11 アジテーション

 

 

「イフリート! 火炎放射!」

俺の命令に応え、イフリートの口から熱光線が放たれる。

壁を赤く染め、通路を舐める炎。

集まってきたザコどもが、燃え上がって床を転がった。

「ほらほら! 道を空けないと黒コゲだぜ!」

俺を守るようにして傍らに立つジーハーがそう叫んだ。

「悪いが、手加減してやる気分じゃない。死にたくなかったら道を空けろ」

「脅しじゃねえぞ。ノヴィスはホントにやるからな!」

そう断言されるのも悲しくはあるが、ジーハーの言うとおり。

愚かにも立ち向かってきたザコその一には、見せしめとなってもらおう。

「引き裂け! ウンディーネ!」

ザッ、と水柱を上げてウンディーネが現れる。

そのまま彼女が腕を振るうと、超高圧の水が刃となってザコその一をズタズタに切り裂いた。

ずしゃっ、と床に落ちたザコの周りに、血溜まりが広がっていく。

「うわー・・・」

かろうじて生きているのか、ピクピク痙攣するザコを見て、ジーハーの呟き。

「言っただろう。・・・手加減してやる気分じゃない」

薄笑いを浮かべて言う俺に、ザコどもが一歩引く。

道を空けてもらった俺達は、悠然と通路を進んだ。

――右に炎の化身、左に水の化身を引き連れて。

「ノヴィス!」

唐突に声がかけられ、俺は振り向いた。

そこに駆けつけたのは、異国のサムライ娘、ルシア・シャーナード。

「ルシア! 無事だったか!」

ジーハーがルシアの肩を叩いて再会を喜んだ。

俺はフッと愛想笑いを浮かべると、さりげなく彼女の影を踏み、

「よく牢を抜け出せたな」

と皮肉を言う。

「まあね。チョロいモンよ」

「よし、じゃあ行くぞ」

「おう!」

三人になった俺達は駆け足で通路を進んだ。

時折散発的に攻撃してくるザコどもを軽く戦闘不能にし、出口を目指す。

そして出口にさしかかったとき、そいつはそこで待っていた。

ブロードソードを携えた、白き虎人。

「・・・ま、そんなにカンタンに逃がしちゃくれねえわな」

拳を構えるジーハー。

俺は片手を上げて彼を制すと、イフリートとウンディーネを前に出した。

ルシアが音も立てずに俺の後ろに付いたが、構わない。予定通りだ。

この間の大広間ほどではないが、ここもちょっとしたホールになっている。立ち回りに支障はない。

「驚いたな。まさか召喚獣を二体同時に呼び出せるとは」

下級幻獣など、魔法剣の錆にしかならないとでも言いたいのか、余裕の表情で白虎は言う。

たしかに、幻獣の同時召喚(専門用語で並列召喚という)は、かなりのスキルを必要とする。ただでさえ召喚師が珍しいこの世の中では、お目にかかる機会など皆無だろう。

だが。

「甘く見るなよ」

俺は言う。

同時に、ルシアの影から現れる土の化身、「有害なる」スカルミリョーネ。

「――三体だ」

 

 

スカルミリョーネは、ルシアに刀を抜く暇を与えることなく、彼女を羽交い締めにした。

「――なっ・・・!」

顔のすぐ横で毒の吐息を漏らすスカルミリョーネに、ルシアが顔色を変えた。

「抵抗するなよ。言っただろう。――手加減してやる気分じゃないんだ」

「え・・・! ノヴィス!?」

「さあ」

俺は一歩踏み出す。

「この女の命が惜しかったら、その腰のモノを渡してもらおうか」

言っておくが、ホントに脅しじゃないからな。

そう言う前に、俺は後ろ頭を思いきり殴られた。

ジーハーだ。

「なに考えてる! バカ!」

「痛いじゃないか! いきなりなにするんだ!」

「そりゃこっちのセリフだ! 味方を盾にしてどうする!?」

味方?

