何もかもが面倒に思われて、「どっかへ行ってしまいたい」って思ったことありません?
 僕はあります。

 いろんな人とうまくやっていく力が萎えて、「一人になりたい」って叫びそうになったことありません?
 僕はあります。

 この世で起こる何もかもが虚しく、「もう消えてしまうか」って思ったことありません?
 僕はあります。

 みんな、逃げ道探してるんでしょうけど。
 でも、めし食わないといけないから逃げ出せない。
 死ぬの恐いから逃げ出せない。
 怒りに似たジレンマはやみませんね。

 皆さんは、どうでしょう? みんなありますよね?
 でも、こんなこと思うのは何も現代人ばかりじゃないようで、昔の人も同じなんですよね。そして、とうとう逃げ出してしまった人が沢山います。
 おっと、自殺なんかじゃないですよ。

 逃げ出す事は、今いる社会を捨てる事とも言えないでしょうか。
 50才にしてすべてを捨ててしまった「方丈記」の作者 鴨長明、武人を捨てて歌人となった西行法師、宮廷生活や愛憎を捨てた「とわずがたり」の作者 後深草院二条 、芭蕉だって世捨て人でしょう。そうそう種田山頭火も

 こういう世を捨てた(遁世)人に惹かれ、そして作品に心が癒されて........。
 でも、この人達はアウトサイダーです。世間に関わらないで逃げ出したまま時を過ごした人達です。

 一方、この人達とは違って、真っ向から人の苦悩に向かい合い、そして多くの人達と関わり、苦悩を解いていった人達もいます。
 それは、多くの宗教家達です。
 なかでも、僕は鎌倉時代に新仏教を開いた祖師達に強く惹かれています。そこに、なんとかなりそうな道が見えるんです。

 随分遠回りな方法ですが、 僕は開祖の足跡を辿り追体験をしていく事で、何かを見付けようと思います。
 あまりに遠回りで、果たしてこの生を受けている内に一歩でも前に進めるのか? はなはだ疑問ですが
 まあ、一歩でも足を進めてみようとする事。それが大切だと思うんです。甘いかな? 甘いだろうな〜

 このページは、そんな私の旅の記録です。
 ほんとに、「A search for spiritual repose」になる事を祈って出立します。