青春18きっぷで,北海道稚内・サハリンへ

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 2002年夏,北海道稚内まで,JR鈍行・快速,そして,フェリーでサハリンに行ってきました。

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末広用語:青春18キッパー

 朝のラッシュ時に中年サラリーマンとの席争奪戦に勝利する,とても18とは思えない(18*3以上の)おばちゃんら。貴女の青春18時代にもう一度会いたい。

 私が通勤で使う,岐阜・大垣間は,青春18切符の期間終了まぎわになると,席に座れなくなります。「青春18切符の人が増えてきましたね」「うーん。通勤時間は避けてほしいですよね」「青春18キッパーには勝てんよ」と大垣駅で交わされる中年サラリーマンの会話。なお,この用語は,私が使い始めたと思うのですが,どうでしょうか。インターネットのみで普及?しているということろも私発祥の有力な証拠?。なお,私がこの用語を使用し始めたときは,青春18の心をKeepする人と切符をひっかけたつもりでした。


タイムスケージュール

  着発 宿泊地・列車時刻  
7月29日(月) 05:44発 岐阜  
    JR東海道本線
05:55着
06:01発
大垣 6 分乗換
    JR東海道本線
06:37着
06:50発
米原 13 分乗換
    JR北陸本線
09:52着
10:26発
金沢 34 分乗換
    JR北陸本線
11:24着
12:26発
富山 62 分乗換 鱒(ます)ずし\1100 を食べる。おいしかった。
    JR北陸本線
14:16着
14:26発
直江津 10 分乗換
    44 分 JR信越本線
7月29日
7月30日
15:10着
06:31発
柏崎 ホテルニューグリーン柏崎

海岸まで30分ほど。日本海に沈む夕日を見る。

7月30日     JR越後線
07:43着
07:50発
吉田 乗換 7 分
    JR越後線
09:00着
09:17発
新潟 待合室から宿題メールを発行
待合室の前の売店で,「はらこ弁当」\920を購入して,列車で食べる。
    村上まで,76分
10:33着
10:43発
村上  
    酒田まで,154分
13:20着
15:31発
酒田 乗換 131分
駅を出て,左のそば屋さんで,納豆そぼ(+かきあげてんぷら)をたべる
    秋田まで,111分
7月30日
7月31日
17:22着
05:45発
秋田 ホテルハワイ駅前店 バス無し \4100 無線LANあり

秋田オフ(4名)で実施。宿題メールをやってよかったと思うひととき。

7月31日     JR奥羽本線
08:35着
09:02発
弘前  
    いわき3号
0932着
1108発
青森 96分乗換。降りたら,潮のかおり。
    海峡5号
13:50着
14:05発
函館 15分乗換
    JR函館本線
17:20着
17:41発
長万部 19分乗換
     
7月31日
8月1日
19:13着
07:45発
比羅夫 駅の宿ひらふ \4800 2食付き
 

8月1日

    ニセコライナー
09:16着
09:34発
小樽  
    エアポート100号,指定席300円必要?
10:06着
10:08発
札幌 2分乗換 注意
    JR函館本線(小樽−岩見沢)
10:49
12:30発
岩見沢 101分乗換
    JR函館本線(岩見沢−旭川)
13:11着
13:30発
滝川 19分乗換
    JR根室本線(滝川−新得しんとく)
14:36着
15:32発
富良野  
    JR富良野線
8月1日   旭川 宿 花菱 旭川市永山2条15 0166-48-1322
8月2日 6:10    
8月2日 12:00 指定先 稚内北星学園大学 サマースクール参加
8月10日 15:00頃 稚内 サマースクール終了
8月11日   稚内
8月12日 10:00 ユジノサハリンスク フェリーでコルサコフ
8月13日    ユジノサハリンスク  
8月14日    ユジノサハリンスク  
8月15日  8:00   ホテルにタクシーが迎えにくる。(350ルーブル)
10:00    フェリーで稚内へ
  稚内着
8月15日
8月16日
13:30着
08:30発
稚内  
     
8月16日
8月17日
14:30着
08:00発
 札幌  
高速バス(北都交通)
12:55着
14:14発
函館
16:41着
17:18発
青森
8月17日
8月18日(日)
21:08着
盛岡
盛岡観光
8月19日(月)
06:02発
盛岡
  東北本線
  07:37着
08;00発
一関
  東北本線 8?両編成,人でいっぱい
  0935着
0951発
仙台
 
  1122着
1133発
福島
 
  1220着
1245発
郡山
 
  1349着
1355発(失敗)
1415発
黒磯 出発の時間をきちんと確認していなくて,乗り損なう。
 
  1508着
1538発
宇都宮 荷物を受け取るための時間がロス
 
  1710着
山手線へ
上野
 
  山手線から
1720発
東京 1720より数分遅れて出発。おかげで乗れた。
       
  1914着
1918発
熱海  15両編成だが,トレイがなく大変であった。 
       
  2148着
2149発
浜松  
       
  2356着 岐阜  あと4分を残して,今日の青春18きっぷ旅行を終了。 
  0030着 自宅 旅行終了

持っていく物

 ノートパソコン,ディジタルカメラ,携帯電話

  時刻表(コンパス時刻表 600円8月号購入し直し ),失敗,大型の時刻表にする。

 決 ディジタルカメラ SONY Cyber-shotU DSC-U10 24500 円購入 関連ページ

このページに関するリンク集

 Google 検索 青春18きっぷ

 東横イン 宿泊(インターネット接続可能)

