壁に着地し、そして跳んだ。

そのままウンディーネの背後に着地し、柄に手をかける。

「後ろだ!」

ウンディーネが尻尾を振り回す。

「――遅いっ!」

ちんっ、と音がしたかと思うと、ウンディーネの尻尾は半ば切り離され、宙に舞っていた。

それは空中で分解し、雨のように降り注ぐ。

「まだだ!」

ウンディーネが腕を交差させると、雨は無数の蛇となってルシアに襲いかかる。

「!」

背後に跳ぶが、さすがに躱しきれない。

幾筋かの雨がルシアに突き刺さった。

「退け!」

ウンディーネが下がり、肉体の再構成を行う。

「くっ、なんてインチキな・・・!」

インチキ言うな。

幻獣の再構成だって結構精神を消費するんだぞ。

それに何より、再構成中は攻撃も防御もできないし、召喚者、つまり俺が限界だと感じたダメージは修復できない。

今回のは、それギリギリだ。

「とどめだ!」

ウンディーネが胸の前で両手を合わせると、そこに水のボールが現れる。

ボールの中から水龍が飛び出し、うねりながらルシアに迫る。

「まだよ!」

ルシアは刀を抜いて水龍を叩き斬った。

そのまま抜刀状態で、次々襲い来る水龍を斬り伏せながら走った。

うち一匹がルシアの肩口に牙を立てたが、彼女はひるむことなくウンディーネに駆け寄って袈裟懸けに切り裂いた。

「――あ」

ジーハーの声。

ウンディーネの上半身が斜めにズレ、地面に落ちた。

ばしゃん、と弾けて広がっていくウンディーネ。

気が付くと、残された下半身も水に還り、大地に広がっていた。

このダメージはさすがに回復できないな。

「・・・俺の負けだ」

素直に認める。

しかし彼女は少し不満そうな顔をして、

「・・・手、抜いたでしょ?」

と言った。

「なんのことだ?」

「わかったもの。最後の攻撃、全然効かなかった」

「最初の式を組む時点で殺傷能力を抑えてあったからな。・・・手を抜いたわけじゃない」

「・・・まあいいわ。それで? あたしは合格なのかしら?」

ルシアは立ち上がって乱れた前髪をかき上げる。

「もちろん。正直いって、予想以上だったよ」

ルシアはにっこり笑うと、手を差し出した。

俺は思わずその笑顔に見とれてしまいそうになり、慌てて左手を差し出した。

「・・・?」

ルシアが出したのは右手。

俺が出したのは左手。これでは握手なんてできない。

不思議そうな顔のルシアに、俺は肩をすくめて右手を見せてやった。

いつの時も黒い革の手袋に包まれた右手。

ルシアは納得すると、右手を下げ、あらためて左手を差し出す。

そして俺たちは固い握手を交わした。

「よろしく、ルシア」

「こちらこそ、よろしくね」

・・・ジーハーのジェラシーの視線が突き刺さったが、当然無視した。

 

 

 

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