マンガ時評vol.54 99/8/27号

山本直樹の淫夢力。

 森山塔(塔山森)名義でエロ雑誌に連載をして人気を博したいた頃の山本直樹が好きでした。うーん、だから山本直樹じゃなくて森山塔が好きだったのかな?とにかくひどくリアルなSEXシーンを描きながら、どこかシニカル、でもやっぱりエロ、だからこそユーモラスという、複雑な味わいを持つ作品を次々と発表、いや乱射していた森山塔というマンガ家は、凡百のエロマンガとは一線どころか百線くらい画していました。

 『とらわれペンギン』『ペギミンH』などの単行本を読み返してみると、それが10年以上前のエロマンガとは思えぬほどに、未だに新鮮な「痛さ」を感じさせます。皮膚感覚と呼べばいいのでしょうか、彼の作品は痛いのです。それは青春の痛みというよりも、もっと原初的な人間が抱える痛さのようなものかも知れません。考えてみればSEXも暴力も皮膚で感じるものですからね、痛みを上手に表現できなければ読者はついてきてくれません。

 単に絵が上手いというマンガ家は、他にも多いと思いますが、山本直樹(=森山塔)の表現力、皮膚感覚というのは群を抜いています。エロ雑誌で鍛えられたものですから「実用度」が高いのかも知れません。リアルであって、なおかつイリュージョンであるという、まさに淫夢のような世界を生み出す力は他を圧しています。その上、最近はMacまで導入して、より「淫夢度」を高めてきています。

 悪いエッチな夢でも見ているような気分になるところが、この人の最大の魅力だとすると、現在スピリッツ誌上で連載中の『ビリーバーズ』は、まさにそんな淫夢の世界です。恐らくオウムのような宗教集団を想定していると思われる「本部」からの指令で、無人島に生活する3人の男女の性欲への葛藤を描くこの作品は、最近ますますエロ度を増してきて、久々に森山塔っぽい痛さを感じさせる作品となりつつあります。

 思えば山本直樹という名前でメジャー誌に描き出してからは、僕には面白いけれども物足りないというか食い足りない印象の作品が多かった気がします。『はっぱ64』や『極めてカモシダ』はコミカル過ぎたし、『あさってDANCE』『ありがとう』は健全過ぎ、『僕らはみんな生きている』は社会派に偏り過ぎ。いずれの作品も好きだし他のマンガ家だったら面白いとは思うけど、麻薬的な彼にしてはちょっと健全お子さま風味で薄味になっているような気がしていました。

 『ビリーバーズ』も、最初は新興宗教をカリカチュアした社会派マンガ的で、どうも食い足りなかったのですが、ここにきて一気に彼の作品らしく、キャラクターの壊れっぷりがどんどん進行してきました。エロとバイオレンスという二大衝動が暴発しそうな気配になってきたのです。登場人物が3人きり、というのも、密度が濃くて良い感じです。

 あとは行くところまで行けるのか、それともメジャー誌らしく、どこかで押さえ込んでしまうのか、そのせめぎ合いを見守りたいと思います。そう言えばこの人、有害コミック論争の頃に槍玉に挙がっていたからなぁ、そろそろほとぼりも醒めたと思って突っ走ってくれたら面白いんだけど。