 HYPERDIA Japan Homepage 時刻表検索

 ロシア サハリン三面記事

調べたこと

時刻表は何がいいか 小型は省略が多くてよくない。大型か中型,コンパス時刻表を選ぶ。購入理由 中型,乗れない列車は太字で分かりやすい
JRバスは18切符で乗れるか 乗れない
旅行に向いたデジタルカメラは 旅行に向いたというより,私も好みで選ぶ。機動が速い。持っていても気にならない大きさ。ホームページの素材と利用しやすい。市販の電池が使用可能。

SONY Cyber-shotU DSC-U10にして,7/21に購入

長良川鉄道は乗れるか? 青春18きっぷでは,乗れない。第3セクタ経営というのがその理由。時刻表の路線地図で,○付き黒細線が,第3セクタ線であるので,これは乗れない。
コルサコフからユジノサハリンスクまでの交通機関 バス。市役所の西方200メートルぐらにあるバスターミナルから,115バス。30分ごと。値段30ルーブル(陸中花輪ライン参考)

鉄道は当てにならない。(『ワールドガイド サハリン』p146)

ルーブルの無く,自分で移動は難しいと判断して,日本の旅行者に相談して,ユジノサンリンスクにいく人に便乗することにする。(そうした)

換金レート 1ルーブル,約4.5円

出発前,7月26日(金) 14:51

 夢できれいな夕焼けのシーンを見ました。眼下に広く海原が見え,雲がきれいなオレンジ色の雄大な風景でした。バスの中から,長良橋の西をみるような感じでしたが,風景は広い海でした。きっと夢の中ではすでに旅行を開始しているのかもしれません。

 稚内からフェリーで,サハリン(コルサコフ)で,5時間半ほどいけます。フェリー代金往復3万円,現地ホテル1泊1万円,ビザ等代行手続き2万円,フェリーの便の都合で,現地で3泊する必要があります。合計で,8万5千円ほどです。(見積り:ロシア旅行社

 行きの列車ダイヤと宿泊地を決定しなくては。20年前にアメリカをバス旅行したときは,行き当たりばったりでしたね。

7月29日(月)出発

 徹夜で仕事,出発前にやりきった仕事は,学校の机の周りの整理,「宿題メール」。やりきれなかっ仕事は,Jマガ,岐阜大学の学生のテストの採点,自宅の机の整理,モバイル用のパソコンの設定。

 モバイル用のパソコンは,いつものリブレットは,AirH"が接続できずで,外ではインタネットに接続できない。NECのノートパソコンでAirH"を試したら,正常に動作するため,AirH"の故障でなく,リブレットの設定の問題のような感じである。原因不明(前にごそごそと設定を変えたのがたぶん原因)のため,再インストールをしなくてはいけないのだが,時間がないため,NECノートに宿題メールと末広ページの作成と更新環境を設定する。このNECノートパソコンは,バッテリーの充電時間が40分(カタログでは11時間)に減っているので,バッテリーリフレッシュを繰り返たら,最悪の20分ほどになってしまった。ないよりましであるので,このNECノートパソコンでやることにする。

 昨晩,時刻表の研究のために利用していた大型の時刻表からコンパス時刻表にメモを転記しようとしたら,まず最初にのる,岐阜駅5:44発の東海道くだりが掲載されていない(補足)。臨時列車もたいてい掲載されているのだが,コンパス時刻表ではなく,大型を持っていくことにした。コンパスは,7月号,8月号と購入して,失敗した。最初から,大型のJR時刻表にすればよかった。

 タクシーに自宅まで迎えに来てもらう。下着等3日分を目安に昨日購入したバックにいれて,宿題メール作業のための書籍とノートパソコン2台,デジタルカメラをいつものアタッシュケースに入れる。ノートパソコン,デジタルカメラの充電器,携帯の充電器のケーブルが多いので,テーブルタップももっていくことにしたが,出張用に用意してあるものがどこにいったか見つからず。大き目のものがあまっていたので,書斎で使用していた小型のテーブルタップと交換する。そのときに,ケーブルモデムなどが電源が落ちて,自動的に回復しなく,インターネットの接続のエラーになる。タクシーも到着したもようであるので,急いで,かばんにつめて,出発。アタッシュケースに入れ方がまずくて,いっぱいでふたがしめにくいが,閉めた。前に,こうやってかばんをしめたときにノートパソコンの液晶が割れたことがあったので,すこしだけ注意。

 デジタルカメラのドライバをインストール後回しにして,インストールCDを持って,列車に乗ったが,よく考えたら,CDドライブのない機種であったので,ドライバのインストールできず。デジタルカメラに写真がいっぱいになったら,それ以上とれない。