「・・・そいつはどうかな?」

俺は顎で白虎をしゃくって見せた。

反射的に彼が見たその先には、露骨に顔をしかめ、舌打ちする白虎の姿。

「・・・え? ・・・あれ?」

仕方ない。

俺はため息をついてジーハーに人差し指を付きだした。

「良く思い出してみろ。ルシアに出会わなければ、俺達は今頃どこで何をしていた?」

「へ? ・・・んっと、別に、フツーに賞金首追ってたんじゃねえか?」

「そうだ。で、最初にサイラスを追おうと言いだしたのは誰だ?」

「・・・えっと・・・ルシアだったかな?」

「そうだ。あの時は貧乏だったからな。しかし、俺達は道中、偶然にも山賊を退治して懐に余裕ができた。

わざわざ競争率の高い大物を狙う必要がなくなったワケだ。・・・そう提案した俺に反対して、あくまでサイラスにこだわったのは誰だった?」

「・・・んー・・・ルシア、かな」

「そうだ。でだ。俺達プロの賞金稼ぎが一日中聞き込みしても得られなかったサイラスの情報を、あっさりゲットしてきたのは誰だ?」

「・・・ルシア」

ようやくわかってきたのか、ジーハーの表情が硬い。

「そうだ。もちろんその情報はごらんの通り罠だったわけだが・・・。で、問題の下水道に入ってすぐ、俺は引き返そうと言い出した。そこで食い下がってきたのは誰だ?」

「ルシアだ。・・・お、おい、まさか・・・」

「そうだ。俺達がここへ来たのは、全てルシアの誘導の賜だ。

――この女は、最初から敵だったんだよ」

 

 

「・・・気付いていたの」

あっさり認めて、ルシアが言う。

俺はルシアから刀を取り上げ、頷いて見せた。

「最近だがね。・・・見事だったよ。この俺を騙すとはよほどのものだ。自慢していい」

「ありがと」

俺はルシアの目の前で刀を燃やす。

「そして、万死に値する」

ルシアを締め上げるスカルミリョーネ。

彼女は苦しげに顔をしかめた。

「さあ。今度はそっちの番だ」

俺は白虎に向き直り、手を出した。

「・・・断る、と言ったら?」

「死体が二つ増える」

「お、おいノヴィス・・・」

「なんだ?」

「いや・・・なんでもねえ・・・」

目を伏せるジーハー。

「・・・別にこんなもの、いくらでもくれてやるさ」

白虎はそう負け惜しみを言い、ブロードソードを投げてよこした。

俺は飛んできたそれを何とか受け取る。

・・・っていうか、重い。

良くこんな重いものをぶんぶか振り回せるものだ。

ブロードソードは、確かに細かい装飾が施してあり、高価そうだが、特別な力は感じない。そこら辺にある剣と何ら変わりは見あたらなかった。

とてもじゃないが、俺の幻獣を断ち切り、イグドラシルとつばぜり合いができるほどの物には見えないのだが・・・。魔法を発動させるにはちょっとした儀式が必要なのだろうか。

まあいい。

この剣にかけられた魔法については、後でゆっくり調べるとして。

これがなければ、白虎など敵ではない。

「持ってろ、ジーハー」

差し出された剣を軽々と受け取るジーハー。

・・・っていうか、何でこいつら、こんな重いものを・・・

俺、ひょっとしてものすごく貧弱・・・?

軽く落ち込んだが、頭を振って気持ちを切り替える。

「さて。ではアデューだ、諸君」

「おいおい、要求を呑んだのに、人質を解放してくれないのか?」

「・・・まさか、『そんな約束はしていない』なんて言うんじゃないでしょうね・・・」

失礼な。

「誰がそんな三流悪役めいた事を言うものか。そもそも人質なんて連れていたら動きにくくてしょうがない」

人質なんてモノは要求が通れば殺して捨てるのがセオリーだが、それこそ三流悪役である。

まあ、女を人質に取った時点でとっくに悪役なんだが。

ともあれ、俺が指をパチンと鳴らすと、スカルミリョーネは大きく腕を広げ、ルシアを解放した。

本来ならここを出るまでは人質にしておいた方が良かったのだろうが、所詮、刀を持たないサムライと魔法剣のない魔法剣士。

三体の幻獣を並列召喚している俺の敵ではなかった。

「・・・気を取り直して。――さて。ではアデューだ。諸君」

俺が出口へ向かって歩き出したとき、白虎が行く手を遮った。

「・・・なんの真似だ?」

「悪いが、これも仕事でね。せっかく生け捕りにした獲物を逃がしたとあっちゃ、給料を払ってもらえない」

白虎は近くにいたザコから、剣を受け取った。

どう見てもナマクラ。

俺の幻獣には文字通り刃が立たない。

「ふん」

この白虎はどうやら連中の大将的存在らしい。コイツをボコボコにしてみせれば、残ったザコもおとなしくなるだろう。

「行け、イフリート」

俺が腕を振ると、それに呼応してイフリートが走る。

白虎がナマクラ刀を構えると・・・

――フィィィィィン。

「なに!? イフリート、退け!!」

とっさの命令に反応し、イフリートが白虎から飛び退く。

しかし、時すでに遅し。白虎の魔法剣は、イフリートの左腕を切り裂いていた。

「魔法・・・剣・・・!?」

ボンと燃え上がるイフリートの左腕の向こうに、確かに俺は白く輝く魔法の剣を見た。

「ど、どういうことだよ!? これ偽物だったのか!?」

ジーハーが、大事そうに抱えていたブロードソードを突きだした。

いや、以前白虎が使っていたのはこの剣だ。間違いない。

「・・・そういう事か。・・・チッ、こりゃ俺の読みが浅はかだったな」

「え、え?」

「そうよ」

ルシアが言う。

「彼、フォルステッドは、魔法付与剣士(エンチャンテッド・ソルジャー)なのよ」

 

