1 世界一不幸な男
暮れなずむ街を疾走しつつ、俺は後ろを振り返った。
強面の男が二人、必死の形相で俺を追いかけてきている。一人は熊人、もう一人は俺と同じ犬人だ。やはり犬人のほうが足が速く、熊が遅れ始めている。
分断してしまうとめんどくさいなあ。かといって、これ以上スピードを落としたら、犬人の方に追いつかれてしまうし・・・
俺は少し躊躇したが、その心配も杞憂だということに気が付いた。
いつの間にか景色は代わり、周りは高い建物で囲まれている。
そして、目の前に立ちはだかる壁。
そう、ここは袋小路だ。
「ハアッ、ハアッ・・・追いつめたぜ・・・!」
熊が肩で息をしながら呟いた。
「覚悟はできてるんだろうな?」
犬が、懐からナイフを取り出す。
俺はその二人を見据えたまま、ふっと鼻で笑った。
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
「なんだと!?」
――ズンッ!
牙を剥く二人の後ろに、巨大な塊が落下してきた。
ジーハード・ウィルクオンス。
頼もしき俺の相棒の、熊人だ。
「追いつめられたのはおめえらのほうだよ」
ドスの利いた声で言うジーハー。
太い眉毛に鋭い眼光。鼻の上に走った横一文字の傷とあわせて、迫力は申し分ない。
「覚悟はいいかな? デニス・ザビアロフ。それとアルベオ・ギラさん?」
熊人デニスと、犬人アルベオが目を剥いて俺を見た。
フルネームを呼ばれたことで、初めて俺が何者なのか悟ったのだろう。
「貴様ら・・・! 賞金稼ぎか!」
「ご名答。正解者のお二人には、もれなくホテル刑務所の無料宿泊券をプレゼントだ」
俺は愚かな賞金首の二人組にひらひらと手を振ってみせた。
頭に血の上った二人が突っかかってくる。
しかし、俺は手早くきびすを返すと、傍らに置かれた木箱の上に避難した。
「じゃ、そう言うことで。ジーハー、後は任せたぞ」
「あっ、きたねえ! おめえも働けよ!」
働いたじゃないか。この二人をここまで追い込んだのは誰だと思ってるんだ。
俺はフフンと鼻で笑って答えると、観戦モードに突入した。
犬人アルベオのナイフを紙一重で躱し、その土手っ腹に拳をたたき込むジーハー。
ドスン、と重い音がしてアルベオはその場に崩れた。
ジーハーの拳は冗談抜きで岩をも砕く。早くも一丁あがりだ。
転がったナイフを俺の方に蹴飛ばして、ジーハーが拳を構える。
そんなジーハーに、熊人デニスが脇を締めて駆け寄った。
熊対熊の醜い筋肉対決。
デニスは、どこかでボクシングでも習っていたのか、その動きに隙がない。
俺には格闘センスが全くないが、それくらいのことはわかる。
こりゃ、ちょっと苦戦するかも。
ジーハーとデニスが拳を交える。
相手のジャブの牽制をガードし、次に来るストレートを紙一重で躱す。
ジーハーの毛皮が、パンチの風圧に煽られてなびくのが見えた。
ジーハーは躱した勢いを利用してカウンター気味に肘を突きだした。
躱し損ねたデニスの脇腹にヒットするが、浅い。たいしたダメージではなさそう。
一歩離れたデニスを追い、ジーハーが踏み込む。
右足が力強く大地を踏み、突き出された拳にその勢いを追加して叩き付ける。
デニスのガードは完璧だったにもかかわらず、そのまま吹き飛ばされて壁に背中を打ち付けた。
「おー」
呑気に歓声など上げつつ、俺は木箱の上に腰掛けた。
うーむ。ポップコーンとか欲しくなってきた。
筋肉どもはその後もしばらく不毛な殴り合いを続け、俺の目を楽しませてくれた。
が、俺は事ここにいたり、ようやくその違和感に気が付いた。
ジーハーの上段蹴りをガードし、空いた手でフックをたたき込むデニス。
