マンガ時評vol.61 01/2/10号

20世紀を問いただす『ジパング』。

 半年以上も更新をさぼっていたら、いつの間にか世の中は21世紀になってしまいました。『鉄腕アトム』の中でアトムが生まれた年が2003年。ソニーやホンダが作っているロボットは、アトム誕生に間に合わせるかのように感じられ、改めて手塚治虫の先見性を再認識させます。まるで世の中の方から手塚マンガに近づこうとしているようです。

 ところで21世紀になったということは、20世紀を振り返る機会でもあるわけで、多くのメディアで昨年から今年にかけて同種の企画がありました。しかし、マンガ界ではそれほど目立った動きがなかったのは、やはりあくまでも商業エンタテイメントの世界、小難しい現代評論のようなことは成り立ちにくいジャンルなのでしょう。

 そんな中、巧みに時代への問いかけをしているのが「週刊モーニング」誌上で熱く連載中のかわぐちかいじ『ジパング』です。自衛隊の戦艦その名も「みらい」が太平洋での演習に向かう途中で第二次大戦中にタイムスリップ。そこで不時着した日本海軍の情報将校を救出したことから、歴史の歯車が狂い始めてしまう、という歴史軍事SFです。

 こうした設定の作品はこれまでもマンガだけではなく小説、映画などでも見受けられました。もっとも有名な作品では『戦国自衛隊』があります。戦国時代にタイムスリップした陸上自衛隊が戦国時代の武将と戦うこの小説は角川映画にもなってヒットしました。『ジパング』も海と陸との差はあれ、自衛隊が過去に現れて圧倒的な戦力を行使するという点では全く同じ構造の作品と言えます。

 またかわぐち自身の大ヒット作『沈黙の艦隊』とも重なり合う部分が多くあります。自衛隊の最新鋭鑑が指揮系統を離れて独自に動いたらどうなるか、という緻密なシミュレーションマンガとしては、同じシリーズと考えても良いでしょう。同じ雑誌に連載するにはちょっとテイストが似すぎているとすら言えます。

 ただ『ジパング』の面白さは、これら以前の作品の美味しいところをうまく生かしながら、さらにかわぐちかいじの持つ「マンガ力」でパワーアップして知的エンタテイメントとして成立させているところにあります。基本設定は荒唐無稽ながら、それを感じさせないように当時の情報をしっかり集めてリアリティある世界を表現しています。また次々とドミノ倒しのごとく事件が起こり物語が展開していくストーリーテリングの巧みさにも舌を巻きます。

 そしてマンガとしての面白さを十二分に発揮した上で、『ジパング』は日本にとって敗戦とはなんだったのか、戦後日本の発展は正しかったのか、21世紀の日本はどういう国家になるべきなのか、という硬派な問いを発してきます。まだ作品が十分な展開を見せていない序盤であるため、その問いは具体的なカタチを示してはいませんが、「違う歴史を作る」という作中のセリフでもわかるように、明らかに戦後日本の検証がテーマであろうと思われます。

 2001年、日本は果たして本当に幸福で豊かな国なのか、理想の国家とはどういうものなのか。それを20世紀前半の日本人の目から見つめ直そうというこの作品は、『沈黙の艦隊』以上にシリアスなマンガになることでしょう。マンガは時代を映す鏡です。「モーニング」の2大人気連載が『ジパング』であり、吉川英治の戦前の作品が原作になっている『バガボンド』であるという現状は、飽和と退廃と沈滞の現代日本に対する苛立ちの表われかも知れません。17才が繰り返す凶悪な犯罪には21世紀への夢が感じられず閉塞感だけが浮き上がってきます。ロボットだけ完成しても、それは手塚治虫が描いた未来とは違う世界です。「仏つくって魂いれず」。アトムだけでは夢の21世紀はやってきません。