たいしたことじゃない

           
さぼさぬけ

 もしこの小指に赤い糸が絡まっているのならば、ハサミで断ち切ってしまいたい。もう二度とそれが絡むことのないよう、指ごと切り落としたって構わない。
 そして私は自由になるの。
 縛られた心なんて要らないわ。

 誰かのよく言う恋愛感情ってものが、私には存在しない。もしかすると昔はあったのかもしれないけれど、とうにどこかへ消えてしまった。けれど、そんなの全然たいしたことじゃない。好きだとか愛してるだとか、そんな言葉なんてまっぴらごめんだって、むしろそう思う。
 もしこの私が誰かと恋に落ちて結ばれる運命だとしたならば、私にとってはそれこそ悲劇だ。
 私にとって結婚とは将来を見通すためのツールでしかないし、その重要なファクターに恋愛なんて曖昧なものが絡んでくることも我慢できない。キスしたければすればいいし、セックスだってすればいい。だけどそこに恋愛なんておぞましいことを持ち込むってことは、その人のエゴだなんて勝手なことを考えている。
 キスだとか、セックスだとか。そんなことで人の心は動かないし、恋愛なんてわけの分からないものがその行為の原動力だなんて、思いたくもない。
 セックスしながら耳元で「君が好きだよ」なんて囁かれることを考えただけでも、身の毛がよだつのよ。本能に忠実な方が、幾分かわかりやすくて納得がいくってもの。
 そりゃあ物事には相性ってのがあるでしょうけど、それは、一定レベルをクリアしていればいいだけのことで。自主基準をクリアーした人の中から、だれと結婚すれば自分はいちばん幸せになれるか、冷静に選ぶだけのことでしょう?
 だから私は赤い糸なんて要らないの。
 こんなものが世の中に存在するから、人間は恋愛なんて不確かなものに縋り付くのでしょう?
 恋愛を確かにするための結婚というツールは、もはやツールを超えてひとつの到着点に達してしまったのだから、もうそろそろこの世の中から恋愛なんてものが消え去ってしまえばいいなんて。ああ、それは私のエゴかもしれない。
 世の中から見れば恋をしている貴方の方が正しいのだし、それを分からない私の心が間違っているのだろう。
 それでも私は恋愛ができない。赤い糸なんて要らないと思う。
 貴方のことをこんなにも大切だと思うのに、貴方はきっと永遠にこの気持ちを理解してはくれない。私もきっと貴方の恋愛感情を理解しない。

 赤い糸にハサミを入れた。
 その先に繋がれていた鳥は大空へ飛び立ち、私はひとり取り残された。
 これであの鳥は自由だ。そして、私も。
 胸の喪失感は、どことなく開放感と似ていた。

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