だがヤツは、よろめいたジーハーに追い打ちをかけることもせず、脇を締めて右へと回り込んだ。
よくわからないが、ヤツは自分の体勢を整えることを最優先としている。
手を抜いている、というより、ガードに専念して時間を稼いでいるように見える。
・・・ふーん。
俺は袋小路を見渡し、ヤツの、いや、ヤツらの企みに気が付いた。
なかなかいい線行ってたんじゃないか? ジーハーだけだったら、多分見破ることもできずに、まんまと敵の罠に落ちていただろう。
しかし、この俺の天才的頭脳は騙せない。
俺はやれやれと立ち上がると、尻の埃を払った。
ジーハーの拳をまともに受けて、デニスが体勢を崩した。
とどめを刺そうとして走るジーハーに、だがしかしそれ以上のスピードで何者かが襲いかかった。
言うまでもない、最初の一撃でダウンしたと思われていた犬人アルベオだ。
この短時間で回復するとは、思った以上に鍛えられていたのか、それとも服の下にプロテクターでも着けていたのか。・・・ひょっとしたらジーハーが手を抜いたのかも。
ともあれ、延髄にまともに蹴りを入れられ、ジーハーがよろめく。
その隙を逃さずデニスが彼のみぞおちに強烈なボディブローをたたき込んだ。
はい、勝負あり。
ジーハーの負けだ。
「そこまで!」
声を張り上げる俺。
アルベオはこちらを睨み付けると
「安心しな、コイツをぶっ殺したら次はてめえの番だ!」
とわめいた。
「わかってないなあ。俺がなんでこんな場所におまえらを誘い込んだのか」
「なんだと!?」
「考えても見ろよ。格闘するだけなら、別に街の中でも構わないじゃないか」
俺は肩をすくめて哀れみの眼差しを二人に向けた。
「ここに誘い込まれた時点で、おまえ達は負けていたのさ」
俺の言葉に反応し、大地が薄く光を放った。
それは、二重の円に描かれた六紡星。そこかしこに、複雑極まる術式が書き込まれている。
――召喚陣。
あらかじめ描いておいた、俺の切り札だ。
召喚陣が、勢いよく燃え上がった。
渦巻く炎の中から、牛のような巨大な獣が姿を現す。
「――なっ!」
「し、召喚魔法だと!?」
二人は大口を開けて俺を凝視した。
「ま、まさかてめえは・・・!」
「黒き翼の、ノヴィス・サイフィールド!?」
「またまたご名答」
俺、ノヴィス・サイフィールドは不敵な笑みで答えると、イフリートに命令した。
「あー・・・殺さない程度に殺っちゃって」
二人の賞金首は、死なない程度に燃やされた。
当年取って21歳の、薄幸の天才美少年賞金稼ぎだ。
銀の毛皮の犬人。自分で言うのもなんだが、かなりの美形だ。犬人一かっこいいと言っても過言ではないだろう。
おまけに頭もいい。もうこれは天才の域を超えている。
その上さらに、幻獣召喚という、ちょっと特殊な魔法まで使えてしまう。
とまあ、こんな完璧超人な俺だが、実は唯一欠点もある。
それは不幸。
もう、これでもか、っていうほど気の毒な人生を送らされている。
とある植物に侵蝕されつつある右手。
それを抑えるために飲んでいるクスリは劇薬で、俺の内蔵のほとんどはこれにやられてしまった。
正直、俺はもう長くない。いや、これホント。
そんな先の短い人生に追い打ちをかけるように、俺はジーハーと出会ってしまった。
ジーハード・ウィルクオンス。
25歳、熊人。筋肉至上主義者・・・の割に結構余計な肉が付いていたりする。ミもフタもない言い方をするのなら、固太り。まあ、脂肪が付きやすい体質というのは熊人の特徴でもあるので、仕方のないことか。
そんなジーハーは、その体躯を活かした格闘戦を得意とする。
詳しく知らないが、古式武術だとかなんとかいう拳法だ。なかなかの腕前らしい。
とまあ、ここまではいい。
