マンガ時評vol.52 99/6/30号

下膨れ顔のヒーローたち。

 今回の講談社漫画賞はなんと加瀬あつし『カメレオン』に決まりました。なんと、と言うのは、この作品、すでに連載9年を数える長寿マンガで、いい加減ネタもやり尽くしてしまった「こち亀」状態だからです。どうせ『カメレオン』を選ぶなら、数年前に選んでおけよ!という突っ込みを入れたくなるような遅ればせながらの受賞です。

 ご存知の通り『カメレオン』は主人公矢沢栄作が持ち前の口先三寸と驚異的な運の良さだけで成り上がるギャグマンガです。とにかくパターンは毎回決まっていて、(1)矢沢がいわくありげなツッパリ君と仲良くなる (2)ところがこいつが相当やばい奴だと気付き矢沢逃げようとする (3)ところが逃げられずしかも相手に矢沢がハッタリだけの中身のない奴だとばれる (4)矢沢の正体をばらそうとする相手 (5)とうとう追いつめられた矢沢、しかしその時超ウルトラスーパーラッキーが! (6)運の良さを利用した矢沢のトークが冴えてなんとかピンチ脱出、新たな矢沢伝説が生まれる というマンネリとも言える黄金ワンパターンです。

 とにかく主人公の矢沢も、このマンガ自体もマンネリで本当に成長しません。連載9年、矢沢は最初からどうしようもない小物でスケベでバカだったのですが、そのまま何も変わらず、ただ周りのキャラクターたちだけが成長してきました。もちろん矢沢は成長しなくても、マンガの中では遅々としてですが時間は流れています。高校デビューの矢沢もいつの間にか進学時期を迎え、あろうことか今度は東大入学を目指しています。これで合格なんかしたら、まさに究極の成り上がりぶりです。

 僕が思うに、矢沢が成長しないのは、彼が永遠の子どもだからだと思います。普通、人は社会と交わっていくためには我慢することが必要だと教わって大人になっていきます。ところが矢沢は一切の欲望のコントロールをしません。常にやりたいことをする、ある意味ピュアなまま。随分とイヤなピュアですが、それがすなわち子どもと同じなのです。矢沢栄作は子どもの象徴として存在しているのです。そう考えれば、赤ちゃんのような下膨れ顔も、子どもっぽさをより示していると思えてきます。

 さて「下膨れ顔」と言って思い出すのは『がきデカ』でしょう。こまわり君のあの下膨れ顔です。彼もまた矢沢と同じ「子どもの象徴」でした。エロもグロもナンセンスも子どもは大好き。素直な欲求をためこむとほっぺたが膨れてくるんでしょうか。さらにもうひとつ、有名な「下膨れ」顔は『パタリロ!』のパタリロです。彼もまた常に自分の欲求に素直な、子どもならではの発想で長年暴れ回っています。『カメレオン』同様、すっかりマンネリ化していますが、それでも面白いのは基本の設定が秀逸だからでしょう。

 『カメレオン』は『がきデカ』を父として、『パタリロ!』を母として生まれたような作品です。矢沢とこまわり君とパタリロの共通点は、子どもの素直な欲求とそれを実現するための情熱。しかもまともな努力をするという道を歩もうとせず、常に楽しようとするところも一緒です。いつまでも成長しない永遠のモラトリアムヒーロー。現代のピーターパンたちは下膨れ顔に姿を変えていたんですね。