 岐阜駅に10分ほど前に到着。やはりこれぐらいの余裕で行動したい。

 岐阜駅の改札口は,今までみたJRの女性の中で一番の美人であった。この旅行はなかなかいい旅立ちである。いつも購入するダイエットウーロン茶をホームで購入。自分の顔とがばんをカメラに収録。先ほどの駅員さんも撮らしてもらうとよかったが,そのときはかばんの中であった。今から採りに下に下りていくと,乗りそこなう危険があるので,あきらめてホームで待つことにする。

 ホームにきた列車に乗る。東京からの快速(大垣臨時夜行)であるので,みんながだれだれで寝ている。乗車率は,90%程度であるので,簡単に座れた。大垣駅で乗り換え。急いで乗り換えをしないとすれなくなる可能性があると知っていたので,いそぐ。階段で,かがとを踏まれる。おいおい,誤れよ。踏んだ人を確認したが,知らない顔をしていってしまった。階段を上がったところで,荷物を落としながら走っている女性がいて,おいおいと思ったら,本人が気づいて拾いはじめる。かばんの口はきちんとしめなくてはと思った。

 米原(まいばら)で乗り換えして,北陸に向かう。陶磁器の勉強している専門学校の美人女子学生と向かい合いで座る。金沢まで,楽しく,お話をした。

 北陸を東北を上る。

 福井で,お昼頃になったので,お弁当を購入することにした。乗り継ぎ時間があるので,近くのデパートでマス寿司を購入した。売り場の近くには,大きなスイカが売っていた。

 駅のホームに入り,マス寿司を食べた。太い輪ゴムでふたが締めてあるので,とるのに一苦労。油断して失敗すれば,寿司が飛び散るかもしれない。絶妙の酢,甘さ,塩辛さで,とても美味(補足2)しかった。

 新潟県柏崎(かしわざき)で列車を降りる。ホテルは,駅の前であった。

 補足 コンパス時刻表では,大垣夜行は,前の季節臨時列車のところの掲載されている。

 補足2 「今日の都道府県」シリーズのため検索をしていたら,福井県の名物であった。

 補足3 柏崎は,北朝鮮拉致事件で有名な土地であることを帰宅後気づく。

7月30日

 柏崎から秋田に移動,秋田で宿泊。現地で,オフ会。

7月31日

 昨晩は,携帯電話の目覚ましで,3:45に設定したつもりが,できてないく,4:30に自然に起きた。5:45発の列車に乗るためには,ホテルは5:30にでなくてはいけない。部屋を出る準備に5分をかけるとすると,4:25がタイムリミットである。宿題メール,できるかどうかわからないが作成開始。今日の漢字はやめて,特集の「夏ばて」は,すべて掲載する時間がないと判断して,明日の宿題メールにいくつかまわすことにした。まだまだ,やりたいところだが,5:30が近づき,急いで,まぐまぐ,Pubzine で送信を指示。そこらへんにあるものをどんどんかばんにつめて,急いでロビーで,チェックアウト,両手にかばんを持ちながら小走りで駅に到着。5分まえに駅の建物に到着して,入り口まで結構あるので,少し心配であったが,3分ほど前には列車に搭乗。

 青森行きの列車はがらがらであった。朝も早い。2両編成で先頭の車両に乗ったつもりが,走り出すと後ろであるとわかった。またまた勘違いである。地図で確認すると秋田駅は西向きの駅であった。てっきり南向きの駅と思っていたので,南から駅に向かうと右の方向に列車がすすむと思っていたが,西向きの駅で列車は,北西に向かって,だんだんと北に向かうため,駅に歩いていくと,左方向に列車がでたわけである。前の車両に移動。

 ほとんど田園風景を走る。沼がときどきあるなと思っていて,地図で確認したら,○○の近くを走っていた。やはり土地が低いところなのであろう。昨晩聞いたいた,セーラムーンは乗ってこず。単線のせいで途中,駅で待ちながら進む。

 ディジタルカメラがいっぱいになり,要らない写真を整理してら,30枚ほど削除して,余裕ができた。早めにメモリースティックを購入しなくてはいけない。8Mのメモリで,100枚ほど保存できるので,128Mを購入すると,1600枚保存できる。これだけ入れば安心である。

 青森駅に到着。駅を出たら,いきなり潮の香りである。「青森駅は雪の中」ではなくて,「潮も香りの中」であった。函館行きに乗るために,1時間30分ほどの空き時間である。かばんも重たいし,ロッカー(\300)にいれえ,散歩をしようと思ったが,今日の挨拶も更新していないので,更新に挑戦することにした。ロッカーのとなりのドトールコーヒ(補足)で,だめもとで,「ノートパソコンの電源をお借りできますか?」とたずねたところ,席まで案内しくれた。さすが,ドトールである。昨日のJR経営のコーヒーショップのいやそうな顔をした対応(結局断られた)とは天地の差であった。挨拶を更新,このページも書くことができた。岐阜駅にもドトールがあるが,店員の対応のよさはいい。青森駅のお店も,私のお気に入りになった。ドトールコーヒさんに末広ページに広告をお願いしたくなった。

