マンガ時評vol.33 98/2/28号

柳の下のドジョウの謎は、全て解けた?

 かつても推理・ミステリーマンガというジャンルはなかったわけではありませんが、現在の少年マガジン『金田一少年の事件簿』と、少年サンデー『名探偵コナン』の2大ヒットは、まさに今、少年誌における本格推理マンガの最盛期であると断言していいと思います。両者ともにその雑誌を牽引する代表作となっていて、金田一はドラマ・アニメ・映画化され、コナンもアニメ化されてヒットしています。両作品とも今や完全に安定期に入り、それぞれマンネリからどう脱却していくかを探らなければならない時期にきている(そういう意味では設定上より大きな謎を持つコナンの方が有利か?)ところまで同じ。まあいずれにせよ、今しばらくはその人気を維持し続けることでしょう。それよりも問題は、マガジン・サンデーにあってジャンプに同ジャンルのマンガがない、もしくはあってもヒットしない、ということです。ジャンプは果たして柳の下の3匹目のドジョウを見つけられるのでしょうか?

 もちろん、ジャンプもここまで決して手をこまぬいていたわけではありません。例えば96年まで連載していた、あやつり人形右近と人形使いの少年左近が二人三脚で謎を解く『人形草紙あやつり左近』は、決して内容的に金田一やコナンに劣る作品ではなかったと思います。謎解きにしても金田一やコナンが物的証拠に拘る古いタイプの謎解きなのに対し、左近はプロファイリングを重視している最新流行型。絵も画力があり独特の雰囲気が漂っていて実に良かったと思います。ただ問題はその絵やストーリーが少年ジャンプという媒体に相応しかったかどうかということ。僕が見るに、多分『あやつり左近』は少し大人向け過ぎたのではないかと思います。例えばビッグコミックオリジナルに連載している『焼け跡探偵帳ポワ朗』と比べても、左近は大人の鑑賞に耐えるという意味では決して見劣りしません。これはかえって少年誌ではいけないのではないか、と思うのです。

 ジャンプのヒット作『るろうに剣心』は、登場人物こそ大人であっても、内容的には実はかなり子どもっぽい作りです。歴史モノの衣こそ着ていますが、中身はほとんど子どもの妄想のような物語。もちろんそれが悪いわけではありません。いかにもマンガらしい伸び伸びした作品だからこその「子どもっぽさ」でもあるわけだし、それが『アストロ球団』以来のジャンプワールドの特徴なのです。比べて『あやつり左近』は、確かにあやつり人形右近があたかも人格を持つ一見荒唐無稽な状況を描きながら、実はそこに人形師左近の二重人格としてのリアリティを感じさせる設定です。この手のリアリティ志向は、青年向けマンガなら多分プラス評価されるのでしょうが、少年誌ではかえって足をひっぱりかねない恐れがあります。とりわけ本格推理マンガなんていう、ある意味リアリティなくしては成り立たないジャンルのマンガでは、コナンのようなどこか底が抜けたマンガらしい伸びやかさがないと、少年誌の読者は息が抜けずに困るのです。大人向けなら、細部まできちんとリアリティがあった方が納得できます。しかし、それはマニアのための作品にもなりかねません。広範な読者をターゲットとする少年マンガ誌だからこそ、息抜きできるバカバカしさが必要なのではないかと思います。すなわち左近の失敗は皮肉なことに、その完成度の高さにあったということです。

 そしてジャンプは懲りずにまた新しい本格推理マンガ『少年探偵Q』の新連載を始めました。『少年探偵Q』はまだ連載が始まったばかりですが、『あやつり左近』の二の舞を避けるため先行する2作品をよく研究して作っています。いかにも子どもっぽい主人公、普段はボーっとしていて頼りないけれど、いざ事件が起きるとその人並みはずれた大人顔負けの推理能力を発揮するところ、そして彼には必ずワトソン役のGFがいるところも同じ。見事に先行2作品のフォロワーです。でも、じゃあ『少年探偵Q』が面白いかというと、実はあまり面白くないんだな、これが。だってまず絵が下手だし、本当に単なる真似なんだもの。『あやつり左近』には少なくともオリジナリティが感じられました。作品としての力がありました。しかし『少年探偵Q』は現在のところ単なる「にせもの」でしかありません。

 考えてみれば編集者やマンガ家も泣いているのかも知れません。多分彼らだって、僕がここに書いているくらいのことはわかっていると思います。しかしジャンプの人気投票システムではアンケートハガキで評価の低い作品はばっさりと切られてしまうと言います。これは長い目でじっくり作品と作家を育てていくことができないシステムということです。かつてはジャンプ王国を築いたシステムなのですが、結局それが今はジャンプの足を引っ張っていることに、そろそろ気づいてもいいんじゃないんでしょうか。本当に新しい作品はスタイルを見つけるのにも時間がかかるし、評価されるまでには受け手と送り手双方の我慢も必要です。確かに月刊ジャンプの方で少しはそういう開拓・教育をしているのかも知れませんが、やはり本誌で育てないとダメでしょう。目先の人気を追って、結局今世の中で受けているものの真似に陥る。柳の下の何匹目かのドジョウをいつまでも追いかけているだけでは、ジャンプの復活にはまだまだ時間がかかりそうです。