祖師を訪ねて

〜 一遍上人編 〜

捨聖 一遍上人について(略記) *詳細はこちら

 一遍上人は浄土系「時宗」の開祖で、鎌倉時代(1239年)に伊予国(愛媛県)の道後で生まれました。当時は、平治の乱、源平の合戦、承久の乱と戦が続き、また、天変地異や飢饉なども重なって、まさにこの世の末、死が巷に溢れていた時代でした。
 そんな時代、それまで皇族や貴族などを中心に広まっていた仏教を、真に人々救済の為に生かそうとした宗教家達が現れたのです。法然、栄西、道元、親鸞、日蓮、一遍と、蒼々たる鎌倉新仏教の開祖達であります。
 一遍上人は、これらの開祖の中でも一際異彩を放っています。

 「捨ててこそ」この言葉が一遍上人を語るのに最も重要なキーワードと思います。

念仏の行者は知恵をも愚痴をも捨、善悪の境界をもすて、
貴賤高下の道理もすて、地獄をおそるヽ心をもすて、
極楽を願う心をもすて、又諸宗の悟をもすて、
一切の事をすてヽ申念仏こそ、弥陀超世の本願に尤かなひ候へ、


 すべてを捨て去っていく為に、一遍上人は片時も留まることなく諸国を歩き続けます。まるで、留まることが汚れ(けがれ)であるかのように......

六道輪廻の間には
ともなふ人もなかりけり
独りむまれて(生まれて)独り死す
生死の道こそかなしけれ


 この切迫した孤独を抱えながら、「捨てる」為に歩き続ける一遍上人を思うと、私の心のどこかで不思議なやすらぎが生まれてくるのです。
 
「捨ててこそ」こう心の中でつぶやくと、今、直面している苦痛や怒りが、意味をなさない、取るに足らない事に思えてくるのです。

 一遍上人は、旅立ちから入滅までのおよそ十六年間で、下図の様な足跡を残しています。歩くことしか移動手段がなかった鎌倉時代に、これだけの道程を歩き続けるのは並大抵の事ではないでしょう。事実、随行する人々は道に倒れ、亡くなっていきます。

 ともあれ、私は「一遍聖絵」を旅先案内に、その足跡を訪ね、一遍上人の境涯を僅かでも追体験していけたら本望です。 一遍上人については、また旅の中で記していこうと思います。



一遍上人像
愛媛県松山市宝厳寺蔵)
旅の記録
生誕の地 四国をゆく       2002/07/05 〜 07/08
苦難の道 九州を行く      2002/09/20 〜 09/25
成道への路 熊野へ       2002/10/18 〜 10/19
善光寺 〜 二河白道への路〜 2003/05/24 〜 05/25
教信寺 〜わが屍は野にすてよ〜 2003/12/14
江刺 聖塚 
〜 身をすつる
   すつる心をすてつれば 〜
2005/07/26 〜 07/31