 

エンチャンテッド・ソルジャー。

その名の通り、手にした武器に魔法の力を与える戦士。

「・・・早い話、その男の手にかかれば、檜の棒だろうが竹槍だろうが、伝説の武器に早変わりってワケだ」

「そ、そんなの、インチキくさくねえか!?」

「まったくだ。こりゃ、どっちがインチキなんだか」

肩をすくめて言う俺の目の前で、イフリートの腕が再生されていく。

危なかった。もう一歩踏み込んでいれば、前回同様、イフリートは再生不能なまでのダメージを食らっていただろう。

「チッ・・・やるしかないか。ジーハー、俺のそばを離れるなよ」

俺は印を結び、目を閉じて精神を集中させる。

並列召喚はコストもさることながら、術者に対する負担が大きく、アベイラビリティが低い。

それでなくても「重い」スカルミリョーネを喚んでいるというのに。

「おう。守りは任せろ」

そうじゃない。

また人質にされても、今度は助けてやらないぞって意味だ。

俺はそう文句を言ってやりたいのを堪えて、五感を幻獣達とリンクさせる。いちいち口頭での命令など行ってはいられないからだ。

「行くぞ!」

戦いの火蓋は、切って落とされた。

 

 

まさに泥沼だった。

ザコどもは後から後から湧いて出てくるし、白虎改めフォルステッドは相変わらず強いし、刀を無くしたといってもルシアだって強いし。

幸か不幸か、前回に比べて部屋が狭いので、俺達に襲いかかってくるザコどもの数は知れていた。

ジーハーとイフリートを守りにつければ、まず俺まで攻撃は届かない。

・・・まあ、届いたところでイグドラシルという鉄壁の守護神がいるのだが。

ウンディーネはルシアに当て、フォルステッドの相手はスカルミリョーネに任せた。

密度の低い下級幻獣では、フォルステッドの魔法剣の出力に耐えられないからだ。

ルシアの戦闘力は激減していた。

やはりサムライ。刀でなければ本来の力は出せないらしい。おまけに鞘が無くては得意の居合いも使えなかった。

問題は、白虎フォルステッド。

コイツの相手だけは気が抜けない。

フィードバックも恐れずスカルミリョーネとの同調率を上げているというのに、倒せない。

というか、勝てる気がしない。

それほどまでに強かった。

 

そんな混戦が長く続けば、当然疲労だって溜まる。

突如、俺の思考にジジッとノイズが走った。

同時に、幻獣の動きが止まり、その姿がチラつく。

「!? おい、アイツら、動きがおかしいぞ!?」

ジーハーが怒鳴った。

俺は額に脂汗を浮かべつつ怒鳴り返す。

「うるさい! ただのラグだろ! フレームが飛んだくらいでガタガタ言うな!」

リフレッシュレートを下げているんだ。フリッカーだって起きる。

「で、でも! なんか溶けかかってるし!」

確かに。身体の末端が、まるで宙に溶けるかのように消えかかっていた。

せっかくのディテールが台無しである。

「ただの処理落ちだ!」

魔力ではなく、俺の精神の処理速度が追い付かない。細部までイメージが行き渡らないのだ。

三体の並列召喚は、俺にはやはり荷が重かったか・・・!