ちょっとくらい頭が悪かろうが、人の迷惑顧みずタバコをプカプカふかそうが、賞金のほとんどを飲み潰そうが、たいした不満はない。・・・たぶん。
問題はその性癖だ。
――性癖。この場合、額面通りの意味。エッチの趣味だ。
ぶっちゃけ、コイツはゲイで、俺に惚れている。
おかげで、俺は恋人を作ることすらできず、貴重な青春を棒に振っているというわけだ。
この美貌と才能さえあれば、世の中の女など、よりどりみどりだというのに。
正直、カンベンしてくれ・・・。
「さて。賞金も入ったことだし、今日はパァッとやるか!」
ずっしりと重くなった財布を掲げ、俺は言った。
すでに日は暮れ、街は夜の賑わいをみせている。これだけ大きな街だと、美味い店もたくさんあるだろう。
しかし、上機嫌の俺とは反対に、不機嫌顔のジーハー。腫れ上がった青タンのせいで、いつにもまして目つきが悪い。
「どうした?」
白々しく聞いてみる。
「ケガが痛ェんだよ・・・」
口の中も切ったらしく、吐き捨てた唾に赤いものが混じっていた。
ま、これじゃ美味いモンもなにもあったもんじゃないか。
「・・・なんでもっと早く魔法使ってくれなかったんだよ」
「仕方ないだろ? 町中走り回って疲れてたんだから」
「そうは見えなかったが・・・」
「あれは精神集中に気を遣うんだよ!」
ウソではない。幻獣召喚はすこぶるデリケートな魔法だ。
幻獣と言うくらいだから、実際に存在する生き物を召喚するワケではない。この世界の精霊というか、魔力というか、とにかくそんな、よくわからない神秘的な力を束ね、具現化された獣を呼び出すのだ。
具現化の際に召喚者のイメージで肉体が構成されるため、その姿は千差万別。日によって変わったりもする。だからイメージをしっかり保って儀式を行わないと、失敗する。そのうえ、儀式にかかる手間も半端じゃない。
だから俺は、予め準備を済ませた場所に標的を誘い込むという形で捕り物をする。
もっとも、相棒のジーハーがもっとうまく立ち回ってくれれば、こんなリスクの高い魔法など使わないで済むのだが。
「そうだよ。おまえがもっと強ければ問題ないんだ。それを棚に上げて人のせいにするなんて、男らしくないぞ」
「・・・う、それは・・・そうだが・・・」
論点のすり替えに気付くこともできず、ジーハーは言葉に詰まった。
俺は内心舌を出しつつ、
「まあ、俺にも幾ばくかの非はあるかもしれん。今日は好きなだけ飲んでいいぞ」
いけしゃあしゃあと言い切った。
「そ、そうか。よし、今日はとことん飲むぞ!」
うわ、単純・・・。
「って、口の中切ったんじゃないのか?」
「ああ。だからアルコールで消毒しねえとな」
「・・・まあ、いいけど」
できるだけ良さそうな店を探して、俺は歩き出した。
「酒の力借りて、今日もノヴィスにアタックするぞー!」
・・・俺は聞こえないフリをした。
その店はかなり繁盛していた。
テーブルは満席で、カウンターもいっぱいだった。相席を断った客達が、店の外に並ぶほどに。
「なあ、こりゃしばらくムリっぽいぜ?」
と、ジーハー。
俺も同感だった。
せっかく下見しておいて、今日のゴハンはここにしようと決めていたのに。やっぱり美味しい店ってのは、みんなよく知ってるんだなあ。
「お客様、二名様ですか?」
ウェイトレスが店から出てきて聞く。
「ああ、そうだけど・・・」
並んでまで食べたいワケでもないし、他を当たるよ。
俺はそう言おうとしたのだが、ウェイトレスの口の方が早かった。
「相席でしたらご案内できますけど、いかがでしょうか?」
俺たちは目と目で会話する。
(どうする?)
(えー、ヤダよオレ。ノヴィスと二人がいいー)
(・・・そうか、じゃあ相席でいいな?)