 青函トンネル

補足

 ドトールコーヒーは,岐阜駅でも気持ちよく電源をかしてくれた。同じ系列の岐阜駅の「セクセルシール」はだめ。

8月2日(金)

 特急を南稚内で降りる。学校の職員の方が,看板を持って立っていてくれて,ありがたかった。その方の車で,学校まで送ってもらう。受付をすませて,AirH"で,メールチェックを行う。

 15:00から開講式であった。挨拶にたった丸山学長は,学長に見えない服装であった。15:30からは,最初の講義で,鈴木先生から「Linuxのユーザ登録の仕方」を受ける。16:30からユーザ登録の実習し,18:00 から夕食。生ちらし丼であった。海産物がおいしい。しいたけの出汁のソーメンをおいしかった。夕食後に実習を20:00まで行い,バスで宿泊所である,「青少年の家」に送ってもらった。宿泊所の前にある童夢(どうむ)という浴場にいく。夜だからよくわからなかったが,海岸沿いの浴場である。昼間はさぞかし景色がいいであろう。学校より2回分の招待券をもらっていたので,それを利用した。お風呂からの帰り道に,阿蛭(あびる)さんと野上さんといっしょに散歩しながら帰る。帰り道に,インターネットでは私は有名であると,一人がいったら,たぶん,私の方が有名であると,他の2人も言って笑いあった。

 宿泊の部屋は10人部屋で,40歳代が中心であった。参加者の最年長組のようで,前半,後半の通じてのものばかりであった。

8月3日(土)

 お昼は,ホタテカレーかビーフカレーを選べた。夕食は幕の内弁当。食堂で話してた若い女性は,高校1年ということで,最年少参加であろう。高校の先生のお勧めで参加したそうである。名古屋の学校ということで,だんだん話をしていくと,岐阜の美濃市出身で,高校で愛知県に行っているそうである。話が突然すすんで,私の高一の娘と,中学時代の塾で同級生であったことが発覚した。日本の最北端の町のサマースクールでであるとは不思議である。

8月4日(日)

 お昼は,味噌ラーメンかチャシューラーメンを選べた。味噌ラーメンを選んだ。夕食は,シーフードのミックスフライであった。

8月5日(月)

 システム管理コースも3日目で,勉強は山場である。WWWサーバの立ち上げかたを勉強する。利用するソフトは,Apatch である。Apatch は,a patch で,「ひとつのパッチに過ぎない」という名前であろうか。

 ディジタルカメラでできるだけ写真に撮ろうと思っているが,精神的に余裕がないとなかなか摂れないものである。

 まず,Apacheのダウンロード,コンパイル,インストール,conf ファイルの設定を実習をした。アクセスコントロールは,実習時間が不足でできず。かわりに,CGI の実習をがんばった。

 夜は,懇親会があった。今日もまた太ってしまった。学長の丸山先生の挨拶があった。

 風がなく講義室は汗だくであった。実習室は冷房で快適であった。

8月6日(火)

 朝から雨。

 本日は,前半コースの最終日で,午前中の実習で終了である。私は,宿題メールの作業とホームページの更新を行っていた。今回の参加の目的は,「Linux に慣れる」であったので,目的は達成した。

 「修了証」を全員名前を呼ばれて渡してもらった。そのときに,できるだけディジタル写真に納める。お昼は,体育館でバーベキー。天候がよければ外の予定であったが,あいにくのぐずついた天気だったので,体育館であった。15時から,後半コースの開始であるので,空いた時間は,宗谷(そうや)岬まで,バスハイクがあった。宗谷岬の展望台はとくに風が強かった。髪の毛が立ってる藤木先生の髪がさらに立った。

8月7日(水)

8月8日(木)

 Mailの設定の講義を受ける。ソフトは,Postfixを利用する。4人グループで,実習をしており,マスター担当の方から,メールサーバの設定は,斎藤さんやっということで,がんばる。といってもほとんどわからないので,回りの人に,質問しながら設定。なかなか動作しなかった。DNSの設定ミスで,メールがループしていて,原因を究明してもらい無事動作した。動作するにあたり,関係するところが複数あり,簡単に設定ができない。これだけ見通しが悪いと,穴も開いていても気づかないであろう。この設定の状況だと,自分が立てたサーバだから安心と思っている技術者が少ないであろう。

 旅行社に電話して,ロシアのビザの状況を確認した。8月9日にロシア大使館よりもらえるので,8月10日(土)に稚内でもらえることになった。そのため,書留で送ってもらえるよう,急いでホテルを決める必要がある。大学の事務室で相談して決めた。稚内は,この時期,1番の込みぐらいというこであった。1つ目はいっぱいで,だけ,2つ目でいっぱいでだけ,そこで,3つ目のホテルを紹介してもらい,そこで,なんとか泊まれることになった。1泊2食で1万円で。ホテル氷雪に決定した。こちらは,われわれ本土から来た人間には,涼しいを通り越して,寒いぐらいなので,部屋の仲間に「ホテル氷雪」を予約したといったところ,「冬には絶対泊まりたくないね」って笑いあった。フェリー乗り場のすぐ近くで,こちらに旅行しことがある人にはおなじみのホテルであった。

