愛してクレヨン

           
さぼさぬけ

 彼女の誕生日にクレヨンを贈ることにした。彼女は絵本作家だからだ。
 場所は彼女の家。日にちは彼女の誕生日。ベストタイム・ベストプレイス。僕はにっこり微笑んで、彼女に包みを手渡した。
「誕生日おめでとう」
 彼女は待ってましたとばかりの笑みを浮かべて、僕の手から包みを奪い取る。そして、ふと、首をかしげる。
 左眉をちょっとひそめながら、彼女はゆっくりと包装紙を剥がした。包みの下から、「さくらクレヨン」の文字が現れる。彼女は一瞬手を止めて、それから顔を上げると僕を睨んだ。
「なによ、これ」
「なにって、見ての通り」
「なんでクレヨンなのよ! もっと、こう、ロマンティックなものは思いつかなかったの?」
「だって、必要かなと思って」
 彼女は小さな頬をシマリスのように可愛らしく膨らませる。
「使わない?」
「使わないわよ、今更クレヨンなんて。
 今はもう、全部デジタルで作業をしているから。加工ひとつで、クレヨンの効果も油絵の効果も出せちゃうのよ。あなた、ホントになんにも知らないのね」
 不機嫌そうな彼女を宥めるように僕は言う。
「でも、これから必要にはならない?」
「そんなわけないでしょ。クレヨンを使うのは小学校三年生までって決まってるのよ」
 どうやらそれが彼女のルールらしい。僕は思いきり笑いを浮かべてやった。
「だから、だよ」
「なにが」
 彼女は僕の表情をお気に召さなかったようだ。仕方なく僕は元の顔に戻して、種明かしをするマジシャンの楽しみは心の中だけで存分に味わうことにした。
「知ってる? クレヨンの太さってさ、成人女性の指と同じくらいの太さなんだよ」
 彼女が驚いた顔をする。僕は彼女に向けて、ゆっくりとクレヨンの箱を開いた。
 一番右端の、赤いクレヨンを取り出して、種明かしをする。
「結婚しよう」
 場所は彼女の家。日にちは彼女の誕生日。ベストタイム・ベストプレイス。
 赤いクレヨンから抜き取った指輪は、彼女の左薬指に、ぴったりだった。

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