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名古屋城復興・現存建物のページ

  慶長15年(1610)、徳川家康が九男「義直」のために天下普請として外様大名20家に命じて
築城に着手、大阪方への押さえとし僅か4年の歳月で悌郭式の平城を慶長19年(1614)に完成。
 また、織田家ゆかりの清洲から「清洲越し」と言われているように町毎移住、新たな城下町を
築き発展させた。以後御三家筆頭として16代にわたり世襲し明治を迎え、幸いにも取壊しを免
れたが戦災での焼失が惜しまれる。

   焼失前の名古屋城本丸
焼失前の名古屋城本丸の航空写真  名古屋城は、本丸の西北端に天守閣、東北・東南・西南の角に隅櫓を配置。南側の大手口に枡形を形成し表一之門・二之門を設け、搦手の枡形に東一之門・二之門を設けて本丸の備えとしています。 また、本丸には将軍家が上洛する時の宿泊施設としての「本丸御殿」があった。
 この写真は、焼失前の写真で国宝級建物が林立する名古屋城が偲ばれます。
                              
      

天 守 閣
西之丸から見た天守閣           <復興再建>
 名古屋城の天守閣は、天守台が加藤清正、建物を小堀遠州が担当して慶長17年(1612)末に完成といわれている。
 天守閣は外観が五層、内部が地上5階・地下1階の五層六階の大天守閣。高さでは江戸城・大阪城に及ばないが延べ床面積では史上最大、姫路城の倍以上もある日本一大きい天守閣である。
 御三家筆頭「尾張徳川家」の地位を誇示する金シャチを頂に載せた尾張名古屋の大シンボル。 昭和34年に鉄筋コンクリート造りで復興再建された。
                               
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小 天 守
御殿跡散策路から見た小天守           <復興再建>
 名古屋城の天守閣は、大天守・小天守の二つの天守で構成されてる。二つの天守は外側に剣を付けた剣塀の通路で結ばれており、小天守は天守閣への関所の役目を持った関門であった。
小天守は千鳥破風を持った二層2階の建物である。
 小天守は天守閣とともに戦災により焼失したが、昭和34年天守閣とともに鉄筋コンクリート造りで復興再建された。
                               
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  東 南 隅 櫓
二之丸から見た東南隅櫓            <重要文化財>
 名古屋城本丸の東南(辰巳)の隅に建つ櫓で辰巳櫓とも呼ばれる。
 外観は二層であるが内部が3階になっており、東側屋根に唐破風を付け、出窓が石落しとなっている。
 例年、秋の菊人形の時期に公開されている。
                              
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  西 南 隅 櫓
西の丸広場から見た西南隅櫓           <重要文化財>
 名古屋城本丸の西南(未申)の隅に建つ櫓で未申櫓とも呼ばれる。
外観は二層であるが内部が3階になっている。
 明治24年の大地震で石垣とともに崩壊したが宮内庁により復旧され「菊の御紋」の瓦を載せている隅櫓。
 構造的には東南隅櫓とほぼ同じであるが唐破風の無いところが大きな違い。
 内部が未整備とのことで公開されていないが、将来的には公開することも模索されており、早期の公開を期待したい。
 
                             
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  西 北 隅 櫓
水堀越しの清洲櫓           <重要文化財>
 名古屋城御深井丸の西北(戌亥)端に建つ隅櫓で清洲城の用材を利用して築造されたため「清洲櫓」とも呼ばれる。
 名古屋城に現存する隅櫓の中で最も大きく、唯一外堀(水堀)に面して建っており、優雅な姿を水面に映している。
 この隅櫓は三層三階の櫓で建坪202.41m2、延床面積493.32m2、屋根は入母屋本瓦葺きで名古屋城築城当時の原型をとどめ国の重要文化財になっている。
  例年、5月連休頃に一般公開がされている。
                             
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表 二 之 門
西之丸から斜めに見た表二之門             <重要文化財>
 名古屋城本丸の大手枡形の外側に位置する高麗門で扉・柱は全て鉄板で覆われている。
本来は表一之門と対になっていたが戦災で焼失したため二之門だけが現存している。
 門の白壁と石垣、隣接する東南隅櫓と一緒に見えるこのアングルが名古屋城で最も古城の雰囲気を醸し出している。
                             
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正  門
名古屋城の正面入口となっている正門             <復興再建>
 名古屋城西之丸の入口あたる、かっての榎多門で昭和34年に天守閣の復興と同時に再建された。
 戦災前に江戸城の「蓮池門」が移築してあったが戦災で焼失。現在はこの門が観光客の出入りに一番多く利用される観光面での正門でもある。
                             
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旧二之丸東鉄門
内堀側から見た東鉄門             <重要文化財>
 名古屋城本丸の搦手枡形の二之門跡に二之丸東二之門(外側の東鉄門)を移築したもの。
 移築した門は戦災をのがれて現存していたが「愛知県体育館」を建築する際に工事の邪魔になり一時的に解体され、結果として現在の位置に収まったものであるが位置こそ変わったが文化的価値に変わりなく重要文化財になっている。
                             
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二之丸西鉄門
三之丸から見た西鉄門             <重要文化財>
 名古屋城二之丸の西側入口大手枡形の二之門(外側の門)である。
 構造的には東鉄門と同じ高麗門で鉄板で覆われた頑丈な鉄門である。
 戦災をのがれた重要文化財としては、他の建物と離れた所に位置するため、意外と知られていない。
                             
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<参考文献>
新人物往来社「日本の城郭大系」、学習研究社「名古屋城」、メディアプレーン「Roos」、他


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