(え、いや、だからイヤだって)
(よし、決まりな)
この間、約一秒。
付き合いの長い俺達は、アイコンタクトでも完璧なコミュニケーションを取ることができるのだ。
「はい、お願いします」
なぜかジーハーは、恨みがましい視線を投げてよこした。
なぜだか知らないが、この世界には獣人の男と、人間の女しか存在しない。
俺の視線がその女に釘付けになったため、ますますジーハーがふてくされる。
・・・べつに惚れたワケじゃない。女の恰好が珍しかっただけだ。
大きく襟のあいた長着に、羽織。確かこれは、着物とかいう、東の島国、ヤマト国の民族衣装だったハズ。腰に下げている剣も、噂に聞くサムライ・ソードだろう。
「・・・座ったら?」
女が口を開いた。
じろじろ見ていた俺たちの視線など、気にもしていない様子だ。
そりゃそうか。そんなものいちいち気にしていたら、こんな恰好はしていられない。
「悪いね」
「・・・おじゃまします」
未だに不機嫌そうなジーハー。
俺たちが注文を済ませると、場は気まずい沈黙に満たされた。
「・・・聞いてもいいかな?」
「別にいいけど?」
「君って、サムライなの?」
女は少し驚いたような顔をして俺を見た。
「よく知ってるわね」
「そう? 普通知ってるんじゃない?」
「・・・なあ、サムライってなんだ?」
普通じゃないジーハーが、俺に耳打ちする。
「東の国の剣士のことだよ」
「ま。この辺じゃ滅多に見かけないけどね」
「そうなのか。・・・ずいぶん変わった恰好だな」
遠慮もクソもない。
俺は思わず右手で頭を抱えた。
「あたしに言わせれば、あんただって相当変わった恰好してると思うけど?」
女は、そう言って俺の方を顎でしゃくる。
といっても、俺は別段おかしな服を着ているワケじゃない。
肩と肘のところにプロテクターの着いたレザージャケット。ごく普通のシャツ。ゆったりしたズボン。
変わっているといえば、この右手にはめられた、革の手袋か。
この季節に革手袋、それも右手だけといえば、たしかに変わっているかもしれない。
「・・・まあ、ちょっと事故でね」
「そう」
女はそれ以上何も言ってこなかった。
ちなみにジーハーの服はジーパンにTシャツ。だけ。
「お待たせしましたー」
ウェイトレスが、ビールを二つと、ソフトドリンクを持ってくる。
ジーハーが早速ジョッキを空にして、まだ手元に一本あるにもかかわらず追加注文した。
これにはさすがの女も目を丸くした。
「よく飲むわね・・・」
「そうか? 普通だろ?」
普通じゃねえよ。
「・・・どうでもいいけど、潰れるなよ?」
ジーハーの巨体を俺一人で運ぶことなどできない。
「わかってるって」
・・・あやしいものだが。
「対してあんたは飲まないのね」
女が、俺のソフトドリンクを見て言う。
「下戸なんでね」
ホントは肝臓がイカレていてアルコールがダメなのだが、そんなことを言う必要はないだろう。
女は、俺たちが席に着く前にもらっていたビールをちびちびやりながら、
「熱燗が置いてあればよかったんだけど」
と、笑った。
「米で作った酒のことだよ」
ジーハーが「熱燗ってなんだ?」と聞くよりも先に答える俺。
実際に知っているわけではないから、ちょっと違うかもしれないが、だいたい合ってるだろう。
「し、知ってらぁ。それくらい」
ウソだ。っていうか、バレバレ。
女はくすくす笑いながら、
「あたし、ルシア。ルシア・シャーナードよ」
「俺はノヴィス・サイフィールド。こっちはジーハー」
「・・・おざなりな紹介すんな。ジーハード・ウィルクオンスだ」
「・・・ノヴィス?」
ルシアが眉をひそめた。
まあ、俺の名前は一部に有名だから、ムリもない。
ということは、ルシアも同業者だろうか。
「へえ。あんたが・・・。ねえ、ちょっと背中見せてくれない?」
「いいよ」
俺は体をひねってルシアに背中を見せてやった。
レザージャケットの背には、黒い十字架の飾りが描かれている。
