マンガ時評vol.3 96/11/17号

アンハッピーな「Happy!」。

 浦沢直樹が「ビッグコミック・スピリッツ」に連載している「Happy!」というマンガがあります。天才的なテニス少女が、不幸な境遇にも負けずにライバルを打ち負かしながら頂点を目指すというストーリー(だと思うんだけどなにせ展開が遅いのでよくわからない)です。まあちょっと聞いただけでかのヒット作「YAWARA!」と同種の話だな、ということはわかります。実際に良く似ているのですが、どうも「YAWARA!」ほどヒットしていないようです。

 その原因はいろいろ推測できます。例えば女子柔道のブームに乗った「YAWARA!」に比べテニスはブームを過ぎた、とかね。でもテニスブームは去ったかも知れませんが、日本の女子テニスは伊達公子(引退宣言してしまいましたが)を筆頭に、今や世界でも有数の強豪国となっていて、ノリに乗っているところですから、環境的には決して題材がテニスだから悪いとは思えません。

 それよりも 僕が思う「Happy!」の問題点は、キャラクター造形に魅力がないことと、ストーリー展開が地味で遅くてかつ暗いことでしょうね。キャラクターは、「YAWARA!」が個性的だけど愛嬌があって前向きな愛すべきキャラクターばかりだったのに比べ、「Happy!」の方は、みんな何を考えているのかわかりにくくて、しかも愛嬌も明るさもない、共感できない奴らばかりなんです。その上にストーリーの展開も、昔の少女マンガのごとくこれでもか、の不幸の山積み。どうにもビンボーで暗い話なので、せっかく明るい日本女子テニス界が妙にイヤな世界に思えてしまいそうです。

 どうしてこんな話にするのでしょうか?単純に明るくて楽しくて善人ばかりの話は底が浅くてつまらないとでも思っているでしょうか?そう思っているとしたらとんだ勘違いですね。浦沢直樹という作家は、本来明るくて前向きで建設的な世界を描くのを得意としているはずです。そして、そういう作風というのはポストバブル崩壊の時代、すなわち新しい価値観を作っていくべき建設の時代にはマッチしている作風だと思います。しかし、現実に描いているのは、未だにバブル崩壊直後の「反省の時代」の作品です。この時代の変化を把握できていないから、こうしたミスマッチなマンガを描いてしまうのです。

 そしてこの勘違いこそ、実は今の「ビッグコミック・スピリッツ」の低迷の原因だと思います。かつてハチャメチャながらパワフルでエナジーにあふれた作品が多くラインアップされていたスピリッツは、今本当に元気がありません。ヒットらしいヒット作がないのは、時代のニーズを読み切れない編集部の責任だと言うしかないでしょう。妙に社会派ぶったり真面目な顔したって、読者はそんなポーズにはもう騙されません。今求められているのはしたり顔の解説ではなく、とにかく動き出すエネルギーです。じっと立っている清原ではなく、イチローの躍動感と明るさです。だから、早く「Happy!」が本当の意味でハッピーな話になってくれることを期待しています。このままではスピリッツもろとも「UNHAPPY!」間違いなしですからね。