マンガ時評vol.32 98/2/11号

どこにあっても石ノ森章太郎。

 また一人、日本のマンガ界を代表する巨匠が亡くなりました。手塚治虫の最も正統的な継承者、石ノ森章太郎。早熟な天才として若い頃から日本のマンガ界をリードしてきた彼は、60才というある意味すがすがしい年齢でこの世を去りました。功なり名を遂げ後進への道を広げ、そして老醜をさらさず潔くこの世を去っていった石ノ森章太郎、その散り際もまた彼のマンガ同様見事なものでした。

 石ノ森のマンガは変幻自在、そのジャンルと題材の幅広さは師・手塚治虫にもひけを取りません。初期のリリカルな少女マンガ群、ライフワークとなったSFの傑作『サイボーグ009』、テレビ化されて爆発的な人気を呼んだ『仮面ライダー』、時代劇マンガの最高峰『佐武と市捕物控』、青年誌に描いたセクシーマンガ『009ノ1』、ビジネスマンのバイブル『マンガ日本経済入門』、娯楽と教育の最上の結婚『マンガ日本の歴史』、そして円熟期の代表作・ヒューマンドラマ『ホテル』。どれをとってもそのジャンルの最高の一品であるだけではなく、新たなマンガの地平を切り開いてきたエポックメイキングな作品群です。石ノ森はまさに日本のマンガを現在の高みまで引っ張り上げた原動力でした。

 石ノ森マンガの魅力は、映画を見るような作品の分厚さにあります。キャラクターは端役に至るまで徹底的に描き込まれ生き生きと息づいています。ストーリーは計算されダイナミックでスリリング。迫力のある展開でぐいぐいと読者を引っ張ります。台詞の巧みさも石ノ森マンガの特徴。脚本家としても一流だったことでしょう。そして絵の魅力。流れるようなアクションを、叙情的なドラマを、ドキドキするお色気を、石ノ森の筆は巧みに描き分けます。映画が演出・脚本・撮影・キャスティングを多くの人間で分担して作り上げているのに、石ノ森はこの全てを一人で完璧にこなしているのですから、まさに天才の名に相応しいアーチストだったと言えます。

 そして石ノ森はこれだけの多くの技を駆使して、徹底的にエンターテイメントを追求し続けました。それも単なるスピルバーグ的娯楽作ではありません。常に冷徹な人間観察者としての視点を失わず、人の持つ善と悪を見つめながら時には厳しく、時には温かく、石ノ森は人類そのものを描き続けてきたのです。あくまでもエンターテイナーとしての自分の位置を守りつつ。これはまさに手塚と同じ手法・同じ視線です。ただの面白おかしいだけの作品ではマンガの地位向上にはつながらない、しかし大衆を忘れ独りよがりな芸術になってしまってはマンガの未来はない。そう石ノ森は思って、どんなジャンル、どんな媒体に向かって描いても、同じスタンスをとり続けてきたのでしょう。どこにあっても石ノ森章太郎。例え天国にあっても、彼はわくわくするマンガを描き続けているのでしょう。合掌。