マンガ時評vol.48 99/2/10号

ビッグコミックは黙々とマンガ界の最果てへ。

 僕はなんと先日38才になってしまいました。自分の実年齢というのは年を取るほどに意識している年齢とかけ離れていくようで、なんとなく20才くらいの頃から中身は変わっていないのに、実年齢ばかり重ねていくなぁ、と感じている人が多いと思います。ただ、本当に20才の頃と一緒かというとやっぱり実はそこかしこで老けて(成熟して?)きている兆候が見られます。アイドル歌手の区別がつかなくなったり、若者向けのドラマやバラエティ番組がつまらなくなったり。これらはある特定世代に向けて発信されているもので、気は若いつもりでも実はオジサン・オバサンになってきている世代は相手にされていないからつまらないのです。いくら若ぶっても「最近のテレビはつまらん」「昔は良かった」などと言っているようではダメなんですね。

 同様にマンガ雑誌も基本的には読者の想定年齢を意識して作っています。ある日気がついたら「少年ジャンプ」で読みたいマンガがなくなった、とか、そういえば最近ヤング誌は手にしていない、とか。多分少年誌よりも青年誌の方が、読者がこぼれ落ちていく確率が高いと思います。少年誌は子供でも理解できるように、人間としての基本である部分をきちんとおさえて作品作りをしていますから、時には子供っぽいと感じるでしょうが、原点からの発想なので普遍性が高く共感を得られやすいからです。

 それに比べて青年誌は青春期特有の感情をベースにしている部分が大きいので、そこを通り過ぎた人間には「今さら」という照れくささや恥ずかしさが身にしみてしまいます。フジテレビの月9ドラマ「OVER TIME」を見て、なにをうだうだ恥ずかしいことやってんだ、と思うようになったらもう青春期は卒業なのです。青年誌は読者がいつも激しく入れ替わっていくメディアです。こぼれ落ちていく読者よりも新しく入ってくる読者の方に顔を向けているのですから、いつの間にかヤンジャンやヤンマガを手にしなくなったとしても不思議はありません。

 少女誌はさらに細分化しています。少女誌の分析はまたいずれかの機会にするとして、とにかく少年・青年誌よりもさらに細かくセグメントされた階段を、少女から大人の女へと変わっていく過程で、読者は順に卒業していく構造になっています。

 で、青年誌からこぼれるままにされている中年層はどこに行くのか?これまでなら多くはもうマンガなんか読まないよ、ということになったと思うのですが、さすがに安田講堂に立て篭りながら少年マガジンを読んでいた団塊世代は違います。彼らと一緒に年輪を重ねていく団塊専用のマンガ雑誌を持っています。それが「ビッグコミック」です。今では「スピリッツ」「オリジナル」「スペリオール」「ゴールド」など多くの兄弟誌を抱えるこの老舗マンガ誌は、あくまでも団塊世代のためのマンガ誌という立場を貫いています。団塊の下の世代が以前のビッグコミックがターゲットにしていた年齢に達しても、すでに雑誌はその先へと移っているので、仕方なく兄弟誌が増えていくわけです。

 ビッグコミックの最新号を開くと、巻頭2色カラーはちばてつや『のたり松太郎』です。初登場からすでに20数年。まだまだ現役の坂口と田中。なんとこの号(355話!)で、あの田中が遂に悲願の幕内初優勝を遂げてしまいました。巨匠ちばてつやも体を壊してからはすっかり少年誌から遠ざかっていますが、かつての『あしたのジョー』世代を相手に昔の名前で出ているわけです。巨匠健在、とは言いにくいのは、やはり以前のちばてつやらしい躍動感とか緻密さが感じられないからでしょう。とりあえずある一定のレベルでは描いていますが、どこか魂が入っていない、リハビリ過程という印象が残ります。また同じく最新号にはさいとうたかを『ゴルゴ13』(第382話)も掲載されています。言うまでもなく、マンガ界の最長寿マンガ。連載開始からすでに30年を数え、単行本も112巻。相変わらずゴルゴ13は鋼の肉体と氷の意志を持って年老いることもなく殺人マシーンとして活躍を続けています。マンネリ、という言葉がむなしくなるほどの超マンネリ。それゆえに50代になった団塊世代も安心して作品を楽しめるのでしょう。

 他にも林律雄・高井研一郎『総務部総務課山口六平太』(第305話)や、小島功『まぼろしママ』(第338話)、黒鉄ヒロシ『赤兵衛』(第何話かは不明です)など、ご長寿マンガが面白いんだか面白くないんだか、と言った顔で連なっています。比較的新しい連載陣と言っても、青柳裕介やかわぐちかいじ、水木しげるなどやはりお馴染みの顔だったりしますし、テーマも愛だの恋だの惚れたのはれたのというものは皆無です。仕事・会社・家族・社会・人生をテーマにした作品ばかり。若者には少々退屈かも、というラインアップです。まあその中で森秀樹『戦国子守唄』は歴史物ということでオジサンに媚びつつも、ちょっと毛色が違っていて、この作者らしいドラマが紡がれているようですが。

 先ほど「面白いんだか面白くないんだか」と書きましたが、実際にはこれらの連載は面白いんですよ、多分。ただその面白さが少年誌や青年誌の面白さとは質的に違うような気がするのです。例えば『GTO』や『ARMS』の面白さが斬新な刺激であり後頭部を殴られるような覚醒感だとしたら、山口六平太の面白さは故郷の安らぎや母に包み込まれるような安心感にあるわけです。もしくは馴染みのバーで店のママとしみじみ語り合っているようなくつろぎ感とでも表現した方が、団塊世代らしいでしょうか。

 このまま「ビッグコミック」は団塊世代が60才になっても70才になっても、一緒に年を取っていくのでしょう。日本人最大のボリュームゾーンが消えてしまうまで残り約30年。フロンティアというには余りに保守的ですが、マンガ界の最果てには違いありません。不況とリストらの風が吹き、団塊世代には寒さ厳しき折、せめてもの温もりをこの雑誌が彼らに与えてくれることを祈ります。