 夜は,童夢(温泉)にみんなと行った。2回目である。露天風呂があることに気づいて,入る。扉を開いて,外に出ると,風も強く(台風みたい)で寒い中,湯船につかる。温泉は,水酸化ナトリウムが強いせいか,肌がぬるぬるしてきて,気持ちがいい。後は,霧のサウナに鈴木さんと入り,おしゃべり。

 湯上りは,近くのよろずや(コンビニ)によって,帰る。部屋で,24時前まで,おしゃべりをする。部屋は,12人部屋で,10人が泊まっている。平均年齢は,40歳ほどである。

8月9日(金)

 朝6時前に起床。インスタンスコーヒーを飲むのに,洗面所のお湯を使えばいいことに気づいて,作って飲む。急いで宿題メールを作成した。7時20分に,バスで朝食会場(稚内グランドホテル)に移動するため,それまでに,問題文までを作成する。バスで移動。今日は,曇り。道には,「無事カエル」。

 朝食は,いつものメニューである。支配人?をはじめて,みなさんよく働いている。

 バスで,学校に移動。学校は,8時20分ほどに到着。急いで,実習室にいき,メールのダウンロード,宿題メールのコメントを部分を作成する。なんとか,9時に発行をする。

 9時から,実習。午後のはじめは,IDSの講義である。

 IDS(Intrusion Detection system)は,日本語では,侵入検知システムである。Snort(スノート)のインストール,設定の仕方を勉強。snortは,馬が鼻を鳴らすという意味がある。システムへの侵入を知らせる=警告を鳴らすということで,snort という言葉がついたのかもしれない。

 夜は,パーティである。

8月10日(土)

 研修は午前中で終わり,実習を行う。実習中に,「○時○発のどこどこ行きの飛行機に乗られる方は,1階玄関まで」と放送が入り,学校の貸切バスで,稚内空港まで送っていだける。ほとんどの氷魚は,最後まで,おり,お昼は,バーベキューを食べた。途中で抜けるシステムであった。残っているもので,お昼は,バーベキュを食べた。天気がよいと外で行うのだが,あいにくぐずついていたので,体育館で行う。宗谷牛をはじめ,ホタテ,あと,かぼちゃのもちみたいのものとか出してもらった。

 バーベキューの会場で,丸山先生,金山先生と名刺を交換してもらった。劣等生であったので,気兼ねしてなかなか話せなかった。先生と遠慮して話せない,生徒の気持ちを味わえた。

 稚内駅のバスがでることになったので,途中で失礼することになった。駅に向かったほとんどの人は,JRの特急で旭川方面に行く。私ともう一人が駅で残り,もう一人の方は,フェリーで離島観光に行く人ある。私は,サハリンに行くために,この稚内で2泊をする予定です。私の宿は,フェリー乗り場の前であるので,二人でフェリー乗り場まで歩いていく。角を曲がると,全日空ホテルが目に入った。ここが稚内で一番いいホテルだそうだ。隣に,なにか施設のようなものがあり,浮き輪を持った子供が入っていった。どうやらプールらしい。後で確認したら,幸運なことに,水夢館という市民プールであった。フェリー乗り場の前で別れて,私はホテル氷雪に入った。ホテルというより旅館という感じである。部屋は,二人用ぐらいの大きさで,畳の部屋であった。トイレバスつきである。

 このホテルで,今日,ビザとパスポートを受け取ることになっている。フロントに確認したら,まだ届いていないとのことであった。最悪,明日(日曜)じゅうにつかないと,フェリーに乗れなくなるなと思い,部屋に戻って,メールのチェックをして,すこしうとうとしたところ,フロントから電話があり,郵便が届いたとこのこと。書留でなく,宅急便の日付・時間指定で届けてもらった。さっそく部屋で中身を確認。パスポート,ビザ(パスポートにシールで添付)を確認した。ホテルは,ツーリストホテルから,オリエンタルホテルに変更したとのメモがあった。これで一安心である。これで,サハリンに渡れることになったが,次の問題は,サハリンについてから,ホテルまでの足の確保である。サハリンには,フェリーで,コルサコフ港に17:30着である。泊まるホテルは,ユジノサハリンスクという町であるので,港についてからホテルまでの足を確保しなくてはいけない。また,ユジノサハリンスク市でまるまる3泊4日あるので,中2日はまるまる時間がある。その観光も工夫しなくてはいけない。携帯で,東京のロシア旅行社に相談のしたところ,土日なので,もう何も手配できなとのことである。フェリーの中で,サハリンに行く人に相談して,便乗しなさいとのことであった。それは不安なので,稚内の旅行代理店に相談するこにした。

 サハリン行きのフェリー乗り場確認のために,フェリー乗り場に行った。掲示板をみてもどこにもサハリンの文字はないので,窓口にたずねたら,サハリンは乗り場が違うそうである。確認しに来てよかった。だいたいの場所を聞いた。私以外にも,当日,ここだと思って来る人も多いと思うので,掲示板でそのことをはっきりと明示しておいた方がいいであろう。あとで,また,この乗り場に来たところ,フェリーのない時間は窓口にすべてしまっている。一箇所ぐらい相談のためにあけておいてほしい。

