「Panic in Abu Dhabi」

 そう,それは突然の出来事でした。2001年6月27日(水)。

右はそれを伝える28日付けの新聞Khaleej Timesのコピーです。

 私は職場にいました。職場では何の変化もありませんでした。ところが,街の中は大渋滞がおきていたのです。なぜか。アブダビ島の北半分の電気がストップしてしまったのです。それは気温が真っ盛りの正午頃起きました。信号はつかず,エレベータは止まり,エアコンは止まり,グロッサリーの冷蔵庫も,スーパーのレジスタマシンも全て止まってしまいました。それが数時間続いたのです。発電所の何かのトラブルらしいということなのですが,詳しいことは分かっていません。

 これは,夕方6時40分頃の街の中の様子です。信号が止まっているため,警察が交通整理をしています。多少混雑しているものの,比較的落ち着いてきました。

 この頃には復旧が始まり,回復したブロックと,そうでないブロックができていたようです。

左下の写真は夜の9時頃の映像です。私が住むフラットからの撮影ですが,明かりがあるビルディングと,真っ暗なエリアがあるのがお分かりかと思います。この時,これらのビルでは10時間近くも電気が止まったままということになります。エアコンもないままどうして過ごしていたのでしょうか。

 停電の理由が分からないのと,アブダビに10年以上住んでいる人の「こんな停電は今までにない。」という言葉を聞いて(新聞によると,ここ20年間ではじめての大規模な停電だったようです。)復旧にどれだけかかるか分からないと思いました。北のエリアのショッピングセンターは身動きが取れないのが分かっていたので,南はじにあるショッピングセンターに行って,買出しをしようと思いました。人間,こういう時は余り頭が回らないものですが,とりあえず水を4ケースと,冷蔵庫が無くても保存できるものをを思い,りんごを数個,バナナ1房,食パンを2斤,味付けパンを4個,電池を10個購入して帰りました。

 帰り道,街の中の人はどうしているのかな,パニックなのかな,といろいろ考えながら車を運転していました。ところが,お店の人たちは店先の椅子に座ってのんびり構えているし,懐中電灯を真中にして談笑している人たちはいるし…と,私が考えているような光景はまったくありませんでした。

 家に帰ると,私のフラットは回復しており,エレベータも使えクーラーもがんがん利いていました。その中を重いスーパーの袋を抱えて部屋まで帰りました。私の周囲のビルでは,その日のうちに回復しなかったものがいくつもありました。ビルの建造年数,電気設備の良し悪しなど,いろいろな条件によって回復のペースは異なったようです。

 日本ではなかなか体験できない「街中停電」でしたが,終わってみるとスリリングな半日だったと思います。もちろん,こうして復旧したからですが。テロでの停電だとこういう分けにはいかないでしょうし,何が起きるか分からないという気持ちは忘れてはいけないなあ,安全面では世界1のこの国でも,構えはもっていないといけないなあと痛感した1日でした。

 また,私たちはよく冗談で「この国の石油がなくなったら,どうなるんだろう。ベドゥインに戻るのかなあ。」などと話していますが,「エアコンがないと生活できない」「電気がなかったら困る」「冷蔵庫がなければ生きていけない」なんていう生活があたりまえだと思っている私たちこそ,実はゆがんでいるんだろうなと思いました。電気がないならないでしょうがない,といったような顔をしている街中でのおじちゃんたちの顔を見ると,「文化的」な私たちこそが,生きていくのには不適格なのだろうなと思うのです。文明や文化は本当に進歩しているのでしょうか。自然とあまりにもかけ離れた生活をしている私たちが先進国なのでしょうか。ただの青白い,弱いだけの人間になっているんだろうなと思うのです。「電気がないならないで,ないように生活する」なんていう,あたりまえのことができない人間になっているんだろうなと思うのです。重い袋を抱えて帰った自分が,何かとても情けない絵図だなあと,笑ってしまうのです。