アブダビの街でみかけた「なるほど」「おーっ」「うむうむ」…

 なにげない風景や見落としがちな風景に,日本との違いを感じたり,アラブの国だと思いなおしたり,なんだ同じなのだと安心したりしてしまいます。そんな感じのものを紹介できたらうれしいです。思いつくままに書いていきますね。写真をクリックしていただくと,少々大きめの写真を見ることができます。

 ザイアッド大統領を称えて作られたといわれるアブダビのグランドモスクは、一般に開放されています。アブダビでははじめてではないでしょうか。湾岸地域はイスラム的には厳しい面ももっており、エジプトやシリアのようにだれでもモスクの中に入れるというわけではありません。ドバイにあるジュメイラモスクはある程度有名になっていますが、もスリム以外の人間が入ることができる数少ないモスクです。もちろん、祈りの場としては当然のように機能しており、ただの観光目当てのものではありません。湾岸1の大きさを目指したとも言われるこのグランドモスクは内装等も美しく仕上げられています。真っ白でシンプルながら、心が落ち着く場の一つです。

 どうってことない風景なのです。ランドリーがあって、サンドイッチ屋があって、雑貨屋が並んで・・・。住居ビルの1階はこんな感じで小さな店が並んでいる風景。おっちゃんたちが椅子を並べて、何をするわけでもなくぼんやりしてたり、だれかと長電話をしたり、気が向いたら20円くらいで買えるミルクティを飲んで、時間が流れていく風景。よく見かけてきたもののひとつですが、ビルの建て替えとともに消え行くもののひとつだと思います。新しいビルはそれは美しく、こんな小さな店たちが並ぶようなものではなくなってきています・・・。

 新しいアブダビのいろいろ。その裏側には無くなっていくものも当然あるわけで。私たちが住んでいたすぐ近所のビルはデモリッションの真っ最中。(半年ばかりはその工事も止まっていましたが・・・)時々お酒をなめに行っていたホテルも時代には逆らえず取り壊しに・・・と、記憶の中にある風景が、次々と新しいものに替わっていきます。建国36年を迎える(2008年現在)間に、何度となく繰り返され、巨大化してきた街ですから、当たり前の光景なのですが、自分の中の絵が変化していくのは、心にくるものがあります。

ちょっとマニアックな話かもしれませんが、アブダビ先端にある「マリーナモール」。大きなショッピングセンターのさらに海側に、住宅地を建造中です。もちろん埋め立て。どんどん土地を開拓(?)し住宅地としています。マリーナモール自体も拡張中。ドバイに習ってか、雪遊びができるゾーンを造っていました。(2007年1月現在) 開発はどんどん終わることを知りません・・・。

 中央郵便局前に現れたザイアッド大統領。

 なんとこれは郵便切手を使っての貼り絵でした。亡くなってもまだ愛される大統領。UAEにとって、アブダビにとって初代大統領のザイアッド氏は本当に偉大なのだと感じました。後ろの壁に描かれているのは息子のカリーファ現大統領。彼もここまで愛される大統領となれるとよいのですが・・・。

 アブダビにできた新しい日本食レストラン。その名も「SAMRAI Restrant」。

 まさに日本で食すのと何の遜色のない、「あー食べたいなあ」と思うメニューが並んでいるレストランです。

 けっこうローカルや西洋の方にも人気でした。みんなの口にもあうお料理たちでしたよ。

 コルニッシュ。つまり湾岸通りとなりますか。アブダビ島南端にはコルニッシュと呼ばれる通りがありました。コルニッシュ沿いには「シービュー」のフラットがいくつも建っていました。海沿いで実に景色よく、気持ちのよい眺めのフラットです。ところが、第2コルニッシュと言うべき、湾岸通りが、そのコルニッシュの外側に作られてしまいました。埋め立ての砂なら山のようにある国。あれよあれよという間に第2コルニッシュのできあがりです。シービューのフラットはコルニッシュビューになってしまいました・・・。

