平田靭負翁終焉の地
岐阜県養老郡養老町大巻95 小出 千春様方
宝暦4年2月22日作業に着工し
、翌5年3月28日工事が完了した。
そして5月24日鹿児島にいる国家老へ宛て、
5月22日をもって工事はすべて滞りなく終わり、幕府の有司へ
引き渡し済みとなった主旨の書面を認め、これを薩摩の守へ
報ずるとともにその翌日25日 任地大牧の役館に於いて東天に出はじめた
日の出をふし拝み、西方に向かって主家の隆盛を心から祈念しつつ
すべての責任一身におい、悲壮なる最後を遂げたのである。
享年52歳
平田靭負公の遺骸は揖斐川を下り桑名に立ち寄り 安龍院にて一晩
安置され、翌朝直ちに東海道をを上り京都伏見の大黒寺に運ばれ埋葬された。