校舎三階から、屋上へと続く長い階段。
彼はいつも、そこで私を待っている。
私は息を弾ませながら階段を駆け上る。
廊下をラルゴで。最初の一歩をアンダンテ。リズム良く、スタッカート。休符無しで階段を上りきれば、そこに彼が居る。
「やあ」
かれは西日を浴びて、ゆっくりと左手を挙げた。
「よっ」
私も応えて右手を挙げる。
「どうだった?」
「うん、ばっちり」
彼と私は、あるカードゲームに凝っている。20面のダイスと50枚のカードを使ってプレイする、非常にマイナ調のゲームだ。
そもそも彼と私が知り合ったのも、近所で行われたそのカードゲーム大会がきっかけである。
昨日は、新しいパッケージの発売日だったのだ。
「とりあえず20パック買ったから、10ずつな」
まだ開けてないから、何が出ても恨みっこ無しだ。そう言って、彼は私にカードのパックを手渡す。
多重和音のようにパックは私の手の上に積み重なる。彼はさっさと自分のカードを開けていた。
「あっ、あーっ!」
私は愕然とした。彼が一番最初に開けた袋の中に、今回のレアカードのうちの一枚が入っていたのが見えたからだ。
「……欲しい?」
私は思いきり首を上下に動かす。私が音符だったなら、オタマジャクシのようなしっぽをひらひらさせていたに違いない。
「じゃあ、あげる。そのかわり……」
彼の次の言葉を私は予測する。
彼がかわりに要求するのはどのカードだろう。ついこないだ出たばかりの、フォーチュンだろうか? あれはまだ一度も大会で使ったことがないから、他のものがいいな。
「僕とつきあわない?」
小さく、でも、はっきりと。
彼の言葉は私の思考を転調させる。マイナから、メジャ。多分C7mから、C7への華麗なる転調。
「は? な、なんで?」
「そろそろ僕のこと好きになったかな、と思って」
「いや、別に……」
彼は付点四分休符のような微妙な間をおいて、そして、息を吐いた。
「それじゃあ、何のためにこんなところで待ち合わせしていたんだろ」
「?」
「えーと、つまり、吊り橋効果」
私の目はきっとフェルマータみたいだったに違いない。
つまり彼は、私に階段を上らせることによって生じる鼓動を利用して、私を陥れようとしていたのだ。
「なんて、姑息な」
なんだか騙されていたような気がして、非常に悔しかったので、今の鼓動のアレグロは私の心の中にこっそり、しまっておくことにした。
トゥ・コーダ。