マンガ時評vol.43 98/9/7号

井上雄彦はモーニングの顔になるか。

 最近のモーニングは大幅リストラ中です。それなりに人気があったと思われる連載陣が続々と最終回を迎え、新しい作品の連載が始まっています。最新号で終わった『オフィス北極星』は、日本のビジネスを客観視できる新しいスタイルのビジネスマンガとして僕は面白いと思っていました。また『ブル田さん』はいかにも高橋三千綱らしい人情味溢れる野球マンガでしたし、『内線893』の無茶苦茶なまでの仕事に対する忠誠心は、最近少なくなったジャパニーズ・ビジネスマンの「モーレツ」さをカリカチュアしていました。『古稀堂物語』はマンガとしてはそれほど面白いと思いませんでしたが、最近流行の骨董ブームに乗ってそれなりに専門的知識を得られ楽しませてくれました。そして僕が結構個人的には気に入っていた村上もとかの『メロドラマ』。この作家らしい大河ロマンになるかと思いきや、意外とあっさりとした展開になってしまったのは早く終わらせようとした編集部の意向でしょうか。もう少し『龍-RON-』のようにじっくり描いて欲しかったと思います。

 で、どちらかと言うと知的・静的・専門的なイメージのするこれらの連載を終わらせて始まった新連載は、もう少し一般的でより青年誌っぽい作品が多いように思います。前回取り上げたテニス(?)マンガ『一生』、超ハードボイルドなバイオレンス作品『キリコ』、復活した『新鉄人ガンマ』、そして話題性抜群の井上雄彦『バガボンド』。恐らくはまだこれからも登場することでしょう。この中では連載を開始してから少し話が動いた『キリコ』が面白いですね。これほどハードバイオレンスな作品は最近ちょっと見かけませんでしたし、それと絵の魅力。松本大洋ほどではありませんが、この木葉功一という作家もかなり独特なタッチの絵で、強く印象に残ります。つくづくマンガは絵の魅力が大切だと思います。

 ではなぜこれほど大がかりなリストラをモーニングは断行していくのか?それはもちろん現在モーニングに看板になるような大ヒット作がないからです。かつての『沈黙の艦隊』『ナニワ金融道』『課長島耕作』のような社会的に話題になるようなヒット作が見当たりません。確かに『蒼天航路』は面白いし、『天才柳沢教授の生活』も名作です。『クッキングパパ』も『OL進化論』も『ギャンブルレーサー』も『デビルマンレディー』も、みな安定した人気を誇ってはいますが、どの作品もこれ以上の爆発力はありません。正直言って「部数拡大」にはつながらないのです。かわぐちかいじや弘兼憲史にもう一度夢を託すには無理があるし、青木雄二はもう筆をとって描いてはくれません。そこで引っぱり出してきたのが井上雄彦だったというわけです。

 日本のスポーツマンガ史上最高傑作とも思われる彼の『SLAM DUNK』は、まさにマンガのお手本のような作品でした。設定の見事さ、個性的で魅力的なキャラクター群、ツボを押さえた笑いと涙、コマ運びと構図の巧みさ、抜群のストーリー展開と構成力、そして圧倒的な画力。全てにおいてここまで完璧な作品は、まさに奇跡と言ってもいいでしょう。特に主人公たちが全国大会に駒を進める作品後期は、凡百の小説や映画ではとても太刀打ちできないような出来で、フィクションとしての頂点にまで登り詰めたと思います。

 あれから2年。井上雄彦がいつ少年ジャンプに戻ってくるのか、と僕はずっと期待していました。この「マンガ時評」でも富樫義博と並ぶジャンプ復活の切り札として何度も触れてきました。それがいきなりモーニングで登場です。専属制を敷くジャンプ編集部と井上の間に何があったのか、それは単なる一読者である僕には窺い知れません。ただこれはジャンプにとっては大きな痛手でしょうし、モーニングにとっては「かいしんのいちげき」であることは間違いありません。任天堂からファイナルファンタジー、ドラゴンクエストを奪ったプレステのようなものです。それだけにこの新連載『バガボンド』はマンガファンだけではなく業界内でも相当注目されていることと思われます。

 さて注目の第1回。ベースになっているのはなんと吉川英治の『宮本武蔵』。「バガボンド」とは英語で「放浪者」という意味だそうです。目のつけどころは面白いです。とりあえず意表を突かれました。後年の聖人のように言われる武蔵ではなく、ならず者としての若き武蔵を描くというのも良いと思います。『蒼天航路』における曹操の新しい解釈を想起させます。そして第1回を読む限りでは、確かにこれはジャンプでは描けない世界だろうなと思いました。小学生が主役になるようなジャンプでこれを描いたら間違いなく浮いてしまいます。もしくは武蔵の10才の頃からでも描き始めなくてはならないことでしょう。そういう意味では井上雄彦が青年誌を舞台に選んだのは間違いではありません。でも実は。『バガボンド』はモーニングでもちょっと浮いている感じがするのです。

 モーニングの作品の主役はやはり30代でしょう。せいぜい20代半ば。ぎらぎらとした真っ盛りの青春ではなく、青春を未だにひきずっているようなオヤジが主役になる雑誌です(女性が主人公の作品は別ですが)。もちろん、それが直接的に作品の善し悪しに関係するわけではありませんが、読者層に引っ張られて本来作家が思っていたところとは違う方向に引きずられていったり、そこで無理な帳尻合わせのようなことをすると、作品自体もつまらなくなってしまいます。それこそ幼い方に引きずられる逆パターンですが、少年ジャンプではよくあることだと思います。この『バガボンド』も本当ならヤングジャンプやビッグコミックスピリッツあたりが年齢層的には適当な気がします。もちろん、これは第1回を読んだ限りの話であって、これから吉川英治の『宮本武蔵』に沿って展開していくのなら、もっと年齢層が高い『ビッグコミック・オリジナル』でもいいのかも知れませんが。

 作品の評価は1回だけではまだ何とも言えません。特に大きな物語ならなおさらです。あの浦沢直樹の『MONSTER』だって、最初のうちはもたついた感じがしていました。この『バガボンド』も、かなり長期にわたる連載になると予想されます。とりあえず滑り出しただけですから、もう少し様子を見ながらまたここで取り上げていきたいと思います。もちろん期待度は特大です。