帰り道、電車の中。
私は素知らぬふりをして、MDプレイヤーをセットする。イヤホンを軽く耳に引っかけて、コントローラーの再生ボタンを押す。遠のいていく雑音の代わりに、プレイヤーから再生された音が私の耳を満たす。
幸せだと思うのはこんな瞬間。
全身を包む心地よい疲れは、ゆっくりと私の思考を眠りへと誘っていって、耳に優しい音はそのまま、私は静かに目を閉じる。
地下鉄が乗換駅に到着するまでの短い時間、私はひとときの夢を見る。
そこにあるのはまだ治まりきらないドキドキと、明日を楽しみにするワクワクと、今日というこの日を誰かに感謝したいありがとうでいっぱいの幸せというもので、そんなものに囲まれている自分を、私は本当に嬉しく思うのだ。
幸せな夢は私を誘い、私は望んで身体を投げ出す。
ただそれはまだ秘密なのだ。でも、今はそれが楽しくて仕方ない。じれったいふわふわに身を任せれば、ほら、そこにはあなたがいる。
今はこの雰囲気に飲まれてくれることを願って、わざとが半分、私はあなたの肩に頬を寄せる。あなたはきっとそれを拒みはしない。私は疲れて眠っているんだから、許してくれるでしょう? そんな言い訳めいた思いがちくちくと胸の風船を突き刺して、もしかしたらもうすぐ破裂しちゃうのかもしれない、なんて。
だからこれはそれまでの秘密。
電車が駅に着くまでの、私ひとりの小さな妄想。あなたと私はまた一年後もこうやって、電車の中で肩を並べているの。
顔を火照らせて、電車の揺れに乗じて、私は頬を彼の肩に落としてしまう。こんなわがままな気持ちに気づかれたら、きっと私はあなたの顔を見れなくなってしまうもの。
だから私はお祈りするの。この世のどこにいるのだか分からない神様とあなたの気まぐれに。
お願いよ、気づかないでね。
イヤホンからもれる音が、あなたの声だって事。