雨も、なかなかいいもんだ

02/08/31

 8月に入ってからの休日は、やれ家庭サービスだとか行事だとかで潰れに潰れ、ほんの1時間程度の散歩しかできなかった。おまけに、いつ決着がつくかもしれないネチネチした仕事に追い回される日が続いている。
 で、もうストレスのダムは決壊寸前。肩なんかコリコリを通り越して、ビールビンで叩き潰してやろうか・・ なんて思うほどになってしまった。

 こうなったら、もうツーリングに出るしかないね。

 明日は、早く起きてフラフラになるまでバイクに乗ってやる〜!! って寝たのに、起きたら9時を回っていた。
 「こりゃ〜、近場しか行けないな。」
 取りあえずバイクに跨り考える。
 「よし、横蔵寺 そして華厳寺、それからうすずみ温泉!」
 なんか、スッっと案が浮かんだ。

 空を眺めると、揖斐方面の山々には雲底の低い雲が沢山詰まっている。
 「雨、好きじゃないけどな〜 え〜い、男だ! 雨がなんだなんだ〜」
 溜まったストレスは、雨なんかにゃ負けねぇ〜。

 揖斐川町に着く頃には、雲底もどんどん低くなって今にも降り出しそうだ。それでも、揖斐川沿いに走るルート417は、適度なカーブが続き、とても快適だ。あまり気持ちがいいので、横蔵寺への道は後回しにして、横山ダムそして藤橋城まで走ってしまう。
 なぜ、コーナーを回るのが気持ちいいんだろう?? 車だと苦痛なのに
 そのスリル感だろうか、スピード感だろうか? でも、ジェットコースターは嫌いだけどな〜??

藤橋城(Touring Mapple中部・北陸 P45.B5)に着く寸前から、ブファーといきなり雨が降ってくる。首に当たる雨粒が痛い。
 「とうとう、雨かー (;_;)」
 藤橋城ではカッパを着ただけで、すぐに横蔵寺へ

藤橋城

藤橋城もそうだったが、どうもこの辺は標識が完備されていない。キーポイントとなる所に標識がないのだ。ジモティーの僕でさえ横蔵への道(県道40号)を通り越してしまう。揖斐、谷汲地区では結構メジャーな観光施設だと思うんだけどな〜。

 横蔵寺(T.M P45.D2)は、休日だというのにとてもひっそりとしていた。雨は、小降りになったけれど降り続いている。以前、と言っても20年ほど前だけれども、もっと人出が多かったと思うんだが。
 でも、僕にとっては好都合。じっくり歩けるのがいい。
 
 程良く繁った木々の緑と、医王橋の赤、そして背景に苔むした横蔵寺の塀がある。その落ち着いた風情がたまらない。「日本に生まれて良かったな〜」と思う。

横蔵寺(医王橋)よく見えね〜

 横蔵寺は、伝教大師(最澄)の開山(801年)で宗派は天台宗だ。本尊は薬師如来。
 平安、鎌倉時代には38の僧坊を持ち、美濃地方の本山として栄えたが、戦国時代に寺領を取り上げられ衰退していった。
 開山当時は、現在本堂がある場所よりも、ずっと高い山中に本堂や僧坊があって、今でもその跡が残っている。健脚な人は、ちょっと散策に出かけるのもいいかも。

 そんな歴史的な事より、ここはミイラ寺としての方が名が高いかな。

 傘を忘れたが、気になる程の雨じゃない。木々の茂った閑散とした参道を歩くと、フ〜ッと肩から力が抜けていく。
 修復中の仁王門をくぐると、こぢんまりとした境内に古びた本堂と三重の塔があった。どれも木壁が苔むしていて、ちょっと廃寺の匂いがする。
 本堂は障子が破れたり、破れを塞ぐためにビニールシートが掛けてあったりと、随分寂れてしまっている。気付けば香の匂いもしない。無常を肌で感じる。時は無情、無常。
 楓が沢山あるから、紅葉の時期には人出で賑わうのかもしれない。

横蔵寺本堂
 本堂をあとに、舎利殿へと向かう。まだ平成8年(?)に建立されたばかりの舎利殿は明るい。
 ここには、妙心上人の舎利仏(ミイラ)が安置されている。
 妙心上人(1781-1815)は、ここ横蔵の出身で、両親没後に仏道修行を始め、信濃善光寺で受戒、霊峰富士山行者として活躍したが、37才で山梨の御正体山の洞窟で断食入定され、舎利仏となられた方で、明治になって出生の地、横蔵に祀られることとなった。

 ここ舎利殿では、常時拝観する事ができる。(拝観料200円 仏像展示の瑠璃殿共通)

舎利殿

 恐いもの見たさと、生きながら仏(即身成仏とは違う)になっていく不思議に触れたくて、舎利殿の階段を登った。真新しい床や壁で囲まれた堂内には陰鬱さは感じられないが、経も香もなく、なにか舎利仏が只の見せ物になっているようで.......
 先客がお賽銭を上げていくのだが、何を唱えていくのだろう。
 舎利仏となった妙心上人の意思は計り知れないが、奇怪なミイラとなってまでも、衆生の化導に尽くしていく気概だったのだろうか。 人の生も身体も、無常があるべき姿じゃなかったのか??

