3日目(2002/09/23 月曜)

 今日は、一般道ばかりを400Km以上走らなければいけないし、臼杵でじっくり時間を過ごしたいので起床を5:30とした。外人さんを起こさないように、そ〜っとベッドを抜け出し、荷造りを廊下でする。
 午前6:00 まだ朝焼けの中 桜島YHを後にする。


桜島ユースホステル

桜島の溶岩帯

 路面には、うっすらと火山灰が積もっていて、しばらく走るとタイヤも白っぽくなってくる。コーナーで軽くスリップしてヒヤッとする。
 
 オー 注意!注意!
 植生が乏しく、荒々しい岩ばかりで構成された溶岩帯を走っていると、今までの自然観とのギャップが大きく、異世界を走っているような気がしてくる。南岳の頂から裾野の海岸まで埋め尽くした溶岩を見ると、その計り知れない量と殺伐とした風景に、地球活動の巨大さと恐ろしさを感じずにはいられない。


 日南市へ向かって早朝の道を快調に飛ばす。県道63号付近の広い農場がまるで北海道のような気分にさせてくれる。こんな広い土地で、汗を流して仕事してみたいと思う。
 谷間を縫うように走る国道222号も、適度なカーブやアップダウンが続き気持ちがいい。お陰で楽しく日南市に着くことができた。


日南フェニックスロード堀切峠
日南海岸は、すばらしい快晴で、海も空もクリアーな青。波がほんとに真っ白で、とてもきれいだ。こんな日南フェニックスロードを走れる幸運に、只感謝 感謝 m(__)m
 堀切峠から見る海岸(鬼の洗濯板)のすばらしい眺めは特筆ものだ。峠のドライブインで食べるソフトクリームもおいしいよ〜 ^^

 

 でも、快適なツーリングはここまで。宮崎市から延岡までの約90Kmの国道10号は、ノロノロ運転の連続。時間は刻々と過ぎていくが、距離がまったく稼げない。明るい内に別府まで入りたいんだが。
 焦りで昼食もとらずに走り続ける。
 しかし、ここで新しい発見をした。時間がおしいので、コンビニでナントカゼリー(キムタクが30秒チャージとか言ってるやつ)とリゲインをお腹に詰めると、不思議? いつもなら、空腹や疲れで気分が沈んみ、投げやりになってくるのだが、それがないのだ。
「まだまだやれる!」 そんな気力が続く。 こんな事、いつもはやりたくないが、使える手だなと思った。


 延岡からも国道10号を走る。 ここからは、交通量もグッと減った。僕にしては超オーバースピードで臼杵へと走る。


臼杵磨崖仏全景

ホキ石仏群 阿弥陀三尊像

 午後4:00 今回のツーリングで初めて訪れる線香の匂う場所だ。 臼杵磨崖仏(うすき まがいぶつ)は、時間が遅いためか、休日にも関わらずひっそりとしていた。僕の前を行く一組のカップル以外は誰もいない。
「予定より遅くなって、よかった〜」
 磨崖仏は、もっと山深く険しい地形にあると思っていたのだが、のどかな田園に隣接した低山の谷間にあった。それは、ここが出家者を対象にした修行の地ではなく、信仰厚い庶民の祈りの場であったからなのだろう。それでか、石仏の表情は、どれも柔和で心が和むものだった。
 只、ここはもう信仰の場ではない。(僕のイメージからの独断です)  霊域は観光地へと変貌してしまい、歩いていても何も感じない。 平安から鎌倉時代に掘られた仏像が崩壊していくと共に、聖域も風化していってしまったのだろうか?


