マンガ時評vol.18 97/7/12号

『BUZZER BEATER』の実験。

 新しいメディアとして様々な可能性が探られているインターネットですが、当然コミックのジャンルでもその可能性の模索がいろいろと試みられています。サーチエンジンやリンク集で探せばコミック関連の様々なホームページが見られますが、その中でもやはり一番の注目は『SLAM DUNK』を描いた井上雄彦の『BUZZER BEATER』 でしょう。

 『SLAM DUNK』以降沈黙していた彼が、いきなりインターネット上でコミックの連載を始めた時には驚きました。なにせインターネットでしか読めないんですから、600万部雑誌ジャンプとは読者のボリュームが全然違います。それで商売になるのかと、別に心配する義理はありませんが、あの大ヒットの後ですから集英社も思い切ったことをやるもんだ、と思いました。それでも井上雄彦お得意のバスケを題材にした『BUZZER BEATER』は、毎週着々と掲載を続け、すでに現在55回を数えています。オールカラーのせいか、それともWEBにする作業に手間取るのか、毎回わずか6ページという量ですが、内容はさすがに面白く読ませるものがあります。毎週これを読めるなんて、インターネットやっていて良かった、と素直に思いました(笑)。そして、このレベルならインターネットの普及に大いに役立つな、さすが集英社は先を読んでいるぜ、と感心したものです。

 ところが、この『BUZZER BEATER』がいきなり月刊ジャンプで連載をはじめてしまったのです。すでに単行本まで発売されてしまいました。どういうことでしょう?集英社はインターネットを新たなメディアとして開拓するために、わざわざドル箱マンガ家に描かせたのではないのでしょうか?今さら従来の紙メディアで掲載してしまったら、なんにもならないのでは?いや、インターネットで話題を作って雑誌や単行本を売るというあざとい商売か?そう思いながらも月刊ジャンプを読んでみました。うーん、思わず唸ってしまいます。これはどうなんだろう?正直言って、インターネットで読む『BUZZER BEATER』の面白さの半分も伝わってきません。

 まず問題は絵です。井上雄彦のマンガを支える大きな要素が絵です。ただうまいというだけではなく、独特の躍動感と充実感がある彼の絵の魅力が、かなり紙では欠落しています。インターネットでは感じなかったことですが、WEBの絵をそのまま紙に移してしまうと、荒れてしまってスカスカした感じがして全然ダメですね。また1回6ページという構成も、従来の紙メディアでは明らかに物足りません。まとめて掲載してあっても、もともと6ページで1回というカタチで描いてあるだけに、やはりそこで流れは切れてしまいますから同じことです。恐らく読み慣れている雑誌と、まだまだマンガを読むことに慣れていないインターネットの差が、同じ6ページでも全く違うボリュームとして感じるのでしょう。

 この紙メディア版『BUZZER BEATER』のつまらなさは、ちょうど劇場用映画をビデオで見るのに似ています。迫力の大画面とサウンド、暗い劇場で見る映画と、明るく小さなリビングで見るビデオとでは、やはり印象にかなりの差が出ます。さらに言えば、劇場はスクリーンですから反射光で見ているわけですが、ビデオはモニタ自体が直接に光を発しているわけで、見ている画像も厳密に言うと同じではありません。この光の違いはインターネットと紙でも同じことです。モニタ上ではあれほど輝いていた『BUZZER BEATER』が、ただのカラー印刷になると、色褪せて感じてしまうのは、この原理的な違いもあるのかも知れません。ただ、本当に絵として魅力的なのは、もちろん未だに紙メディアのために描かれた絵であることは言うまでもありません。あくまでもインターネット・コミックをそのまま紙に移すだけではダメだ、というだけです。

 こうやって考えてくると、インターネットでコミックを掲載する難しさと面白さがいろいろと見えてきます。そしてそれがわかっただけでも、『BUZZER BEATER』による集英社と井上雄彦の実験は大いに意義があったと言うべきでしょう。少々集英社が「メディアミックスマンガ」とか言ってあざとい商売しても目をつぶります(←偉そう)。この上は、この実験による発見をもとに、さらに面白いインターネット・コミックのあり方を提案してくれたらいいですね。もっとも、今はインターネットで無料で読める『BUZZER BEATER』ですが、実験段階ではなくなったら、何らかのカタチで有料になるのでしょう(直接的にではなくてもコンテンツ不足のインターネット業界には実に魅力的なソフトですから)。その時に初めて本当の紙メディアとの競合が起きます。出版社にとっては生き残りをかけた難しい時代ですが、ファンとしては面白い時代になりました。