 窓口に近くに観光案内があったので,地元の旅行社を紹介してもらった。地図ももらって,そこに丸をつけてもらった。北都観光という会社である。そこまで歩いていくことにした。北防波堤の変わったアーチを見ながら散歩である。北都観光の窓口にで,相談したところ,土日なので,もう無理,さらに,サハリン観光に詳しいものが今不在でよくわからないとこのとこであった。なんとかしてほしいと食い下がったところ,詳しい人(その会社の社長)に連絡をとてから,携帯に電話をするといってくれた。地元でオプションで観光をできないかと尋ねたら,サハリンはそういうものはなくて,通訳を専属につけて観光するパターンと言われた。

 北都観光を後にして,町を散歩しながら,ホテルに帰ることにした。先ほどのプールによって,時間と料金を確認してきた,21時に終わり,プールだけだと600円であった。日曜は18時にしまる。今日は,夕食後に来ることができるし,明日の日曜は,お昼の後に来ることができる。

 全日空ホテルによって売店をのぞく。間宮林蔵を話題にした本を聞いたがないとのことであった。1Fのレストランは,ケーキ+コーヒーのセットで,600 円とあった。安い。再度,北防波堤によたら,舞台の上でソーラン節の踊りのパフォーマンスをしていた。お客がいなく寂しかった。ホテルの食堂に入ったところで,携帯がなり,北都観光さんあらであった。やはり今からでは無理とのことであった。

 夕食は,カニを中心に,一人分の土鍋,刺身等である。私の場合,料金+面倒 > うまさ であるので,かにをレストランで注文することはまずない。出たものはありがたくいただく性格なので,おいしくいただいた。

 夕食の後,プールに行く。時間も遅いせいかガラガラである。初めてのプールなので,ロッカーとか泳ぐまえにタオルをおいておくところがよくわならなくうろうろして,係りの人に聞きながらなんとかする。プールは,数人泳いでいた。隣接して遊び用の流れるプールもあり,そこいらも数人の子供がいた。25メートルプールのほうは,競泳用プールと呼ばれていた。そこの3つに仕切ってあり,1つは,浅めにして子供用,大人用は,25メートルを完全に泳ぐコースと,自由コースに分かれていた。自由コースでいつものおおり,1時間ほど歩くことにする。岐阜のプールは,年寄りがわんさか,歩いているが,旭川の永山といいこの稚内は,歩いている人は私だけである。そして,泳いでいる人も平均年齢は30才にいっていない感じである。1時間ほど歩いて,サウナにはいて出てきた。ロッカー室で測ったところ,体重は,88キロ?のようである。夕食後であるでの,多くはあるのだが,やはり旅行で太ったと思われる。

 9時にホテルに帰り,メールのチェック,だらけて,横になる。

8月11日(日)

 朝は,6時ごろに起きる。メールをチェックをすると,まぐまぐから,宿題メールプレミアが発行していないと注意のメールが届いていた。すっかり忘れていた。朝食を食べて,宿題メールプレミアを作成してと思いながら,転寝をしてしまう。時計をみると,17時すぎであり,さすがに研修がないとだらけて,1日無題にしていまったとびっくりしておきて,再度,時計をいると,10時であった。いそぢで,宿題メーウプレミアを発行,それから,身支度を整えて,今日の活動を開始した。

 まず,サフリン行きのフェリーの乗り場の確認。それらしく場所あたりで,猟師の人に,サハリン行きのフェリー乗り場を訪ねたら,フェリー乗り場,あそこといって,昨日のフェリー乗り場を指したので,そこではなくて,ここらへんにあると思うと再度たずねたら,そういえば,そちらの方向にフェリーが止まっていることあると指を刺してくれたので,そちらの方向に歩いていく。途中に公共の建物があり,そこに入ったら,受付の人から,コインロッカーを使いに着たのか? とたずねられた。この会館は,オートバイで旅行している人が,コインロッカーとシャワーを使いにこれるようになっている。猟師の人も使うのかもしれない。サハリン行きのフェリー乗り場を探しているといって,教えてもらった。会館を出て,やっと見つけた。小さな事務所があった。今日は船がでるわけではないので,閉まっていた。私は,フェリーの切符を持っていなく,予約確認書のコピーを持っているだけである。昨日いったフェリーの窓口で切符を交換の上,こちらの乗り場に来るなら大変であるなと思いながら,再度,ホテルのほうへ帰っていった。水夢館から海沿いにこれが近いことがわかった。

