マンガ時評vol.69 07/3/14号

『気まぐれコンセプト』は安上がりタイムマシン。

 『気まぐれコンセプト クロニクル』という本が出ています。スピリッツ誌上で1981年から四半世紀以上にわたって連載を続けているホイチョイプロダクションの4コママンガの傑作選で、実に1000ページ近い分厚さ、そして価格も2200円(税別)と、コミック本としては桁外れですが、その割にはよく売れてるようです。もちろん、ホイチョイプロダクションの映画『バブルへGO!!』との相乗効果ですが、長年「きまコン」を愛読し続けてきた僕としては、すぐに購入してしまいました。

 『気まぐれコンセプト』の単行本は実はこれが最初ではありません。1984年に一度単行本化されていて、もちろんそれも僕は持っています。しかし、それ以降は全くまとまる気配がなく残念に思っていたのですが、今回映画製作に合わせて、1984年以降の23年分を一気にまとめて出すことにしたようです。

 僕が広告業界に入ったのが1983年ですから、この本にまとめられている23年間は、ほとんど僕の社会人生活とかぶっていて、読んでいてもまるで自分の歴史をまとめられたかのような錯覚に陥るほどです。ネタになっているひとつひとつのエピソードのかなりの部分が、実際に合った話をベースにしているために、当時の自分たちの会社と仕事周りの出来事がリアルに思い出されてきます。

 携帯電話もPCもなかった頃なんて、今の若い「ギョーカイ人」(最近はすっかり言わなくなりました)は、「どうやって仕事していたんですか?」と思うことでしょうが、このマンガに描かれていたような感じで仕事をしていたんです。今思えば本当にのんびりとした時代でした。

 このクロニクルにも収録されている新幹線に乗ってランチを京都まで食べに行った話も、実際に会社の先輩はしていたようですし、バブル期の飲みに行った後のタクシーの争奪戦も懐かしいエピソードです。媒体局の社員は飲みに行けば確かにいつも裸になって騒いでいましたし、つくば科学博とか、Jリーグが始まる前のラグビーブームの話とかも「あったあった」とオジサンは嬉しくなってしまいます。

 四コママンガとして『気まぐれコンセプト』を考えた時、このマンガも意外や着実に進化しているのがわかります。初期の頃のただ広告業界の面白エピソードを集めただけの時期は、同じ頃に売れていて「四コマ革命」を起こしていたいしいひさいち、植田まさし、いがらしみきおらに比べると、マンガとしての出来は劣るという印象でした。しかし、その後の吉田戦車『伝染るんです』、相原コージ『かってにシロクマ』、中川いさみ『クマのプー太郎』ら不条理四コマブーム以降は、単にエピソードの面白さだけに頼らず、四コママンガとしての面白さも目指して変えていったようで、それがこれだけの長寿マンガとして続いてきた理由のひとつだと思います。

 もちろん、全てを自分たちの頭の中で作り上げるギャグマンガと違って、このマンガは常に時代の最先端の社会風俗がネタとして転がっていますから、そのアンテナが衰えない限りは、どこまでも続けることができます。そういう意味では、週刊マンガ誌に連載されているとは言え、形態としては新聞の四コママンガに近い作品です。

 世の中の一番表層部分を切り取った、どんどん流れては消えていくような流行や社会風俗を描き続けてきた『気まぐれコンセプト』は、それだけに逆に最もその時々の時代の空気を浮かび上がらせる歴史の証言者となり得ています。教科書には書かれていない、また後世の歴史書にも残らないであろう遊びやファッションの記録集。これを読んでいるだけで当時へとタイムスリップできる気分を味わえるのですから、まさに2300円余りで買えるタイムマシン。ドラム式ではなくコミック本形式だったのです。そう考えれば、この常識外れに分厚い本も安いものだと思います。