マンガ時評vol.55 99/10/18号

大物の新連載でスピリッツの浮上なるか。

 かつての爆発力を失って久しいスピリッツ。ここのところ社会的に話題を呼んだヒットと言えるのは動物占いくらいしかないというのも情けない話です。抜群のセンスもなければ、突き抜けるような爽快感もなく、荒々しさもみずみずしさもない。これではマンガ好きから「つまらなくなったよね」と言われても仕方ありません。

 とりわけ重症だと思うのは、新しい連載ほどつまらないこと。長期連載に入っている『東京大学物語』や『奈緒子』『月下の棋士』などは安定していますが、もはやマンネリですし、かつて面白い作品を描いていた作家たち(山本康人、一條裕子、柳沢きみおなど)も現在はそれを上回れずに苦しんでいます。

 そんな状況の中で、ここにきて注目の大物マンガ家たちが立て続けに新連載を始めました。まず最初に始まったのが佐々木倫子『Heaven?』。彼女が少女マンガの枠にとどまらずジャンルを超えて普遍的に面白い作品を描けることは前作『おたんこナース』でも十分証明されています。今回の作品もまた新しい職業物で、なんとフレンチレストランが舞台。イメージとしてはテレビドラマ『王様のレストラン』を連想させます。

 始まってから第4話までを読む限りでは、なかなか好調なスタートです。まるで『動物のお医者さん』を思い出させるような強力なキャラクター(特に黒須オーナーの自分勝手ぶりは漆原教授を彷彿とさせます)に囲まれて、主人公が右往左往する様は、いかにも佐々木倫子ワールド。職業物ならではの面白いエピソードをうまく拾って取り込むことができれば、達者な彼女のことですから、かなり面白い作品になることでしょう。ただ惜しむらくは、まだチョビのような可愛いマスコットキャラクターが出てこないことですね。彼女が描く以上、単なる職業マンガになってしまわないことを願っています。

 次に始まったのが吉田まゆみ『PAPER WOMAN-明日に向かって書け!-』。吉田まゆみと言えば1970年代後半から1980年代前半にかけて『れもん白書』などのヒット作を連発して一世を風靡した少女マンガ家ですが、最近はすっかり鳴かず飛ばず。その時代の若者世代の本音をうまくすくい上げるのが上手なマンガ家でしたが、ずれた時代感覚しか持てなくなったのが売れない原因だと僕は思っています。

 今回は女性新聞記者を主人公にした職業マンガということで、『Heaven?』同様に面白いエピソードをどう拾ってうまく使うことができるかがポイントでしょう。ただ3話目までは読む限りでは、ちょっと期待薄かなぁ。やはりセンスのずれを感じます。共感を呼ぶには彼女はもう年をとり過ぎたのかも知れません。

 さて、大々的な宣伝をかましまくり、鳴り物入りでスタートしたのが浦沢直樹『20世紀少年』。「空想科学冒険漫画」という触れ込みで始まりましたが、雰囲気としては『MONSTER』ほど大人向けではなく『YAWARA!』ほどは子どもっぽくもないというところですね。まあ青年誌としては適当なところでしょう。

 まだ2話までしか読んでないので今後どういう展開になるのかちょっと先がわかりませんが、滑り出しは上々です。テンポも良くキャラクターも立っています。それに、ここまでの話が伏線だらけで全然わからないということは、それだけ深く構成を考えて描き始めているということです。後はあまり『MONSTER』とイメージが被らないように、明るいトーンで進めて欲しいかな、というくらいですね。期待大です。

 最後に相原コージが『なにがオモロイの?』という連載を始めました。もはや面白いということはどういうことかもわからなくなった彼が、他力本願でギャグマンガを作ろうという、ある意味では実験的作品ですが、果たしてそんな欽チャンの素人いじり芸のようなことをして面白くなるのでしょうか?ギャグマンガ家の短命さを自ら証明した彼が、完全に開き直ったとしか思えない企画です。僕としては全く期待していません。たとえ企画として面白かったとしても、それは「禅繪魂」のいとうせいこうと同じ意味での成功でしかないからです。相原コージはそれでオモロイの?と聞きたくなってしまいます。

 しかし、こうやって考えると大物マンガ家と言うのは安定していても新鮮さは全然ない訳ですから、スピリッツという雑誌全体の浮力になり得るかどうかは難しいところですね。本当に雑誌に勢いをつけてくれるのは、新しいマンガ家のオリジナリティ溢れる作品でしょう。まだまだスピリッツが浮かび上がるのは先のことかも知れません。