 ザイアッド大統領のお墓は,「グランドモスク」の隣にあります。このグランドモスク,「His Hiness sheikh Zayed Sultun Al nahyan mosque」と正式名称が決まったようですが,その建物の隣に静かに眠っています。写真で言うと,左下の緑色の部分に真っ白な大理石で造られた墓石が立っています。イスラムは地獄に堕ちた人間が焼かれるということになっているので,大統領の遺体がそのまま眠っているのでしょう。もちろん,写真撮影は禁止なので,墓石の写真はありませんが,一日中クルアーンが朗詠される中,荘厳な空気が漂うお墓でした。

 2004年度,年末のアジアを襲った津波は,前代未聞の被害をもたらしました。犠牲になった方々には心からご冥福をお祈りいたします。その後の各国の偽善にも似た援助行為に意見はあるとして,UAEアブダビのフラットの壁にも,義捐金募集の張り紙がありました。インド,タイ,スリランカをはじめ,被害に遭った各国の大使館に助けの手を,というものです。津波は「TSUNAMI」と表現されるのですね。それも驚きでしたが・・・。

 夜のオールドスークの光景です。この日は平日だったと思います。オールドスークは大きく金や時計を扱うサイドとテキスタイルを扱うスークの2つが道をはさんで並んでいます。これはテキスタイルスークの様子です。インド人,ローカル,ヨルダン人,シリア人などの姿が見えますね。特に夜には,客のほとんどは男性です。夜ここらをうろつく女性は日本人とアメリカ人ぐらいのものではなかったでしょうか・・・。

  アブダビが砂漠の砂の上に建てられているといっても,すでにその面影はなく,ビルに囲まれた近代的な町並みとなっています。現在は最建築ラッシュとも言える時期で,古いビルが壊され,どんどんきれいなビルに建て替えれています。オーナーの趣味でしょうが,金色のビル,ピンクのビルなど,なかなかカラフルな町並みです。

 アブダビ市内に2003年頃登場した「車止め」です。はじめは,路上の駐車スペースを年間1500dhs(4万5千円程度)支払えばキープできるというものでした使用料を払うと,縁石に「キープ済」のステッカーが貼られていました。しかしそれだけでは無断使用が増えたという事でしょうか。写真のような日本でも駐車場でよく見られるような車止めがつきました。中心地はただでさえ駐車スペースが飽和状態ですので,こういうがっちりキープは困ってしまいます。結局道路の中央線あたりに車が縦列駐車し,Uターンさえできない大変な状態になってしまうのです。困ったものです。

 美しきコルニッシュです。しかし,近年再開発というか,無駄の拡張というか,この湾岸道路の外に湾岸道路をつくろうとしています。一説によると,わがままローカルが海の近くにビルを建てたいけれど土地がないから作ってくれ,と言ったとか言わないとか。公園を広げるのだ,シャハマなどと結ぶ道を作るためだ,といろいろな噂が飛び交っています。2004年1月の段階では,砂を均している状態でした。きれいにはするんだろうけれど,本当に必要な工事なのかなあ・・・。

  おっちゃんが車に近寄っています。怪しい人影が・・・。国が国だと,信号待ちの車の運転席に銃口をつっこんでくるのでしょうが,アブダビは違います。おっちゃんは新聞売りです。多くの交差点におっちゃんたちが新聞を脇にかかえ,客を待っています。クラクションを鳴らせば走って来てくれます。「新聞いらないか?」と近づいてくる人もいます。値段はグロッサリーもこうして売るのも2DHS(60円)程度。1年中,彼らはこうして交差点に立ち続けます。

 これは「アブダビステッカー」。車のバンパーなどに貼り付けます。(車にかぎったことではないですが・・・)確か,アブダビはこのように赤色で,アラインは紫だったような気がします。日本で言えば「東京」と書いてあるステッカーと同じですね。ここ最近,このステッカーを貼り付けている車が増えて気がします。あれは,ローカルかな,外国人かなあ…。結構めだっていて,いい感じですけれどね。

