you mean, you love me.

           
さぼさぬけ

 毀したのは私。それは不幸な事故だった。
 学校前の道は大きな坂になっていて、自転車通学の私はそこを思いっきり滑り降りるのが大好きだった。学校では禁止されているのだけれど、ぐんぐんと加速してくるスピードに、ドキドキする瞬間がたまらなくスリリングだった。
 その日は偶然に。普段なら人っ子一人通らないような坂の下に、彼が居たのだ。ブレーキをかける間もなくて、気が付いたら私と自転車の下に彼が居た。
 救急車を呼んだのは私ではなかった。学校の同級生が私と彼を見つけるまで、私はその場を動くことができなかったのだ。
 脊椎損傷。彼はもう二度と、自分で歩くことができない。医師の診断を聞いて、彼の父親は、私をひどく罵った。
 けれど彼は、まだ学生だった私を気遣って、事件を表沙汰にしないと言ってくれた。私のせいで、体の自由を失ったというのに。私はそれを素直に嬉しいと思った。自分が彼のためにできることならば何でもしようと思った。
 だから、私は彼のお願いを受け入れたのだ。
 私はその日から彼の弓だ。

 彼は将来を有望された弓道の選手だった。全国大会にも何度も出場していて、今年の大会でも優勝候補だったという。もう彼は弓道をすることができない。
 そして私は彼の替わりに、彼の弓になることを誓ったのだ。
 弓道は始めてみれば面白い。ぐんと引いた弦、ぴんと張りつめる空気に心臓はひどくドキドキして、それはとてもスリリングなのだ。私は日増しに弓道にのめり込んでいった。私と弓道を引き合わせてくれた彼に、感謝していた。
 ある日私は、大会で撮影された彼のビデオを見た。彼は美しかった。長い腕が力強く弦を張り、肘から顎へかけてのラインはまるで芸術品ではないかと思われるほど。彼は天才だったのだ。
 その弓の美しさに私は息をのむ。
 なんてこと。私は事故から三年後にして初めて、自分のしたことの意味を知ったのだ。
 私はこんなにも美しい弓を、毀してしまった。

「ごめんなさい」
 私は泣いた。彼の前で、幾度も幾度も同じ言葉を繰り返した。彼の指はもう弦を引くことができない。私が毀したのだ。私が彼の弓を毀したのだ。
「ごめんなさい」
 彼はもう動くことができない。それは私が弓を毀したから。
「きにしないで」
 彼は笑う。私はまた救われる。
「一生、君が僕の弓になってくれるんでしょう」
 それは神様の前で誓うような意味。
 彼は優しく私の背中を撫でる。その指のぎこちない動きが心に染みて、私は背を反らせた。

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