「ふうん、それが二つ名の由来なの?」
俺の二つ名「黒き翼」もしくは「黒き天使」のことだ。
正確には、黒き光の翼の天使のノヴィス。っつーか、長ぇよ。誰も言わねえって、こんなの。
「いや、まあ、ちょっと違うけど、そんなところかな」
本当の事を言っても信じてもらえないだろうし、何よりあまり人には言いたくない。
俺は苦笑混じりに答えた。
やがて料理が運ばれてきて、俺たちはそれをぺろりと平らげた。主にジーハーが。
俺が食後のクスリを飲んでいると、ルシアが「どこか悪いの?」と聞いてきたので、また適当に答えておく。
料理が片づいたと見るや、ウェイトレスが速攻で食器を片づけに来て、俺たちは半ば追い立てられるように店を出た。
「さすがに行列ができるだけあって美味しかったわね」
「おう。美味かったなぁ」
といっても、ジーハーに繊細な味の違いなどわからないだろうが。
「じゃ、縁があったらまた会いましょ」
「ああ。それじゃあな」
「じゃーなー」
ルシアが人混みに消えたその時、俺の背筋に悪寒が走る。
「・・・ノヴィスぅー」
酒臭い息を吐きつつ、ジーハーが覆い被さるようにのしかかってきた。
「ちょっ、バカ! 重いだろ!」
「疲れたー・・・早く宿に戻ろうぜぇー・・・」
明らかに別の目的を匂わせ、ジーハー。
俺はうんざりしながら、何とか彼の体重から逃れることに成功した。
「俺だって疲れたよ。・・・いっとくけど、今日は体調悪いんだ。ヘンなこと考えるなよ?」
「えー、今日は元気そうじゃねえかよー」
ちっ。さすがにわかるか。
しかし、俺は動じることなく、
「ホントだよ。だからサッサと帰って寝るぞ」
と歩き出した。
「つれねえなあ・・・。あの女には愛想良かったくせに」
「そんなこと無い」
舌打ちしながらもついてくるジーハー。
「・・・べっぴんだったもんなぁー」
「べっぴんって、おまえいつの言葉だ・・・。まあ、確かに美人だったな」
ジーハーの体から黒々としたオーラが立ち上ったような気がした。
「・・・やっぱり女の方がいいんだ・・・?」
「当たり前だろ」
間髪入れずに答える俺。
・・・それが失言だと気付いたのは、このあとすぐだった。
お尋ね者を求めて東へ西へ。
当然、自分の家など持ってはいない。
・・・いや、中には持ってる人もいるんだけど、少なくとも俺たちには無い。
そんなわけで、俺たちのねぐらはもっぱらホテル。
今日も今日とてホテルの部屋に帰ってくると、俺はベッドに倒れ込んだ。
「あー。マジ疲れた・・・」
あれだけ走り回ったのだからムリもない。
体調の悪い日なら間違いなく吐血してる。
「オレは体中痛ェよ」
と、ジーハー。
俺は苦笑し、
「ボコボコに殴られたからな」
と、言った。
「半分はおめえのせいだ」
「なにを・・・」
俺が文句を言おうと顔を上げたとき、ジーハーはすぐ目の前に迫っていた。
「!」
体をこわばらせ、逃げようとするが、もう遅い。
俺の体はジーハーの巨体に簡単に押さえ込まれてしまった。
「なっ、なにするんだ! バカ!」
「なにって、決まってんだろ? ・・・なぁ、いいだろ?」
「い、いいわけあるか! どけ!」
「・・・やだ」
ジーハーの顔が迫り、俺の口を塞いだ。
熊人の幅広い舌が、ムリヤリねじ込まれる。
俺は暴れたが、ジーハーの怪力の前には無駄な抵抗だった。
「・・・ぷはっ、ちょ、ちょっと待った! タイムタイム!」
何とかジーハーのキスから逃れ、俺は悲鳴に似た声を出す。
「・・・なんだよ?」
「き、今日は体調が・・・」
「ウソつけ。絶好調じゃねえか」
「い、いや、でも・・・」
ジーハーの顔が再び迫り、今度は首筋をなめ上げる。
俺の性感帯の一つだ。思わず声が出てしまい、慌てて口をつぐんだ。
「わ、わかったよ、する。・・・今夜だけは相手してやるから・・・」
「なんだ?」
「えっと、その・・・汗。汗、流したいんだけど・・・」
その要求は無慈悲にも却下された。
「逃げる気だろ?」
・・・やっぱバレてる?
