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平成9年12月撮影


 名古屋城は、慶長15年に天下普請として豊臣恩顧の外様大名20家に助役を命じて築城されました。
 石垣(石塁)工事は、天下普請の助役大名に分担させ、本丸付近の各大名担当場所(普請丁場)は下記の図のようになっていたと言われています。
 各大名は、複雑な分担と他家との競争もあり、石垣の材料を各地から苦労して取り寄せ、大切な石材の紛失・盗難を防ぐため、石材に「刻紋(刻印)」を付けて所有者を明確にする必要がありました。
 名古屋城の石垣には、当時を偲ばせる刻紋(刻印)が付けられている石をあちこちで見ることが出来、刻紋(刻印)の一例をご紹介します。
                    


                           
 
  名古屋城築城助役大名一覧

   領 地   大名(氏名)  石 高

  ・筑前福岡  黒田長政  52.5万石
  ・豊前     細川忠興  39.9万石
  ・筑後     田中忠政  32.5万石
  ・豊後佐伯  毛利高政   2.0万石
  ・豊後高田  竹中重利   2.0万石
  ・豊後臼杵  稲葉典通   5.0万石
  ・豊後日出  木下延俊   3.0万石
  ・肥前     鍋島勝茂  35.7万石
  ・肥前     寺沢広高  12.0万石
  ・肥後熊本  加藤清正  52.0万石
  ・伊予     加藤嘉明  20.0万石
  ・阿波    蜂須賀至鎮  18.6万石
  ・土佐高知  山内忠義  20.3万石
  ・讃岐     生駒正敏  17.0万石
  ・長門、周防 毛利秀就  36.9万石
  ・加賀     前田利常 119.2万石
  ・飛騨高山  金森可重   3.8万石
  ・播磨姫路  池田輝政  52.0万石
  ・安芸     福島政則  49.8万石
  ・紀伊     浅野幸長  37.6万石




 だんご3兄弟の刻紋 

中日新聞4月1日付け夕刊に掲載され、4月3日のテレビで報道された、名古屋城石垣に刻まれている
だんご3兄弟」の刻紋がある石は、下の刻紋一例の中にも入っていますが、「たんご3兄弟」の刻紋が
ある石のみピックアップしてみましたのでご参照下さい。
なお、この「三串団子」の家紋は、加賀前田家の家臣が石に刻んだものでないか報じられています。






石垣の石に刻まれた「刻紋(刻印)」

  

  

  

  

  


天守閣展示室  金鯱城   
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