最初から完璧な鶏なんていないのよ。
あなた、柔らかい卵って知っている? 知るわけないわよね。あなた、なにも知らないんですもの。
農家の人は、卵を産ませるために鶏を飼うでしょう。でも、農家の人じゃなくてもね、昔はけっこういろんな家が鶏を飼っていたのよ。私の家も、そんな古い家のひとつだったわ。
雌鶏が一羽。近くの鶏舎のおばさんが、雛の時に私にくれたのよ。私は喜んで彼女を育てた。そして、彼女は卵を産むまでに成長する。私は彼女が卵を産む日を今か今かと待っていたわ。そして、とうとうその日が来たの。
ねえ、鶏だってね、初めから完璧な卵を産むことはできないの。彼女の産んだ最初の卵は、まるで卵じゃないみたいだった。
大きさは小さくて、殻は薄い皮膜だった。殻を通して、中の黄身の色が見えて、触るとまるで崩れてしまいそうだった。私は怖くなって、その卵を捨てたわ。誰にも見せなかった。壊さないようにだけ気をつけて、こっそりと畑の土に埋めた。
この卵を誰かに見せたら、それまでの自分の気持ちが否定されてしまうように感じたのだと思う。あとから、今になって、そんな気持ちが私を動かしていたんだと。
そんなことを、一週間くらい、繰り返して。やっと彼女は普通の卵を産むようになったわ。
私はその卵を両親に見せた。すごいでしょう。ねえ、見て、って。父も母も、すごいねって褒めてくれたわ。私が頑張って世話をしたおかげだねって、言ってくれたの。
私は嬉しかったわ。
でも、怖かった。私が隠してしまった卵が、どうなってしまったのか、私は知らないの。
あの卵は何だったんだろう。分からないの。もしかしたら、あの卵だって普通の卵と変わらなかったのかもしれないわ。けれど、私はあの卵を受け入れられなかった。そのことが時折酷く私を苛んで、どうしようもなく罪悪感に駆られてしまうの。
だって私は今、同じ過ちを犯そうとしている。
笑う? 莫迦な女だって。
でも、でもね。どうしてもだめだったの。人は異質な物を受け入れるようにはできていない。私は幼い頃にそれを知ったのよ。そしてそうして生きてきた。
だから、悲しいけれど。ここでお別れ。
さよなら、あなた。
私の、初めての、たまご。