「で、でも! 今日は走り回っていっぱい汗かいたし!」
「ああ、そうみたいだな」
ジーハーは俺の胸元に顔を埋めて匂いを嗅ぐと、嬉しそうにため息をついた。
・・・いかん! 逆効果か!
「いい加減、観念しろよ」
再び、唇を奪われる。
「んんっ・・・」
口の中で暴れ回るジーハーの舌は、ちょっぴり血の味がした。
思わず、頭がぼーっとしてくる。
良いか悪いか、彼の舌使いはかなりのものだ。俺は何度その技術に泣かされたことか。・・・いろんな意味でな。
「・・・ようやくその気になったみてえだな」
ジーハーのいやらしい声。
気が付くと、俺は勃起していた。
「こ、これは・・・違う」
「そうか、違うか」
ジーハーの手が、俺を握った。
ズボンの上からだというのに、俺は快感に身をよじらせた。
「おい、まだイクんじゃねえぞ」
「だっ、誰が・・・! 感じてなんか、ないっ」
「そうか」
ニヤニヤ笑いながら、ジーハーは体を起こし、Tシャツを脱ぎ捨てた。
少し脂肪の付いた、たくましい身体が晒される。
ついでにズボンも脱ぐと、彼のパンツが大きくテントを張っているのがわかった。
「ほれ」
それを凝視している事に気が付いたのか、ジーハーが腰を突き出す。
その顔は「おめえが脱がせよ」と語っていた。
「・・・で、でも・・・」
「ほれ」
有無を言わさず、腰を突き出す。
テントの先端がシミを作っているのがわかった。
「・・・・・・」
ごくりと唾を飲み込んで、俺はジーハーのパンツに手をかけた。
そっと降ろすが、一物にひっかかってうまく脱がせられない。苦労してパンツを下げ降ろしたとき、一物がブルンと跳ね上がって彼の腹を打った。
太くて、長い。俺はジーハーのモノと自分のモノしか知らないけど、これは間違いなく巨根の部類に入るだろう。
グロテスクに血管が浮かび上がり、びくびくと脈打っている。
俺はすでに、まともな思考ができる状態ではなかった。
「あぁ・・・」
吸い寄せられるように、それにキスをする。
ジーハーが小さく呻いたのが聞こえて、俺はあろう事か嬉しくなった。
裏筋をなめ上げ、亀頭をくわえ込み、金玉を一つずつ口の中で転がしてやる。ジーハーは玉まで大きいので一苦労だ。
しばらく奉仕していると、ジーハーはおもむろに腰を引いた。
俺の口から一物が引き抜かれ、よだれだか先走りだかが糸を引いた。
「タ、タンマ。そろそろヤバイ」
荒い呼吸で言うジーハー。俺はますます嬉しくなってしまった。
ジーハーが再び覆い被さってきてキスをする。
今度は俺の方から舌を入れてやる。犬人の舌は長い。俺の舌はジーハーの口の奥まで蹂躙した。
激しいキスをしながら、ジーハーが俺の服を脱がしにかかる。
彼の手が革手袋を脱がそうとしたとき、俺は抵抗した。
「ちょ・・・それは・・・やめてくれ・・・」
「ん? なんでだ?」
自分で言うのもなんだが、俺は身体にも結構自信がある。
フォルムこそ痩せ形だが、見事に引き締まった無駄のない身体。限りなく黄金率に近いスタイルだと自負している。
しかし、右手だけは違う。
寄生植物の根が縦横無尽に走り、ゴツゴツと節が浮いていて、醜悪極まりない。そう、ちょうどいきり立った男根のようにグロテスクなのだ。
「いまさら気にすんなよ」
ジーハーは優しくそう言ってくれる。
たしかに、彼にはもう何度も見られているけど、
「・・・やっぱり、やだ。・・・ゴメン」
目を伏せて謝ると、ジーハーは手袋を諦めてズボンの攻略に取りかかってくれた。
