昔話や童話からタイプを理解する方法 シリーズ4
つぐみの髭の王様と
結婚した姫は タイプ2か?
1 娘を躾る父
グリム童話は、グリム兄弟が民話や伝説を集めたものだとよく知られています。「赤ずきん」や「ヘンゼルとグレーテル」は有名で、世界中で誰知らぬ者はいないほどでしょう。
しかし、今回、取り上げる 「つぐみのヒゲの王様」は、日本ではそれほど知られていないようです。そこで、まずはストーリーから紹介したいと思います。王様に一人の姫がいました。とても美しかったのですが、高慢で、他人をあざけ笑い、あだ名をつけるのが得意でした。さて、姫様の結婚相手を決めるパーティーが開かれ、王や公爵や伯爵が招待されました。お姫様はどの人にもケチをつけ、あだ名もつけました。そこで、あごの曲がっている王を見て笑い出し、「あの方のあごはつぐみの口みたい、つぐみ髭という名前にしましょう」と言い放ちました。
王様は、この様子を見て大変立腹し、「最初に城に来た男と結婚しなさい!」と姫に命じました。4日目になり、乞食のような旅芸人が城の門前で堂々と歌っていたので、王様は「アイツを連れてこい」と城に招き入れました。「お前の歌が気に入ったから、この娘をくれてやる」と言い、娘には「この夫とどこへでも行って暮らすがよい」と命じました。
姫と結婚した乞食は、汚い小屋に入り、「ここが私たちの家だ。火をおこし水を汲み、料理を作るのがお前の仕事だ」と言いました。しかし、お姫様に料理などできません。「役に立たない女だなあ、ならばカゴを作れるか?」と尋ねました。しかし、それも姫には難しい仕事で、手に怪我してしまいました。
仕方がなく乞食は陶器を仕入れて市場で売る仕事を見つけてきました。美しい娘の売る陶器は、たちまち市場の評判となり売れ行きも好調です。 しかし、それもつかの間、軽騎兵が馬で通りかかり、陶器はみんな粉々にされてしまいました。そんなわけで姫様は貧しい生活をし、食べ物さえ満足に取れませんでした。
ある日、さるお城での台所の仕事が見つかりました。姫は食事の食べ残しを入れる壷を2つスカートにくくりつけて働きました。その日は、城の王子さまの結婚式でしたが、姫は恵んでもらったスープやパンを壷に入れていました。
その時、一人の招待客からダンスを申し込まれ、強引に手をひっぱられたから大変です。隠しておいた壷から、スープやパンがこぼれ出しました。これを見た人々は大笑い。姫は恥ずかしくて、一目散に逃げ出して階段を駆け下りると、そこに、かのつぐみの髭の王様が立っていました。
王様は言います。 「お前と一緒に身を落として、みすぼらしい小屋で暮らしたのはこの私です。軽騎兵もこの私さ」 それを聞いて、姫は自分を恥じて、激しく泣いて逃れようとします。「もう安心していい。悪い日はすぎ去った。さあ、私たちの結婚式をあげよう!」 こうして、2人は結婚式のパーティーを盛大に開きました。
2 男性に指導されたい女性たち
女性向けの童話には、いじわるな継母が登場することが多いのですが、珍しく、この物語は娘に厳しい父親が登場します。まるで、父王とつぐみ髭の王様が結託して、姫の再教育をしているように見えます。
当会のエニアグラム理論には、「父親や男性を強く意識するタイプ」があります。厳しい父親の指導を受けて成長したがるタイプで、それはタイプ2・6・1の3つのタイプです。男性を大好きになりやすく男性嫌いにもなります。男性に憧れる反面、男性が怖くなったりもして、とかく女性よりも男性のほうに意識の向くタイプです。
ある2w1の女子中学生は、大好きだったタイプ2w1の父親を亡くしました。葬儀が終わって2〜3ヶ月後から様子がおかしくなり、荒れ狂いました。自暴自棄となり、母親に反抗的になり、勉強も投げ出してしまいました。
タイプ2にとって、父を尊敬していたならば、死の痛手は大きく、ぽっかりと胸に大きな穴が開いてしまうでしょう。生きる意味をなくし、生きる張り合いもなくなるのです。尊敬していなければ、そこまでは行かないかもしれませんが。
あるタイプ1w9の小学男子は、父親が単身赴任しました。父親が在宅の時は宿題を忘れず、母親の言いつけにも素直でした。しかし、母子だけの生活になると、ダラダラとして勉強をやりたがらず、母親にわがままになったそうです。
あるタイプ6w7の男児は無口でおとなしい父親に対して、何か不満があるらしく、父に注意されると、いつまでもプリプリと怒っていたようです。進級して、学校の担任が厳しい指導をするタイプ2w1の男教師に変わりましたが、ハキハキとうれしそうに登校するようになり、父親との関係さえも良くなったようです。その前はタイプ2の女性担任でしたから、反抗ばかりして、教室中を引っ掻き回して、授業が円滑に行かなかったと報告を受けたこともあります。父代わりになるような強い男性教師が、彼には必要だったようです。