 街中のオールドスー久(市場)に火事がありました。よく行っていた時計屋の近くで、宝石屋や洋服屋、その他何件もが燃えてしまいました。原因として公表されているのは、電気系統からの出火でしたが、いくつかの噂も飛び交い、実際のところは分かりません。2003年8月に訪問して驚いたのは、火事跡で商売が再会していた事です。スークの中には多くの秘密警察もパトロールしていて、写真撮影も停められるかもしれないと思ったのですが、彼らの力強さを少しだけ撮影してきました。

 これは街中にあるオールドスー久内のモスクと、隣のビルが並ぶ様子です。イスラムの象徴的な建物であるモスクの尖塔(これをミナレットといいます)とビルがともに天を目指している様子が印象的でした。ミナレットはお祈りの時を遠くまで告げるために高くする必要があります。はてはて、ビルは何のために高くしていくのでしょう。ミナレットから流れる声は、今でも耳に残っています。

 22階程度の高さから見たアブダビの街の姿です。「砂漠の国なんでしょ?」「住みにくくないの?」「ビルってあるの?」などという質問を受けることがよくあります。砂漠の中にぽつんと家が建っている様子を想像されている方には申し訳ないけれど、実は大きな街なのでした・・・。アラブの印象はないですけれどね。

  街中にある、「アブダビエアポートのチェックインカウンター」です。香港のセントラルにも同じように街中でチェックインを済ませてしまえるシステムがありますが、ここでチェックインしてしまえば、空港までは身軽に行くだけという便利なものです。「こりゃ便利でいい!」と訪れてみました。そこに少し落とし穴が・・・。「only Gulf Air」ということでした…。

 アル ホスンパレスという建物がアブダビ市内にあります。これは、建国前にザイアッド大統領の住居だったところで、今は一般に開放されています。この裏には「カルチュラルファウンデーション」と言って文化会館にあたるものもつくられており、文化の中心的な場所となっています。また同じ敷地の中には「フランドモスク」と呼ばれる、以前はアブダビの中心的なモスクもあり、ここを中心にアブダビの街がつくられたことが分かります。

  なんと,十字架。モスリムたちの国ですが,基本的にイスラムは他宗教を迫害するものではありません。キリスト教教会もいくつもあります。これは友人が子どもの洗礼式を受けた時の模様です。イギリスカトリックの教会での儀式でした。

   サッカーアンダー17のアジア予選がUAEで開催されました。そこでわが日本チームも健闘しました。結果は残念ながら予選リーグで落ちてしまいましたが,さわやかな風を残していってくれました。

  これは,友達が自分のフラットから隣の空き地を写したものです。何が映っているかと言うと,数等のらくだ。このらくだたちが,実はとんでもないことになってしまいます・・・。

 どうなるかは,クリック後のお楽しみ。

 これもアブダビを離れてしまいます。東海岸にあるカルバという街に温泉があります。海岸沿いの道から数キロ山の中に入った所にあるのですが,そこに向かう道沿いにあった看板です。まだこの道路は整備中で,両側の岩も崩れてきそうです。だから,この標識です。よく見ると,岩がポロポロと転がる様子が描かれています。

 これは意図的か,山の絵を描き忘れたのか・・・不明です。

 これは,釣りのライセンス。今年になって急に必要になってしまいました。ERWDA(Environmental Research and Wildlife Development Agency)という組織(カリファ皇太子がトップだそうです)が発行するもので,釣りやスキンダイブで魚を突くときにも,常に携帯をしなくてはならないそうです。水着1着でも携帯しろって,一体どうするんでしょう…。

 今砂漠に入るのにも許可制になるのでは,という噂があります。これも自然を守るためなのでしょうが,こうなると苦しいなあ…。

 ザイアッド 大統領がいっぱいです。90歳を超えると言われる大統領。最近,息子のカリーファ皇太子の写真も多く飾られるようになってきましたが,ザイアッド人気は不滅というところでしょうか。

 新しくできたグラウンドの横に立ったザイアッド大統領の肖像看板。ちょっと若い頃の写真ですけれどね。とてもたくましい大統領です。

  お祈りです。本当は無礼というか,モスリムたちにとっては迷惑なことなので,自分のフラットからの撮影です。近くで撮影すると,だれからということなく怒られることがあります。これは金曜日のお昼のお祈り。お説教もあり,いつもより少々長めのお祈りの時間となるようです。お祈りの前に流れるアザーンは私たちノンモスリムに対しても,心に染みる響きです。