って、いや、普通に考えれば、男にズボン脱がされるって方がイヤなのかもしれないけど。
いずれにしろ、俺はすでに「その気」だったから、不快感は無く、どちらかというと嬉しかった。
そりゃ羞恥心はある。それこそいまさらだが、やっぱりアレを見られるのは恥ずかしいし、なによりジーハーほど立派なモノでもない。申し訳ないとも思う。
「・・・ああ・・・ノヴィスぅ・・・」
しかし、ジーハーは俺の愚息(っていっても人並みはあるぞ)を恍惚の表情で眺めると、ほおずりをする。
そのままキスをして、そっと舌を這わせてきた。
俺は快感に目を閉じ、彼の頭を撫でてやる。
さっきも言ったとおり、彼の舌技は絶品だ。気を抜くとあっという間にイかされてしまう。
「ハァ・・・ハァ・・・」
押し寄せる快感の波に、ついついあえぎ声が大きくなる。
そんな俺を見上げ、ジーハーがいやらしく笑った。
「・・・感じるか?」
俺は顔がカッと赤くなるのを感じた。
「だっ、誰が!」
「ふうん。こんなんなってるのになぁ」
怒張した俺の一物を握りしめ、ジーハーがニヤニヤする。
ひょっとしてコイツ、言葉責めして悦ぶ癖があるのかも。
「し、刺激されれば、誰だってそうなる」
「そうか。じゃ、まだまだイかねえな?」
俺の答えも聞かず、ジーハーは再び俺をくわえ込んだ。
彼の舌が、激しくまとわりついてくる。
ジーハーの本気の奉仕に、俺はおもわず声を上げてよがった。
「あっ、ああっ・・・!」
シーツを握りしめた手に力がこもる。ジーハーのモノを探して、俺の足が彼の股間をまさぐった。
しかし、探り当てたのは一物ではなく、みずからしごいていたジーハーの右手だった。
「はあっ、はぁあっ! ・・・ダメ・・・イ、イク・・・!」
腰を引いて逃げようとするが、ジーハーは許してくれなかった。
執拗に口で責められ、俺はとうとう絶頂を迎えてしまった。
「ああっ! ジーハーッ!」
俺は何度も何度も痙攣し、大量の精を放った。
ジーハーは吐き出された精をすべて飲み込み、尿道に残っていたものまで絞るように吸い付いてきた。
「はぁっ、はぁっ・・・オ、オレも、もうダメだ・・・っ!」
ジーハーは俺のモノを吐き出すと、腹に跨っていっそう激しく自らをしごき上げた。
彼の一物がひときわ大きく膨れあがり、濃い精液を吹き出す。
それは弧を描いて飛んで、俺の顔、胸、腹を白く汚した。
「ハッ、ハッ」
しゃくり上げるように息を乱したジーハーが、覆い被さってきた。
自らの精液で汚れることもいとわず、俺のことをしっかりと抱きしめる。
「ノヴィス・・・好きだ・・・」
脱力した声で囁いた。
俺は何も言わず、ジーハーの背中に手を回した。
――が!
男というのは現金な生き物だ。
一度射精してしまうと、それまでのテンションが一気にしぼんで性欲が霧散する。
ノンケである俺はその傾向がさらに顕著で、激しい後悔の念に駆られていた。
「・・・はあ」
ため息をついてジーハーを見ると、彼は全裸のままベッドに腰掛け、煙草を吹かしていた。
開いた股の奥で、萎えた男根がだらしなく垂れ下がっている。
あんなものに欲情してしまう自分が信じられない。自己嫌悪に陥る。
できることなら自殺してる程だ。
俺は顔を背けて枕に顔を埋めた。
「・・・も一回やるか?」
何を勘違いしたか、的はずれな質問をしてくるジーハー。
もう答えるのもバカバカしくなって、俺は無視を決め込むことにした。
・・・ああ、やっぱり俺って世界一不幸な男なんだな・・・