マンガ時評vol.37 98/5/9号

現代洋子に見る雑文マンガの面白さ。

 活字の世界に「雑文」というジャンルがあります。昔は専門家の文章や純文学に対する言葉として軽いエッセイやコラム的文章をちょっと侮蔑的にそう称してきました。もっとも最近は読者に受ける(=売れる)のは「雑文」ばかりになってしまったので、あまり言われなくなりましたが。

 この雑文的なマンガが最近目立っています。マンガ誌ではない一般紙に掲載されているマンガには昔からこの手のコラム風、エッセイ風、レポート風、紀行文風マンガが多く連載されていましたが、最近ではマンガ専門誌にも少しずつ増えてきました。例えば今ビッグコミックスピリッツで一番面白いかも、と言われている現代洋子『おごってジャンケン隊』などがそれです。このマンガは、現代洋子とスピリッツ編集者八巻和広が毎回有名人をゲストに、そのゲストの行きつけの店に食事に行き、そこの支払いをジャンケンで負けたものが一人で“自腹”で払う、という顛末をレポートするマンガです。

 もちろん本来のマンガの目的は雑誌のゲスト対談のように、ゲストの人となりをマンガで紹介することなんですが、それよりも人気を呼んだと思われるのは、マンガ家現代洋子があまりにジャンケンに弱いこと。2回に1回は負けて自腹を切っているために、貰っている原稿料では全然割が合っていないじゃないか、と思わせるあたりが面白いのです。しかもジャンケンに強い編集者八巻との対比が良くできていて、このあたりのキャラクターの描き方のうまさが抜群なのです。自分を戯画化し、挙げ句に周りの人間までも巻き込んでどんどん現代ワールドにひきずりこんでいくその力技が、このマンガの人気のもとでしょう。

 そう、この手の雑文マンガは、あったこと、起きたこと、思ったことをそのまま描けば面白いわけではもちろんなく、やはりそれを脚色・演出するマンガ家の実力に大きく左右されるのです。これは文学の世界で小説が上手な作家が必ずしもエッセイが面白いわけではないのと同様です。原田宗典のエッセイは無類に面白いと思いますが、彼の小説はそこまでとは残念ながら思えません。逆に清水義範の小説はむやみと面白いですが、エッセイはそこそこのレベルです。現代洋子の「純文学系」マンガは実は読んだことがないので何とも言えませんが、彼女が少女マンガ家として特にヒット作を持っていないことからしても、それほどではないのでしょう。でも『おごってジャンケン隊』に限らず彼女の「お見合い」をテーマにしたエッセイマンガも本当に面白いのです。

 こういうマンガ家は特に女性に目立ちます。「純文学」も「雑文」もどちらも高レベルでこなしている双璧は西原理恵子とさくらももこです。2人ともマンガ自体がそもそも「雑文的」感覚に満ちています。物語の構成力よりも微妙な感情の揺れや言語感覚に鋭敏な作家だからです。当然彼女たちが描くレポート的マンガ、エッセイ感覚のマンガには、その特性が十分に生かされています。さくらももこは実はマンガよりも文章の方が面白いくらいだし、西原理恵子の『恨ミシュラン』『まあじゃんほうろうき』などの爆笑王ぶりは、それぞれの本の売れっぷりからも証明されています。他にもけらえいこ、二ノ宮知子、寺島令子、水玉螢之丞など、何人も「雑文マンガ」上手の女性マンガ家を挙げることができます。

 これからも特にあまり「純マンガ」で芽がでない女性マンガ家から、こうした雑文マンガでのヒット作がでてきそうな気がします。男?男でエッセイ感覚が優れている人は、とっくにエッセイストになっていますからねぇ。東海林さだおとか。あれ、あの人はマンガ家か。でもエッセイの方が100倍面白いもんなぁ。