どうして人は… LIWAにて

 私が大好きなLIWA砂漠。ルブ アル ハリ砂漠の一部であるここLIWAは,目の届く限りの砂山が続く,私にとっては聖地のような場所です。

 夏の蒸し暑い日,ここLIWAは乾燥し,夕方には乾いた涼しい風が吹く事もあります。かと思えば,一瞬で黒い雲に覆われ,目も開けられないほどの砂嵐に見舞われる事もあります。砂の中に点在する緑が,植物の強さを教えてくれます。キャンプを張った次の朝,テントの周りの無数の虫の足跡から,砂漠の中での命を見る事ができます。冬のキャンプ,それまで毛布を被って過ごしていたのに,朝日が昇ると共に顔に暖かさを感じました。何より,LIWAの砂の中に立っている自分の小ささを痛感しました。足元の砂粒と自分の違いは何もありません。虫ですら力強く生きる砂漠で,私は自分の小ささや弱さを痛感しました。

 もともとオアシスだったここには,約100Kmに及ぶプランテーションができています。アル マンスーリ家という名家がここで力を持っていました。今も多くのローカルが住み,さらに多くの近隣諸国からの労働者が暮らしています。畑では多くの野菜が作られ,国内に出荷されています。

 夜になれば,100Kmの道路には延々と街灯が転倒し,果てなく続くプランテーションの大きさを物語っています。

 1900年代終わりごろには,まだアブダビからの幹線道路も完備されておらず,サンドロードしかなかったそうです。アブダビからの日帰りは不可能で,ここの自然を味わうには,キャンプしかありませんでした。今は広い道が通り,それもさらに拡張工事を続けています。

 そのLIWAで,写真のような光景を目にしました。プランテーションの裏側には,無数のタイヤが放置してあったのです。そしてその周りにはさらにオイルカンやペットボトルなどがいくつも転がっています。

 ローカル連中や労働者のモラルの低さを言いたいのではありません。日本での産業廃棄物の現状を見れば,現地に住む人たちを責める権利はありません。思うのは,「人」の自然に対する冒涜は世界中で進んでいるのだ,ということです。エベレスト山も,富士山も,さながらゴミ捨て場のようだと聞きます。名だたる探検家たちも,所詮ただの「自然を冒涜する人」に過ぎないという事でしょう。

 タイヤは,砂漠という人肌に生まれた腫瘍のように見えました。きっとそこから膿が出てくるのでしょう。「砂漠は何でも飲み込んでくれる」と現地の人から聞いた事があります。でもそれは,らくだも私たち人間も同じように,砂漠ではただの自然物の一つだという意味だと思っています。これらタイヤを飲み込むわけがありません。

 砂漠には勝てません。人など絶対に勝てません。砂漠への冒涜は,きっと私たちに大きな罰を与えると思いました。