俺は溶けかかった爪でフォルステッドの剣を受け止める。

そのまま押し戻そうとして、それができない事に気が付いた。

「――パワーダウンだと!?」

ぼす、と俺の胸を魔法剣が貫いた。

いや、違う。

貫かれたのはスカルミリョーネだ。

シンクロのしすぎで、そう錯覚してしまったのだ。

「くそっ!」

スカルミリョーネが断末魔の悲鳴を上げて泥に変わり、ぐしゃりと崩れた。

幻獣が撃破されたダメージのフィードバックで俺の視界がブレ、思考が激しいノイズでかき乱される。

俺の注意が離れた一瞬の隙。

その隙をついて、ルシアの剣がウンディーネの尾鰭を切り離した。

普段の彼女なら、一刀両断されていただろう。

「まだだ!」

リダクションしきれない砂嵐の中、俺は切り離された尾鰭に命令を飛ばす。

尾鰭が酸の雨に変わって、ルシアを灼いた。

「・・・くっ」

おかげでなんとか追撃は逃れた。

ルシアと距離を取り、ウンディーネを再生させる。

スカルミリョーネが撃破され、俺の負担はグッと軽くなっている。もう処理落ちなどしない。

しかし、下級幻獣ではザコやルシアはともかく、フォルステッドは止められないだろう。

――仕方ない。

俺は悪魔との、いや、天使との取り引きを承諾した。

「さて。手の内は終いか?」

とフォルステッド。

さすがに息が上がっているが、それだけだ。

「・・・本気で言っているのか?」

俯いたまま俺は言う。

「なに?」

「・・・忘れたフリをしているのか、それとも本気で忘れているのか」

ゆらり、と俺の周りを風が舞った。

螺旋を描いて埃が舞い上がる。

「――!」

・・・なら、思い出させてやる。

正真正銘、これが最後のカードだ。

「――俺は天使なんだぜ?」

バサアッ。

漆黒の翼を広げると同時に、俺は顔を上げた。

大きな風が吹き、俺の前髪を踊らせる。

「!! ノヴィス!? ――お、おめえ、目が・・・!」

何か言おうとして口をつぐんだジーハーの表情は、なぜか驚愕に彩られていた。

 

 

バシッ、と音を立ててイフリートとウンディーネが砕け散る。

見事にバラバラになった彼らは、破片をまき散らしてこの世からその存在を消した。

もう幻獣は必要ない。だから消した。

だというのに。

何を勘違いしたのか、ザコどもが一斉に襲いかかってくる。

幻獣が全て消えてチャンスと思ったのか、俺の翼に恐れをなして逆上したか。

「雑兵どもが! 洗礼を受けるがいい!」

俺を中心に、黒き光の翼がぐるりと円を描く。

ざあっとザコどもを透過し、翼は部屋をなぎ払った。

翼に触れた者全てが動きを止め、一瞬の後にボソリと崩れる。

その肉体は、全て純白の、『塩』になっていた。

「――な・・・っ!?」

洗礼を受け損ねた連中が一歩引く。

俺は塩の柱に囲まれて、両手を広げて嬉しそうに笑っていた。

「見ろよジーハー! 俗世の穢れを払ってやったら、こんなに綺麗な物になったぞ!!」

「ノヴィス・・・?」

自分でも不思議なほど楽しく笑う俺を、なぜかジーハーは他人を見るような目で見つめていた。

なぜだろう。

なぜそんな目で見られるのか、俺にはわからない。

「――ちょっ・・・マジ、なの・・・?」

ルシアの声。

どうやらあの女も洗礼を受けそびれてしまったようだ。

俺はくすくす笑いながら翼を羽ばたかせる。

次々と塩の柱に変わっていく人間ども。

残ったヤツらがヒイヒイ言いながら逃げていくのが、たまらなく可笑しかった。

「お、おいノヴィス!」

ジーハーが俺の肩を掴んだ。

ちなみに、彼も当然翼に触れているが、塩にはなっていない。なって欲しくないから。

「ん? ああ、そうだな。遊びすぎたか」

「・・・い、いや、そうじゃなくて・・・」

俺達の会話を不快な声が遮る。

「これは、もう生け捕りとか悠長な事を言ってられる場合じゃないな・・・」

フォルステッドだ。

俺はそのセリフの意味がわからず首を傾げた。

フォルステッドが剣を構える。

魔法の出力を上げたのか、刀身は目も眩むばかりの光を放っていた。

「ルシア。生き延びたかったら殺すしかない。わかるな?」

「フォルステッド・・・」

殺す?

誰が?

誰を?

俺はようやくコイツが何を言っているのか理解した。

こいつは、あろうことかこの俺を殺そうというのだ。

もちろんそんな事はできない。まあ、この男に俺は理解できない存在なのだから、そんな事を考えてしまうのも無理はない。だから発言自体は許せるレベルだ。問題は、その心構え。

「・・・度し難いな・・・」

「え?」

「まったくもって度し難い! 

――人間ごときが! 天使に適うと思うなよ!?」

四枚の翼を大きく広げて俺は怒鳴った。

ジーハーが、ギョッとした目で俺を見ている。

そのことにも俺はいらだちを募らせる。

・・・なんでだよ。

なんでそんな目で俺を見るんだ!?

