マンガ時評vol.14 97/5/11号

坂田信弘は平成の梶原一騎か?

 京大出身の異色プロゴルファー坂田信弘。ゴルファーとしては海外で1勝しただけの2流プレーヤーですが、文筆業では今や超売れっ子です。活躍の舞台も、最初のうちこそオヤジ雑誌のゴルフ欄(初めて週刊朝日に連載を持った頃からずっと僕は読んでいました。ゴルフ全然やらないのに)でしたが、次第にそのフィールドを広げ、今やマンガの原作までもこなすようになっています。

 現在僕が読んでいるだけでもビッグコミックオリジナルの『風の大地』、週刊少年サンデーの『DANDOH!!』、そしてビッグコミックスピリッツの『奈緒子』と3本あります。その他に連載を持っているのかどうかは知りませんが、これだけでも大変なことでしょう。このうち前者2本はゴルフマンガですが、『奈緒子』はなんと陸上マンガです。ゴルフマンガはさすがに定評のある理論派だけに、独自のゴルフ哲学が感じられて、それなりに面白いのですが、ちょっと臭みがあり過ぎて僕はそれほど買っていません。一番注目しているのは何と言っても畑違いの『奈緒子』です。

 連載当初『奈緒子』はどういうマンガになるのか、よくわかりませんでした。タイトルになっているヒロイン篠宮奈緒子と主人公の雄介、その兄・大介との三角関係を描くのかと思いきや、雄介の陸上スーパーヒーロー物語に変わり、現在は地味な高校駅伝マンガに変わってきています。全体の骨組みが変わっているわけではありませんが、とは言え長期的な展望を持ってストーリーを作っていると言う感じでもありません。読者の反応を見ながら描く部分を変えているという印象です。

 『奈緒子』の面白さは、ある意味ではこの変幻自在さにあります。とにかく受けていると思われる部分をどんどん掘り下げていく融通無碍な展開。主要なキャラクターもいつの間にか変わってしまい、主人公雄介さえ最近は影が薄い存在になっています。そして、こだわるところは徹底的に細部までこだわり、ストーリーが全然進まなくても気にしないところも凄いです。もう全体の構成やバランスなどお構いなしです。こういう柔らかさは、坂田のマンガ原作者として大切な資質ではないかと僕は思っています。つまらないこだわりは、作品を殺すだけだと思うからです。残念ながらゴルフマンガの方ではここまで柔軟になっていません。やはり本業だと思っているからでしょうか。

 さて、坂田の執拗なまでにディテールにこだわりストーリー展開が遅い、師弟関係を描きたがる、家族にこだわる、常に見守る女と挑む男の物語になってしまう、などの特徴がある作風は、まさにあの梶原一騎を彷彿とさせます。しかしまた、比較すればするほど梶原の偉大さを知る結果にもなります。ストーリーテラーとしての大きさが段違いだからです。まだまだ坂田にそこまで望むのは難しいのかも知れませんが、ディテールは面白いのだから、もっと大きなストーリーの流れを作れるようになって欲しいですね。そのための実験的作品として『奈緒子』が今後どう変わっていくか、期待して見守りたいと思います。