●序文
 「サブヒロインである美咲鈴音が主人公と結ばれるエンディングが無いのは納得できない」
 「鈴音ではなく片桐彩子を選ぶ主人公に感情移入できない」

 『彩のラブソング』の発売当時からファンの間で言われてきた言葉である。しかし私はこの言葉にどうも納得ができなかった。ストーリーを辿っていくと主人公が鈴音を選ぶ余地がどこにも残されていないように感じたからだ。それがどうしてなのかはプレイ直後にはうまくまとめられなかったのだが、今なら書けそうな気がしたので文としてまとめる事にした。

●本文
 そもそも『彩』の主人公が片桐彩子に惹かれたのは何故だろう?ゲーム開始時点で主人公は悩んでいる。自分の作る曲が有名バンドのコピーに過ぎないのではないか、本当に自分が作りたい曲を見失っているのではないだろうか。それは漠然とした悩みであったが、既に本人の中には答えが用意されていた。彼は自分が間違っている事を無意識では自覚しており、自分の音楽を否定してくれる人を求めていたのだ。それをしてくれたのが片桐彩子だった。すれ違いによる誤解の結果とはいえ主人公は彩子との接触で自分が見失っていた物を取り戻し、彩子との仲が深まっていくことで自分の曲に新しい方向性を見出す事に成功した。新曲であるTomorrowは彩子との合作とでも言うべき曲であり、主人公一人では産みだす事ができなかったであろう。それゆえに主人公が女性としての片桐彩子に惹かれていくのも必然と言える。

 しかし鈴音はそんな主人公の心情に気付くことが無かった。主人公から自分の曲について訊ねられても現在の主人公を全肯定するだけだったのだ。
 おそらく彼女は今までも主人公を肯定するだけで否定などしなかったのだろう。それは彼女なりの主人公への想いの表現だったのだが、独立した個人としての自分を殺す行為でもあった。主人公は常に自分を肯定する鈴音を自分の付属物であり保護対象である「妹」としか認識できなくなったのだ。誰も気付けなかった鈴音の手の怪我に気付く観察力を持ちながら、彼女の恋愛感情には異常なまでに主人公が鈍感なのはそのためであろう。主人公と鈴音が「兄妹」という枠から外れて恋愛感情が可能な「男女」になるためには一時的にしろその関係を壊す必要があった。子供が親離れをするために反抗期が必要なように……それがクライマックスの夜の公園のシーンである。

鈴音「どうして私じゃダメなんですか!?ねぇ!どうして!?」
鈴音「私は妹なんかじゃない…妹なんかじゃ…」
鈴音「『彩』になんか入るんじゃなかった!」

 主人公はこの時点で初めて鈴音を自分の付属物(妹)ではなく一人の独立した個人だと認識できたのであろう。しかしそれはあまりに遅過ぎた。既に彼は片桐彩子という個人を求めているのだ。それなのに鈴音の気持ちに応えてしまったら鈴音も彩子も傷つける事になる。だからこそ彼は鈴音の求愛を拒絶するしかなかった。
 鈴音の敗因を挙げるとすれば、彼女は「妹」というポジションを失う事を恐れ過ぎていたということだろう。確かに「妹」なら好きな相手の側にいられるかもしれない。しかしそのままでは永久に「恋人」にはなれないのだ。

 鈴音の恋は最初から実る余地は無かった。しかし、実らぬ恋だったからこそ彼女の魅力が輝いたのだと私は思う。だから私は『彩のラブソング』に鈴音エンディングが無い事を肯定したい。初恋は破れたけれど、きっといつか彼女も幸せになると思うから……


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