とはいえ、ジーハーにあたるワケにもいかない。

俺はフォルステッドを睨み付けた。

「下賤の輩が! 身の程を弁えろ!」

突きだした手のひらから雷が放たれ、それはフォルステッドの持つ魔法剣へ吸い寄せられるように突き刺さった。

さすがにいい勘をしている。フォルステッドはとっさに剣を離し、その場を飛び退いた。

地面に落ちた剣は、焼けこげて崩れた。

「フォルステッドの魔法剣を・・・!?」

「――呪文も無しに・・・っ!」

呪文などいらない。

これはそういう力だ。

俺は前髪をかき上げると、さらにもう二つばかりプラズマ球体を出現させた。

本来、手を突き出す必要すらない。

人間など、眠っていても焼き殺せる。それは比喩ではない。

「化け物か・・・!」

フォルステッドの吐き出した畏怖の呟きは、とてもとても心地よかった。

だから俺は寛大な慈悲の心で手心を加えてやったのだ。

プラズマ球体は、フォルステッドの右腕を消し炭にしただけで消える。

「――ぐあぁっ!」

心打つ悲鳴。

気分爽快だった。

「ふむ。もうちょっと威力を落としたほうが良さそうだな」

あまり簡単に死んでもらったのではつまらない。

ぐっと威力を落としたプラズマボールを、試しに足にぶつけてみる。

「があああっ!」

獣毛の燃える匂いと、肉の焼ける匂い。

威力は、まあ、こんなものか。

「とりあえず両手両足はいただいておこう」

「ノヴィス・・・?」

一方的に相手をなぶるというのは、心地いいものだ。

「もうやめて!」

だからフォルステッドを庇うルシアの姿も、特に不愉快に感じない。

「お願い、もうやめて! あなた達には、もう二度と手を出さないから・・・!」

「ふん。お願いのできる立場か?」

プラズマ球体が出現し、ルシアの顔を青白く照らし上げた。

圧倒的な力を目の当たりにし、ルシアの目が大きく開かれた。

「――さよならだ」

「ノヴィス!」

ウェルダンのサムライができあがる直前、俺は背中からジーハーに抱きしめられる。

「え、なんだよ? ジーハー」

「返してくれ・・・」

「は?」

「――ノヴィスは確かに、人も殺してる。結構冷てえトコもある。

・・・でもな。無抵抗の人間を、笑いながら殺せるほど、残酷じゃあなかった!」

「!」

ジーハーの言葉が俺を揺るがす。

「返せよ・・・! ――俺のノヴィスを返してくれ!」

「!!」

ずきん。

頭が痛んだ。

目の奥の奥が痛い。

「・・・っ!」

両手で顔を覆い、俺はよろける。

ジーハーに抱きしめられていなかったら、倒れていたかもしれない。

「・・・くっ・・・! 頭が・・・割れる・・・!」

「ノヴィス!? しっかりしてくれ!」

ジーハーがさらにきつく抱きしめる。

おかげで俺は正気を失わず・・・いや、正気を取り戻す事ができた、と言うべきか。

「ジーハー」

「頼むよ・・・ノヴィス・・・!」

「ジーハー。・・・苦しい」

「・・・へ?」

キョトンとしたジーハーの顔。

彼が腕を緩めると、俺は少し咳き込んで服のシワを払った。

「まったく。馬鹿力が」

「ノヴィス! よかった、目が元に・・・!」

・・・目?

ああ、そういえば痛かったっけ。

「心配かけたな。どうやら天使の力のあまりの強大さに、少し酔っていたみたいだ」

「そ、そうか」

さて。と俺はルシア達に向き直った。

二人とも、もうとっくに戦意を失っている。

「アンナマリーに伝えろ。『天使にちょっかいを出して無事で済むと思うな。この借りは高く付くぞ』と」

「・・・俺を、メッセンジャーボーイに使うというのか・・・」

炭になり、肘から先を失った右腕を押さえて、フォルステッドは俺を睨め上げた。

「そのために、殺しはしない」

黒き光の翼を無に還し、俺は歩き出した。

慌てて道を空けるザコども。

やれやれ、これでようやくここから出られる。

俺は扉を大きく開け放つと、振り向いて言った。

「ルシア・シャーナード。この俺を見事に騙したその手腕に免じて、今回だけは見逃してやる。二度と俺の前に姿を見せるな。もし、次に会う事があったら、その時は・・・容赦しない」

俺はジャケットを翻して外に一歩踏み出した。

澄んだ空気が心地いい。

「やっと出れたな・・・」

「違うだろ。こういうときは、こう言うんだ」

俺は相棒にニヤリと笑いかけ、言った。

「――娑婆の空気は美味いぜ」

 

 

 

 

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