 そろそろお昼どきなので,地図においしいと書いてあったらラーメン屋さんに行くことにした。メニューの最初に「赤味噌ラーメン」と書いてあったので,これがこの店の売りあろうと思いそれを注文した。チャシュー付にもできるとのことであったらの,チャシューもつけてもらった。食べたあと,本屋さんにより,サハリンのガイドブックを購入。すぐに見つけることができた。この6月に発行したされたばかりであった。サハリンだけで1冊になっているのはありがたい。店員さんに,間宮林蔵を話題にした本がないかとたずねたら,ないとのことであった。子供向きに抱えた本とか,地元の教育委員会推薦おかで,ありそうであるが,ないとのことであった。山の上に塔があり,そこに資料館があるので,そこに行けばあるだろうと思い,行くことにした。食事の後であるし,上まで歩いて行こうと思ったが,神社の階段を上ったところで,しんどさを感じたので,ロープウェイを利用することにした。乗り場の近くで,ロシア人の野球チームとまたであった。先生と挨拶をした。ロープウェイは,往復で260円と安い。さっそく乗り込んだ。上につくと,塔までまだ歩かなくてはいけなかった。いい天気で気持ちがよかたが,結構な坂道で,いい運動になる。塔に着いて,入場料400円を払い中に入る。エレベータで上まで上るととてもいい景色である。天気もいいので,サハリンも見えた。下にある資料館の売店で,間宮林蔵の本はないかとたずねたら,こちらにもなかった。白い恋人たちというお菓子の絵が入った,缶が冷やしてあったので,購入。チョコレートドリンクであった。近道をして,ロープウェイ乗り場に下りていった。素敵な刑しkがあった。ホテルへの帰り道,プールによった。プール上がりに,北海道限定の○○を飲む。アメリカのタブの味ににているかもしれない。コーラ系である。ホテルの夕飯は,昨日とほぼ同じで,土鍋が昨日は,いかであたが,今日は,肉であった。夕食のあと,30分ほど繁華街らしきを探して散歩をした。スナック街は寂しかった。駅の近くに1件しかないお思われるコンビには込んでいた。歯ブラシを購入した。

 部屋にかえってから少し横になり,22時ぐらいから,明日のサハリン旅行のための情報をインターネットで集めることにした。調べている間に時間がどんどん経過,宿題メールを作成・発行。サハリン行きのかばんの整理をして,結局,徹夜になる。旅行に出る前の徹夜は最近,習慣のようになっている。どうせ,旅行の移動中に居眠りができると,無意識に計算しているのであろう。

8月12日(月)

 朝食を早めにたべ,かばんの整理をし,アタッシュケースの方をホテルに預けた。15日にはこのホテルに再度泊まる予定である。

 サハリン行きのフェリー乗り場に行く。またまた,ロシアの少年野球のチームと出会う。

 フェリーの中で,同じ畳のコーナになった人がサハリンに旅行なれた人で,ホテルまでの送迎の面倒を見てもらえることになった

 海は,黒々としていた。

 フェリーの中で,55年ぶりに生まれ故郷を訪れるという方とお話をした。昭和22年,12歳のときに,樺太(サハリン)が引き上げたそうである。

 サハリンの町が見てくると,日本とは違う風景であることを感じた。

 13日(14日もお願いしていたがお断りした)のガイドをお願いした。夜に私の方から,指示されたところに電話するという約束であったが,ホテルからうまく電話をすることができなかった。泊まっているホテルが先方の分かっていると思い,そのまま待つことにする。

 夕食は,ホテルのカフェで取ることにした。食べていたら,フェリーでご一緒したご婦人3人組がその店に入ってみえた。現地のビールはうまいかどうかを聞かれたが,海外で,おいしいわけがないというのが私の持論なので,そう答えた。結局,現地のビールを頼まれた。結果は,「おいしい」かったそうである。私の食事もおいしかった。サハリンは,日本人の口にあつところからもしれない。

 部屋に戻り,うとうとしていたら,電話は残念ながら,男の人からであった。案内は,朝の9時から夕方7時までで,100ドルということになった。車も出してくれてガソリン代はいらないということであった。入場料や食事代は私が持つという約束である。

8月13日(日)

 朝食を8時30分ぐらいにホテルでとる。またまた,ご婦人3人ぐみと同じであった。一人は,浴衣であった。樺太(サハリン)は,日露戦争後は,日本領土であり,太平洋戦争末期,不可侵条約を破ってソ連が攻めてきて,ソ連領になった土地である。そこを浴衣であるくとはなかなかのおばちゃんである。昭和20年に引き上げで,ソ連の兵士とは出会っていないそうである。

 案内兼通訳の人を待つ間,フロントでパソコンがおいてあり,インターネットもできるそうであるので,利用した。(無料かなと思っていたが,チェックアウトのときに料金を数ルーブル請求された)。ダイヤルアップであった。末広ページの伝言板に書き込みをした。スピードは,40Kbps程度であろうか。

 9時に案内の人と待ち合わせ。少し遅れてみえた。サハリンは,すこし時間にルーズといううわさであったので,あまり気はしなかった。あらためて,お名前をお聞きした,お名前は,オレグさんである。私のメモは,俺good と書いておいた。

 まず,私は,お金が円しか持っていないため,両替をすることにした。銀行は,10時からということであったので,サンタリゾートホテルのフロントに行くことにした。そこは,両替をしてくれるそうである。きれいなホテルであった。料金も1泊300ウンドルとか行っていた。そういえば,ロシア旅行社に手配をお願いしたときに,26000円出してもらると,最高級のホテルが手配できると言っていたが,ここのことであろうか。しかし,このホテルに泊まったら,歩いての観光は無理。

