マンガ時評vol.19 97/7/28号

秋月りすの職人芸。

 4コママンガは全てのマンガの基本だと僕は思います。いや、1コマだ、と言う人もいるでしょうが、やはり“起承転結”がある4コマこそ基本だと思います。原点、と言い換えてもいいでしょう。

 その4コママンガ、描くのはとても簡単です。とりあえず長方形を4つに均等に分けて、その中でちょっと落ちを入れたマンガを作ればいいのだから、描こうと思えば誰でも描けてしまいます。でも本当に面白い4コママンガが極めて少ないことを見ればわかるように、入口が広いだけに奥が深く、実に難しいものなのです。そして、簡単に描けるだけに、自分でレベルを低いところに設定してしまうと、大量につまらないマンガを垂れ流すことになってしまいます。多くの新聞の4コママンガがそうです。また一般週刊誌に載っているほとんどの4コママンガも同様。いつも楽しみにして読んでいる4コママンガなんて、どれほどありますか?

 そんな状況の中、僕が凄いと思っている4コママンガ作家が2人います。1人は“4コママンガ界の石の森章太郎”いしいひさいち。そしてもう1人が、“4コママンガ界の木原敏江”秋月りすです。いしいは天才です。天才は「質と量」を兼ね備えてこそ真の天才です。一瞬のきらめきだけでは天才と呼ぶには物足りません。しかし、いしいはその作品数の多さと、質の高さからして、十分に天才足り得ると思います。

 天才いしいに対し、秋月りすは職人だと思います。秋月もいしいに負けずに活躍の場は広いです。女性誌にも青年誌にも朝日新聞にも描いています。しかし、現在の本領はやはりモーニング誌上に連載している『OL進化論』でしょう。この作品は長い連載にも関わらず全然パワーが落ちていません。同じモーニングに連載されている『気分は形而上』も面白い4コママンガですが、『OL進化論』とはパワーの出方が違います。『気分は形而上』はキャラクター依存度の高い4コマですから、瞬発力はありますが持久力がありません。次々とユニークなキャラクターを作って、それが当たればしばらくは持つというマンガです。対して『OL進化論』のキャラクターはずっと同じです。みんな普通のOLであり、課長であり、サラリーマンです。変わり映えのしないメンバーで毎度お馴染みのお笑いをやっているわけですから持久力はありますが、そのかわり爆発力はないし、マンネリにもなるはずです。ところが、ここが秋月マジック。マンネリになりそうなのに、なぜかいつも新しい感じがするのです。手を変え品を変え、と言いますが、秋月りすのマンガは手も品も変わっていないのに飽きないから不思議です。僕が職人だと思うのは、この秋月のマジックと呼びたい芸ゆえです。

 秋月の職人芸は何が凄いのでしょう?それは恐らくネタの選び方よりも、その切り口の提示の仕方だと思います。彼女の場合、ネタはいつも新しいものというわけではありません。もちろんOLのマンガですから、流行りものもおさえてはいますが、どちらかというと、日本古来の四季折々の変化や生活の断片に対して敏感です。毎日の生活の中の本来変わらないものをネタにして、それがちょっとした「揺らぎ」を見せるとき。そこをサッとすくい取って見せるのが実に上手いのです。

 どうも抽象的過ぎてわかりにくいので、一つだけ例を挙げます。最新作に「母は心配」という作品があります。18才の夏、今年は家族旅行にはいかない、友達と海に行く、と言って「まさか男の子とじゃ・・・」と母を心配させた娘。その娘が30才の夏、久しぶりに家族で旅行しない?と言って、母に「独身の女友達もいなくなったの?」と言われる、という落ちです。上手いですね。昔からあるテーマをネタにしながら、しっかり現代の結婚風俗を描いています。このあたり、まさに秋月の職人芸の本領発揮です。バランス感覚、時代感覚が優れているからこそできる業です。

 秋月りすのマンガはだから当分衰えることはないでしょう。常に先端を走っているわけでもなく、だからと言って遅れているわけでもない、まさに卓越した技術で王道を堂々と走っているわけですから。天才いしいが朝日新聞の連載という苦難の道を敢えて選んでいるのとは対照的に、職人が自分の領分の中で確かな作品を作り続けている、そんな風に秋月の作品は見えてきます。