マンガ時評vol.63 02/1/24号

脱力系『魁!!クロマティ高校』の罠。

 ギャグマンガにかつての勢いがありません。ストーリーマンガに比べて作品クオリティの維持により多大な努力を要するギャグマンガですが、それにしても大ヒットが少なくなりました。一時期一世を風靡した吉田戦車や相原コージもすでにかつての勢いはなく、若手もブレイクスルーするだけのパワーを持ち合わせていません。

 そんな“ギャグマンガ冬の時代”に、ひとり気を吐いているのが野中英次です。『課長バカ一代』『ドリーム職人』と立て続けにスマッシュヒットを放った野中は、少年マガジンで連載中の『魁!!クロマティ高校』で昨年ついにブレイクしたという印象です。

 野中英次の魅力はさまざまな場所ですでに語られています。なんと言っても『魁!!クロマティ高校』で目を惹くのは池上遼一タッチの絵柄で登場する強力なインパクトあるキャラクター。特に、メカ沢、フレディ、ゴリラ、覆面という、高校生にあるまじき連中の面白さは、登場するだけで「やられたぁ」とガックリ脱力してしまうほどの強さがあります。

 いま「脱力」という言葉を使いましたが、野中のギャグは肩にチカラが入っていて、全力投球で笑わせてやろうという感じではなく、どこかスコッと外してくるフォークボール系ギャグです。このチカラの抜け具合と池上遼一タッチの絵が組み合わさることで、余計に効果的になっています。

 しかし、この池上遼一タッチばかりが目につきますが、実は彼はギャグマンガなのに、敢えて絵で落とすことを禁じ手にしているマンガ家でもあります。池上遼一タッチのまま、全てのストーリーは展開していき、たとえ落ちになっても絵によるズッコケはなし。あくまでも言葉と展開で笑わせるのが彼の手法なのです。

 これは彼のギャグの本質が実は絵にないことの証明です。確かにキャラクターは強烈なインパクトがありますが、本当に面白いのはキャラクターの絵ではなく設定です。メカ沢はまだしも、フレディやゴリラは話もしません。単に落ちとして登場するだけで、本当に笑わせているのは、普通の池上顔(というのも変ですが)をした登場人物たちの言動です。言葉のやりとりのズレの面白さこそが、野中ギャグの肝なのです。

 これは『魁!!クロマティ高校』よりも『課長バカ一代』や『ドリーム職人』を読めば、もっとはっきりします。これらの作品には反則スレスレと呼びたくなるような個性的なキャラクターは登場しませんが、それでもやっぱり脱力してしまうほど会話のズレがうまく使われて笑わせてくれます。そういう意味ではよりピュアな野中の魅力が感じられる作品だと思います。

 強烈なキャラクターのせいで見逃してしまいそうですが、実は野中英次は言葉の魔術師なのです。「クロマティ高校」「デストラーデ高校」(略称デス高)なんてネーミングは、一体どういうセンスをしているんだと思いますが、そこが大きな魅力なのです。恐らくは小説を書かせても面白い作家になるのではないかと思います。池上遼一タッチは、あくまでもそんな野中の資質から目をそむけさせるための野中の罠ではないでしょうか。

 では、どうしてそんな罠を敢えて張るのか?僕が考える答えのひとつは絵の下手さをごまかすため。言葉が立ちすぎると絵の下手さが目立つから、敢えて言葉よりも絵を立たせているのです。池上遼一タッチの絵だけ描いていれば、それ以上に絵についての深い突っ込みは免れるかも知れないからです。

 もうひとつの答えは、その罠も含めて、野中は読者にサービスしているということです。どこまで深く読者が読み込んでも、まだその奥に面白さを味わえるように罠を張り巡らせているとしたら、野中英次の作家としての資質は相当なものだと思います。もちろん、以上は単なる深読みのし過ぎかも知れません。まあ面白ければそれで良いということで。