 次に両替の場所として,市場の中につれていってもらった。4万円を300ドルと残りをルーブルにすることにした。

 次は,郷土史博物館にいった。しかし,開館の時間は,11時なので,見ることはできなかった。展望台につれていってもらうことにした。展望台への道は,舗装がかなり老朽化しており,穴だらけで,大変な走行であった。展望台は,廃墟となったホテルがあった。スキー場,ジャン台の後らしきものがあった。かっては高級ホテルであったそうである。ごみ焼却所の煙が横になびいていた。ダイオキシンをいっぱい流しているであろう。

 次は,美術館にいった。工事中であったためか,係りの人がついてきてくれて,一部屋ずつ,鍵をあけながら,見学をした。隣に図書館があったので,ついでにのぞいた。日本との交流のための,子供の絵と北海道の写真愛好家?による写真の展示が別にあった,こちらは料金(2人で30ルーブル程度)が必要であった。

 図書館の雰囲気は,日本の昔ながらの図書館のようであった。本は,閲覧式ではなくて,書名をいって出してもらう方式である。案内の人が,インターネットも無料できるといったので,お願いしたら,職員が使うパソコンでやらせてもらえた。日本語の表示はできたが,日本語の入力は無理のようであった。末広ページの伝言板にローマ字で書き込みをした。スピードは,かなり遅い。末広ページのトップページは,漫画もありカウンタもあるので,表示は分単位の待ちである。10Kbpsとかぐらいであろうか。パソコンの裏を確認しなかったが,LAN接続のようである。

 お昼ごはんにすることにした。「普通のサラリーマンが食べるもの」と希望したら,アメリカ風のファーストフードかなと言われたので,ロシア風がいいといったら,ガガーリン公園のすてきなお店に連れて行ってもらった。日本のランチ程度の食事+コーヒ,2人分で,日本円で1500円程度。現地の人には,高価な食事のような気がする。お店の雰囲気は,日本の店とみても素敵な店であるので,日本なら,ここの倍の金額という感じである。

 ガソリン代を負担してもらっているので,申し訳なかったが,トゥナイチャ湖に行ってもらうことにした。湖にいく道は,両側に木が茂って素敵な道である。湖について,いい景色のところに行こうとしてら,通行止めになっていた。警察が閉鎖しているようである。魚の密猟を防ぐためらしい。この湖ではないが,他の湖を見に行った。そこは海とつながっているようで塩水であった。海草と思うが,カセットテープのテープのような形状で地面にかなりの層になりフアフアであった。

 海から鱒(ます)が登るところがあるということで,つれていったもらった。こちらも,警察が通行止めをしていたが,通してくれた。通訳の人に言わせるといい人だったとのことである。ついたところは,まず,カラスがいっぱいであった。海にはアザラシが数頭いる。野生のアザラシをみるのは初めてであるので,感動した。ただ,頭しか海から出さないし,人間が海に近づくと逃げてしまうので,あれが,アザラシであると教えてもらわないと分からない。海の鳥も水面に浮いていると,鳥かアザラシか区別がつかないが,見ていると飛ぶのが鳥で,もぐるとか泳いでいるのがアザラシである。。カラスもアザラシも登っている魚が目当てだそうだ。カラスは,杭の上で近づいてもじっとしている。オレグさんの話だと,おなかがいっぱいで休んでいるそうだ。牛の数頭おり,そばを歩いて川に向かう。鼻を鳴らしえ,こちらを威嚇する牛とか,近づいて目があるとさっさと逃げていく牛とかいる。少し怖い。

 川が海に流れるところは,段がいくつか作ってあり,1/3 ぐらいがわなとなっており,捕まえるようである。警備の人間が2人いた。魚は,流れがゆるくなったところで,じっとしている。登るのは夜という話である。ひとつの塊が100匹は優にこすので,全体では1000匹は軽く越しているであろう。ここでキャンプをして,登る瞬間を見たいものである。

 帰り道,警察の閉鎖しているところにきたら,車のトランクに魚を積んでいなかどうかのチェックがあった。素敵な木の道をまた帰った。

 夕方になり,自由市場を見学した。もう,店じまいをしていた。安いそうである。オレグさんはでもここではかわずに普通の店で買うといっていた。地図を買おうということで,最後に本屋さんに案内してもらった。本屋さんは,コンビにぐらいの大きさの店で,日本の本屋のイメージからするとかなり小さな本屋である。ハードカバーが中心である。ハリーポットも4巻とも翻訳で出ていた。ロシア語のスターウォーズもいくつかあった。スターウォーズのエピソード2は,日本では,カラー写真のページが入るが,こいらは,表紙以外は文字だけある。活版印刷であろう。

 夕食もいっしょにどうかとお誘いしたが,次の仕事があるということで,6時30分ぐろにお別れをした。2日後のフェリー港までの送迎の手配をお願いした。できるかどうか,返事待ちになった。

8月14日(


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