 ビデオの中で,「アルハンムドゥリッラ」という言葉がかすかに聞こえます。これは「おかげさまで」という意味で,アッラーに感謝している場面です。

(※注意! 写真をクリックすると動画(mpg)が再生されます。921k)

  絶対に日本では見られない道路標識!下の標識は,「横断歩道がありますよ」標識です。横断歩道注意の標識は日本にもあったはず。よくよく見ると,横断歩道を渡っている人はカンドーラを着ています!これは男の人ですね。女の人バージョンはないかと探しているのですが,未だ見つかりません。どこかに,家族バージョンがあったような気がするのだけれど・・・。

 これはとてもわかりやすい看板です。言葉でなく誰にでもよく分かる。ASABという石油施設がある場所に入る道路の入り口にある看板です。この国では石油施設,水施設,パレス,軍関係施設は写真撮影がご法度です。写真撮影現行犯で警察に連れて行かれた旅行客も後を絶ちません。つまりこの写真が限界線です。

 

 アラブ料理屋での基本的な私たちの食事です。レンティルスープ(豆)かフィッシュスープ(これが濃い!)とラムチョップ、ケバブ(肉の串焼き)と手羽先、ビリヤニ(インド風混ぜいためご飯)という感じです。羊に対しては好き嫌いが大きいようですが、羊も鳥も最高においしいですよ。サラダやホブス(パン)は何を頼んでもついてくるし、一人1000円程度で「もう食べられないよお」という感じになります。

 なんとなく「カレンダーだろうな」とは思われることでしょう。これはイスラム暦1422年1月1日のカレンダーです。左を見ると、2001年3月1日の日付になっています。私たちが普段使っているのは西洋暦、つまりキリスト教暦です。しかしここアブダビではイスラム暦。これらが混在しているのが、非常に興味深いところです。

 これはアブダビとドバイの間にある街のモスクです。夜この近くを通ると,尖塔の明かりがとてもとても幻想的で美しいシルエットを作っています。撮影した時は人がだれもおらず,静かにたたずんでいました。このモスクは2本の尖塔を持っていますが,大きいモスクは4本だったりします。

 アブダビの市街ではなく,アラインというオアシスにあるハフィート山の道です。街の中や高速道路ではみかけることのない,「溶けたアスファルト」を見つけました。この道は勾配がきつく,大型トラックが多いことから,50度の気温のもと,トラックが力をこめて道を登るために溶けてしまうのだと勝手に推測しています。こういう溶けた道路って本当に珍しいんですよ。

 

 アブダビには以前から真珠や漁業を営む産業がありました。真珠は日本の養殖真珠の品質には勝てず,競争力をなくしたそうです。しかし漁業はまだまだ近海を中心にがんばっているようで,船やしかけが港に多くあります。その横には近海でとれた魚を売りさばくスークや,おいしい魚介類を食べさせてくれるレストランなどが並んでいます。

 ドライブに行ってとにかく最初に「なんじゃこれ」って言ったのが,この標識でした。そう,「らくだ注意」です。今から考えるとこの標識があるのはあたりまえなのですが,やっぱり最初はとても新鮮です。実際に高速道路に近いスピードで車が走っていく道路上を悠然とした顔でらくだは歩いていきます。らくだ自身はだれかの所有になっているので,轢いてしまったら大変です。もちろん車が大破することも問題ですが,それ以上に賠償について大変なことになるでしょう…

 これも,街中をはじめ,国中でよくみかける標識です。写真にあるように,道にでこぼこが作ってあるのです。ラウンドアバウトと呼ばれる交差点や,モスクの近く,住居地区への入り口など,とにかく車のスピードを強制的に落とさせたい場所に設定してあります。「ハンプス」と呼んでいるものですが,信号の手前にハンプスが設定してあるところもあり,朝の通勤時には大きな渋滞を引き起こします。