 舎利殿を出ると、雨は止み薄日が差してきた。カッパはもういらなさそうだ。


 次に向かうのは、西国33霊場めぐりの33番札所 満願の寺 谷汲山華厳寺だ。
 県道40号は、一部1車線はあるものの道路はとてもきれいで、その上交通量が少ない快適な山間の道だ。
 横蔵寺から、ほどなく華厳寺(TM P45E2)に着いた。 山門前の一本道の両側には、土産物屋やら飲食店が建ち並び門前町の様相だ。ここ華厳寺の隆盛がわかる。
 谷汲山華厳寺は、平安時代798年の創建で、天台宗 本尊は十一面観世音菩薩だ。本尊にまつわる話がおもしろいが、割愛(縁起が書かれた文面が、字が滲んだり消えていたりして一部読めない。隆盛な寺院なら縁起はもっと管理してほしいな〜)

 仁王門をくぐると、長く一直線に延びた石畳の参道、それに続く急勾配の石段、その上にドシッと座る本堂が一度に目に入る。
 これほど直線上に配置された寺ってあっただろうか。そのシンプルな構成に爽快感を感じる。心が洗われる、そんな感じだ。

 どれだけの人が踏んだかしれない石畳は、やさしく角がとれ、歩くと気持ちがいい。雨上がりで森から木々のいい匂いがする。そして線香の匂い。俗な僕も、無垢な巡礼者のように変わっていく。

華厳寺参道

参道石段から本堂を望む
 本堂は沢山の一般参詣人や巡礼で溢れかえっている。線香はボウボウと煙を上げ、本堂の壁といわず天井といわず燻している。本尊の前には幾重にもなって人垣ができ、皆が手を合わせている。
 巡礼の中に、初めてみる笈摺(おいずる:巡礼者が着る、あの白い装束)を見つけた。それは、おばちゃん達に交じっていた高校生ぐらいの女の子達が着ていたもので、ハッピの様なものだった。Tシャツの上から羽織った格好は、とても軽快で若々しくみえる。それでも、ちゃんと背中には「南無大師遍照金剛」と書かれてある。その墨跡がまた、女の子達の溌剌とした明るさにうまくマッチしていて今風だ。
 よく見回してみると、巡礼者の年齢は小学生からシルバーな人まで、幅が広いのに気付く。お母さんにくっついて離れない小学校低学年だろう男の子も、ちゃんと笈摺を羽織っている。
 「こんな年齢の時に、やってみたかったな〜。何を見て何を感じただろうかな〜」
 「西国霊場めぐりなら、あの書写山円教寺にも行ったんだろうな。あそこは、ほんとすごいとこだったな〜」
 本堂の裏をぐるっと回って満願堂などを見て、もう一度本堂に戻ると、先ほどまでテンデンバラバラだった巡礼者が一同に座り、おばあちゃんを導師に一斉に経をあげていた。僕の知らない経だったが、堂内いっぱいに広がった真摯な声は一般参詣者も巻き込んで、経のみ聞こえる静粛な世界を作っていた。
 僕は、立ったままじっと聞き入ってしまった。

新しい笈摺発見!!

 さあ、雨で濡れた体をさっぱりさせよう。今度は、根尾村にある"うすずみ温泉"だ。
 谷汲山を出発するとすぐに、またまた雨。それもかなり強い。慌てて、カッパを着る。
 スリップに注意しながら、ルート157をゆっくり流していく。雨中走行も時間が経ってくると、大して苦ではなくなってくる。逆に、ザワザワした世間の音がしなくなって静かでいい。エンジンも心地よいのか軽やかな音を立てている。
「へ〜、意外と快適だ〜。 これなら、雨だからってツーリング中止しなくていいな。」
新しい発見だった。 また、ツーリングの幅が広がったな。

うすずみ温泉(TM P53E5)は、周辺に陶芸体験館やスポーツ施設をもった総合リクレーションセンターの中にあった。
 カッパと、ずぶ濡れでグチュグチュ音を立てる靴を脱いで、早速温泉へ。入浴料は1000円で、ちょっと高いが、タオルも付いてるし大きめのロッカー(ヘルメットやディパックも入る)も無料だから、まあいいとしよう。

 風呂は、ジェット風呂、スチームルーム、サウナ、桜風呂(桜の色をした湯と桜の花びら型の湯船というだけ)といろいろ。中でも一番気持ちいいのが露天風呂。弥次喜多風呂というらしいのだが、一人しか入れない木の桶が8個くらい円形に並び、それぞれに湯が流れ込んでいる。ぬるめの湯加減と外の涼しさで、いつまでも入っていられそうだ。展望も深い山並みが見られて最高だ。
 残念なのが、湯に顔を近づけるとカルキ臭い事、最近公立の温泉でレジオネラ菌による死者も多数出たから仕方ないけどね。

薄墨桜で有名な根尾村うすずみ温泉

 温泉で力が抜けて眠たくなってくる。冷たい牛乳を飲みながら涼んでいると、いつのまにか肩のコリがなくなっているのに気づいた。
 「う〜ん、やっぱストレスにはツーリングと温泉だよな。」