 九月も終盤となると、日の沈むのも早い。ちょっとのんびりしただけで、もう夕暮れの気配がしている。急いで、別府鉄輪温泉へ向けて走り始める。高速道路は利用したくなかったが、仕方なく大分自動車道を走る。

 別府インターから鉄輪温泉へ向かう道沿いにはいろいろな地獄があり、見事にモクモクと大量の湯煙がたっている。いよいよ、この旅の最も大事な目的地 一遍上人開湯の鉄輪に入るのだ。

 鉄輪温泉は、まるで歩道のように狭い道路に、落ち着いた温泉宿がいくつも軒を並べたところだった。人も車もゴッチャになって進む道路を、歩行者のスピードで宿を探す。

 今晩、お世話になるのは貸間旅館「陽光荘」だ。一泊3000円 自炊が前提の旅館だ。食事は出ないのでご注意あれ!

 意外にも簡単に宿は見つかり、早速荷を降ろす。宿の方の物腰がとても柔らかく、いっぺんにファンになってしまう。部屋も木造で古いのだが、とても清潔だ。自炊設備も電気炊飯器から鍋、包丁などなど充実していて、本気で自炊生活が行えるようになっている。 僕が「自炊をしないで外食をする」と宿の方に伝えると、少しがっかりされたように思えた。
 
 部屋に入るやいなや、飛ぶようにして宿の温泉に入る。一日の走行の汚れを落とし、ゆっくり湯に浸かる。無色透明な湯は、ちょっと熱めで肌がチリチリとする。これが、また気持ちいいんだよな〜。
 宿の女将さんに、お勧めの食堂を聞いて、鉄輪の街を歩き始める。 日が落ちた街路には人もマバラで、車も通らない。温泉街ではあっても、ここは静かだった。 急勾配の坂道を、家並みを見ながらゆっくり登ると、共同浴場が多いのに驚かされる。宿から5分ほどの食堂までに、三つの共同浴場の前を通った。 それぞれ泉質が違うんだろか? 湯船から聞こえてくる町の人達の笑い声が楽しい。


温泉山永福寺
 実は、今日は鉄輪温泉では最大のお祭り「湯あみ祭り」が終わった日で、あちらこちらに、まだ祭りの旗が残されていた。「湯あみ祭り」は、鉄輪の地獄を鎮め温泉を開拓した一遍上人にちなんで永福寺を中心に毎年(9/21〜23)行われるお祭りで、一遍上人像を渋の湯、蒸し湯にお入れする「湯あみ法要」が行われている。地域にとけ込んだ一遍上人を見られるのは、全国でここしかないと思う。
「あ〜、もう少し時間に余裕があったら、祭り見たかったな〜」

 食堂では、鴨肉のカルパッチョ、店のお勧め 地鶏の唐揚げなどなど、とても豪華に注文し、鉄輪に無事到着できたお祝いをする。(これでも僕にとっては豪華^^) 
 食事を終えてからの帰りは、もうほんとにゆっくり歩く。
 一遍上人開山の温泉山永福寺も通り沿いにある。
 

 小さな温泉宿や民家の中に溶け込むように永福寺はあった。いつも市井の人々の中にあった一遍上人にふさわしい寺だ。
 暗い境内に本堂のみ明かりが灯っている。少しだけ空いた引き戸の隙間から、内部が見え、人の気配がした。中に入れてもらって本尊に手を合わせ、住職さんと何か話がしてみたかったが、「湯あみ祭り」で疲れてみえるのに迷惑だろうと思ってやめた。

 時宗のお寺は、非常に少ない。「捨ててこそ」を教理にする宗派にとって、教団を作り寺を持つこと、在家信徒の物質的に豊かな生活、現世利益を望む人々への布教等々は難しいに違いない。 しかし、消さないで欲しい。その法灯を
 人はいずれ総てを捨てて死に赴く。死の一瞬は、明日かもしれない。ほんの数分後かもしれない。そう思えば、今まさに一瞬一瞬が死の目前ともいえる。
 徹しきれない僕がこんな事書いても意味が無いかもしれないが、その綿々と続く一瞬一瞬に、「南無阿弥陀仏」と唱える人が必ずいるはずだ。その人の為に存在していてほしい。