マンガ時評vol.46 98/12/24号
このマンガ時評を書き始めて2年。いつかは書きたいと思っていた川原泉ですが、なにせ新作らしい新作が出ない以上、なかなか取り上げるきっかけがありませんでした。熱狂的なファンを多く持つ作家だけに彼女の新作を期待しつつ待ち焦がれている人も多かったことでしょうが、ようやく今月ジェッツコミック(白泉社)から『小人たちが騒ぐので』が出てカーラ教授ファンの心を少し安堵させました。この単行本は月刊PUTAOという雑誌に1997年〜1998年にかけて連載された同名作品を中心に編集された久しぶりの川原泉の新刊本です。
『小人たちが騒ぐので』は今までの川原作品のような純粋なフィクションではなく、どちらかと言うとエッセイ的な作品集です。と言っても、大島弓子のサバシリーズのような枯淡の味わいがある身辺雑記的エッセイではなく、ベースがギャグ仕立てになっていて、そういう意味では川原泉的世界はある程度維持しています。特にRPGをベースにしたシリーズは、もう少しきちんと練り上げて描けば十分に従来の川原作品に仕上がるのでは、と思わせるものがあって、なかなか笑わせてくれます。もっとも一番面白いと思えるものでも、その程度の出来でしかないところがちょっと寂しいのですが。
では従来の川原泉の魅力とはなにか。彼女の作風を例えると「知恵者のおばあさんが縁側でするほら話」だと僕は思います。川原泉の作品を読んでいれば誰でも気づくことは異常なまでに多いネームの量。時に絵が文字で隠されてしまうほどびっしりと書き込まれていて、しかもその内容たるや妙に専門用語が入り混じり、哲学的で難解な場合もしばしばです。いろいろなことを知っている知恵者のおばあさんが、縁側で日向ぼっこをしながら孫にお話を語って聞かせているんですが、時々わざと話を小難しくして孫が混乱する様子を楽しんでいる、そんなマンガ世界が川原作品の楽しさです。
話自体は時に熱血スポーツ物語(『甲子園の空に笑え!』『銀のロマンティック…わはは』『メイプル戦記』)だったり、恋愛ドラマ(『空の食欲魔人』)だったり、学園もの(『笑う大天使』)や、ミステリー(『ゲートボール殺人事件』)、歴史もの(『中国の壺』)、職業もの(『美貌の果実』)と結構多岐にわたっています。手塚や石ノ森ほどではないにしろ、かなり幅広い物語性を持った作家であることが感じられるラインアップです。そして、その設定や展開がいかにドラマティックであっても、登場人物たちは判で押したように「ぼーっ」としていて、の〜んびり淡々と話は進んでいきます。卓越したストーリーテリングの才能と、独特なキャラクターメイキングの才能、そして異常なネームの才能。その3つが1人の作家の中に混在しているところが川原泉の大きな魅力なのです。異質な3つの才能をひとつに押し込んだ川原ワールドに引きずり込まれて、自在に笑わされたり泣かされたりしてしまうのですから、彼女のファンはジャンキーになってしまうはずです。
川原泉は天才の一人だと思います。笑わせたり泣かせたりのツボの押し方のうまさは、最初から彼女に備わった資質でしょう。ただその天才ぶりと、現在の「冬眠中」の姿は、80年代の天才ギャグ作家江口寿史と同種のものを感じさせて、今や危うさの方が先に立ちます。そう考えると、『小人たちが騒ぐので』も江口の最後の実験的連載作品集『なんとかなるでショ!』と同じような作品集に見えてきます。もちろん『なんとかなるでショ!』の実験性独創性の高さは、『小人たちが騒ぐまで』の比ではありませんが、それにしても「ビッグE」と同じような道を「カーラ教授」が歩んでしまうのではないかという心配がどうしても押さえ切れません。天才だからこその挫折というものもあるのかも知れませんが、やはり彼女には少しずつでもいいですから、新しい作品を発表していってもらいたいものです。もっとも彼女には江口のようなイラストレーターとしても食べていけるような絵の魅力がないので、それが逆に安心材料ではありますけどね。ちょっと皮肉な話ですが。