マンガ時評vol.41 98/7/31号

マガジンのスポーツマンガは、サンデーテイスト。

 いよいよ独走する少年マガジン。その原動力のひとつに、僕はマガジンのサンデー化、ということがあると思っています。以前にも考察したように、マガジンという雑誌は伝統的に「戦い、汗、熱血、根性、田舎、不良」というキーワードで語ることができ、対してサンデーは、「恋愛、さわやか、スマート、都会、ひ弱」というキーワードがぴったりきます。マガジンを代表する作品が古くは『あしたのジョー』であり、今なら『GTO』なのに対し、サンデーが『うる星やつら』であり『H2』であることからも、その特徴は明らかです。

 しかし、かつてのジャンプ独走時代、マガジンは考えました。もっと部数を伸ばすためには幅広い読者を獲得するために、幅広いタイプの作品を揃えるべきだ、と。その成果のひとつがジャンプ的な戦いのインフレ方式、すなわち主人公にとって最強と思われた敵を超える新たな敵が次々と現れ、それまで敵だったキャラクターも味方になって、主人公と一緒にその敵にぶつかっていく、というドラゴンボール的(遡れば男一匹ガキ大将の時代からジャンプの十八番でした)な展開を全面的に取り入れたことです。『将太の寿司』も『カメレオン』も基本的にはこのスタンスです。この方式はマガジンの従来作品との相性も良く、ジャンプの「手法」を採用したマガジンは読者をうまくひっぱり続けることに成功しました。

 そしてもうひとつマガジンが取り入れたのがサンデーの「テイスト」でした。中でもサンデーを代表する作家あだち充。思春期の微妙な年齢の少年を主人公に、スポーツだけではなく、家庭や恋愛も細かに描きこまれ、少年が成長していく過程を示していくあだちワールドの魅力は、いかにも繊細で都会受けするサンデー的作品。これまではどうしても田舎のヤンキーには受けても都会のスノッブな若者にはバカにされがちだったマガジンは、こうしたあだち充に代表されるサンデーテイストを導入した新たなスポーツマンガを続々とスタートさせました。『シュート!』や『Jドリーム』、『Harlem Beat』あたりがその代表です。

 『Jドリーム』の魅力は、まずその細やかな心理描写と爽やかな作画にあります。Jリーグ発足以降、マイナースポーツだったサッカーは、すっかりファッショナブルなスポーツに変わりました。それ以前から高校サッカーを爽やかに描いていた塀内夏子は、すぐにJリーグマンガに対応できました。彼女の成功は、いかにも女性らしい繊細な絵と、微妙な心理を細やかに描いたことにあります。ただし彼女は登場する少年たちの家庭は描けても恋愛を描くことが苦手なようで、魅力的な女の子と主人公の恋愛模様はほとんど登場しません。これがまだサンデーテイストとは違うところです。しかし、『シュート!』になると同じサッカーが主役なのは変わらないものの、家庭も恋愛も結構重要なファクターになってきています。マドンナ役の少女を巡って、主要人物たちが三角関係になるあたりは、もろにあだち充的です。そしてもちろん大島司の絵もセンスが良く汗くささは感じさせません。『Harlem Beat』はさらに都会的です。主人公達は都立高校の中流家庭の生徒で、男の子と女の子が一緒になって楽しくバスケットをやっています。恋愛模様や家庭生活もさらに色濃く描かれ、思春期の少年の成長が読者にも等身大に感じられます。

 この3作品に共通しているのは、登場する男の子たちが女性に対して羞恥心を持った思春期の少年たちだ、ということです。これまでのマガジン作品の場合、少年と言えども異性に対する態度は実はオヤジと一緒でした。セクシーでナイスバディのお姉ちゃんを見れば、「びーん」とか「ずーん」とかなって、「がるるる」で「ひょーい」で「ばちーん」ってな落ちでした。でも実際の男の子はそんなことありません。少年は羞恥心とプライドの固まりです。女の子のことが気になっても、もじもじしたり、妙に突っ張ったりして悩んだりするものでした。そのあたりのリアルな心理描写をきちんとしていくことが、少年の成長を描く鍵でもあったわけです。

 もちろん、上記3作品はうじうじと恋愛や家庭の悩みを描いているだけではありません。あくまでも主筋はマガジン伝統の勝負の面白さをきちんと追求しています。ただそのベースの上に、さらに少年のリアルな生活が取り込まれて、より深みが増して面白くなったということです。ライバル誌の強みをうまく消化して表現しているマガジン。しばらくはトップの座は揺るがないのではないかと思います。