 何てことない標識だと思われますが,当然のように,アラビックが記載されています。STOPという英文字の上はアラビア文字です。これもとても新鮮でした。アラビア文字は英語より歴史があるのですが,私たち日本人にはとにかくなじみが薄いものです。街中のあらゆるところで見ることができる標識なのですが,とにかく「ほおっ」っと思わせるものでした。

  

 標識シリーズが続きますね。これは一般的に言う「びっくりマーク」です。その下にWADIと書いてあります。ここがみそ。WADIとはスキー場で言うクニックのような部分です。つまり急に角度が変わっている場所。これはアブダビの市内ではありませんが,急に道が上下にうねっていることはざらです。とにかく皆さん車を飛ばして見える方ばかりなので,こういう標識も大事なのでしょう。標識は多くを語ります…

 街の中に目を移します。まずは火山噴水ではないかと思います。こちらに来てとにかく「なんじゃこりゃ」と感じたのがこの噴水だったからです。「火山のないこの国で,何で火山なんだろう」「水がとっても貴重なはずのこの国で,この水はどうしているんだろう」…火山に登ると,写真屋さんが待っています。この火山をバックに撮ってあげるよ,いい記念になるよ,ってな感じです。つまり,数少ない観光スポットです。

 またまた「なんじゃこりゃ」シリーズです。これは街の中心の通りとなる「エアポートロード」と呼ばれる通りの中にあります。この両側はそれぞれ一方通行の車線です。ここにはコーヒーポット,大砲,香水の瓶の巨大なオブジェが設置してあります。真っ白でとてもきれいなものです。周りには花が咲き乱れ,ベンチも置いてあり,夜のイルミネーションも格別なスポットです。

  モスクは仏教で言う寺のような,集会所のような,憩いの場のような…,そういう場所でしょう。国によってもその扱われ方は異なるようですが,とにかく異教徒である私たちは,ここアブダビでは立ち入る事は基本的には許されません。「Musulim Only」と書いてあるモスクもあります。話では中に入ってもそんなに声をかけられたり怒られたりすることはないということですが,彼らにとって神聖な場ですので,気軽には考えてはいけません。その造形は美しく,見る者の心を打ちます。高くそびえる尖塔,壁の装飾図柄…。中はメッカの方向に向かって窪みが作られ,先導師用の高い台が作られている他は何もないということです。

 

 カレンダーです。さてさて,何月のカレンダーでしょう。さてさて,週の始まりはどこでしょう。さてさて,左端の赤い文字は何を指しているのでしょう。

 こういったアラビックカレンダーしかないわけではありません。しかし,こうして身近で触れていられるのは実におもしろいことです。アラブの国々では習字は貴重な文化。最初はわけがわからなかったこの文字も,実に美しいものだと感じるようになりました。

 アラビック文字はもちろん生活の中の主たる文字ですが,街のあちらこちらに華やかな文字をみることができます。文字にとても誇りをもっているのだと感じます。私たちは日本文字の美しさをどれだけ認識し,どれだけ表現しようと心がけているでしょう…。

 

 何の変哲もない,そう公衆電話です。街のあちらこちらにこの手の公衆電話が設置してあります。これはカード専用で,カードはグローサリーなどで購入します。1枚が30ディルハム(約900円)。一般電話は香港などと同様無料ですが,公衆電話はお金が必要。これはなぜなんでしょう。街のあちこちで労働者としてこの国に来ているおっちゃんたちが,にこにこした顔で電話をかけています。本当にお話好きの人が多いと思います。

 これはコルニッシュ脇の公園にあるデーツの木です。デーツはなつめやしのことです。昔からこのデーツの実を食しては渇きを押さえ空腹をこらえていたということです。デーツは街中のあちらこちらに見られ,とにかく多く植えられています。この実は乾燥させて,日本の干し柿のようにして売られます。(味もよく似ている,と思う)またチョコレートでくるんだり,オレンジをはさんだりと,様々な加工もされます。緑を大切にするこの国では,街中のデーツの実をとって食べることは禁じられているようです。