あるタイプ1w2の小学女子はバレー〔ダンス〕を習っていました。日頃はあまりやる気があるようには見えなかったようですが、父親が練習を見学に来た日は、ピシィと緊張感があり、うまく踊れたみたいです。
あるタイプ6w5の夫は、大学では野球部に属していました。野球部の顧問は男性で、慕っていたようです。ある女子大に通う6w7は、タイプ2w1の彼氏とつきあっており、将来は結婚するつもりだったようです。しかし、何か出来事があったのか、彼は彼女に泣き顔を見せてしまったようです。6w7の女子大生は、すぐに交際をやめてしまいました。「泣き顔を女に見せる男なんて‥」と母親に告げたようです。
このように、事例は幾つでも上げられますが、共通しているのは、父親や強い男性の存在が、母親に比べて格段と大きいことです。精神的な支柱になっており、父親に叱咤激励されたい、自分の努力を認めてもらいたい、頑張ったことをほめて欲しいと、心の奥深くで願っているのです。
3 教育したがり・教育されたがるタイプ2
「源氏物語」を著した紫式部は、タイプ2ではと予想していますが、その一つの根拠として、光源氏が「紫の上」を幼少の頃から引き取って、自分の手で理想の女性に教育したというところです。
ミュージカルの「マイフェアレディ」は、下町育ちで教養のない下品な娘を、教授が立派なレディに仕立て上げるというストーリーです。これも原作者はタイプ2ではないかと予想され、タイプ2の性格が作品に投影されていると考えられます。
タイプ2は「お母さん気質」と呼んでおり、教育熱心で、さながらDNAにそんな教育遺伝子があるのではないかと思うほどです。教育家や教育思想に関する著者の多くは、タイプ2です。例えば、福沢諭吉・新渡戸稲造・ルドルフシュタイナー・モンテッソーリ等々です。
さて、あるタイプ2w1の中学一年の女子は、一人っ子で、母親にかわいがられ過ぎたのか、わがままな甘えん坊でした。母親が高齢出産をして、弟ができた頃から、女子の様子に変化が訪れました。弟を可愛がり世話したがり、甘えん坊の性格が一変したということです。また、しっかり者となり、学校の成績も極端に良くなったというのですから、その変わりようには皆が驚いたようです。
タイプ2にとって、年下でかつ自分が世話したり教育できる相手がいると、緊張感があり、気持ちに張りも出てきます。まさに、生まれながらの教育者で、母親気質があるためと考えられます。また、2w1のほうは教育されたがる傾向もくっきりと見え、各種の資格を取るのに熱心で、老齢期に入っても大学に通いたがる人がいます。
学校のPTAの集まりによく参加するのも、タイプ2の母親たちです。大抵は女性の集まりですが、たまに男性が参加しますが、その男性たちもタイプ2であったりします。また、タイプ2w1を講座などで、冗談めかして「資格魔」などと語ることがあります。それほどに資格を取りたがり、学校に通いたがり、教えたがり、師事したがる傾向が顕著です。
4 男性の世界に憧れるタイプ
さて、強い男を慕うのはタイプ6にもよくあります。強い男への憧れが大きく、強いということだけで尊敬してしまう傾向さえ見えます。また、男たちといつも一緒にいたがるので、ホモセクシャルと疑われてしまう男性もいました。男性歌手のCDばかり集めて、女性歌手のものは一つも持っていない人もいます。
タイプ6は本質が「次女タイプ」で、強い父親や兄たちを慕う傾向が著しく、強い男性ならば、自分を守ってくれると思うのか、そんな男に従順で、とかくうまく付き合えるほうです。総じて言えるのは、男性の世界全般への憧れが強く、女性に対しては低い評価をする傾向がくっきりと見えます。
なお、男友だちとつるんでいたがるのはタイプ2と6ですが、タイプ1はつるみたがらないタイプです。男性だけでなく、人と付き合うのは苦手となり、気疲れが多いためです。男友だちを欲しがらず、目上の尊敬できる男性を慕うほうで、この部分は、タイプ6とよく似ています。タイプ2は年下の男性を好む人たちが結構いますからね。
タイプ1の女性は、男性が近づくと緊張して、肩をいからせてしまうほうで、男性を怖がる傾向がよく見られます。タイプ1の男性も、逞しく力強い男性には緊張して、引き気味となり、へりくだってしまう傾向さえあります。真に尊敬できる男性ならば、自分を卑下して、相手を奉ることまでするかもしれません。
また、タイプ1にとっては、力強いというだけでなく、賢くて人格が高潔でなければ尊敬できないほうで、完璧主義的な傾向があります。あるタイプ1の男性は、尊敬していた男性が、仕事で些細な間違いを犯しただけで、尊敬の対象ではなくなりました。あるタイプ1の女性は、それまで完璧だと思っていた上司が、女性関係にふしだらだと知って、軽蔑する対象になったようです。とても極端になるのです。
タイプ1にとって、少しでもだらしないとか、いい加減さが見えると、ガックリとして尊敬できなくなります。男は信用できないと、生涯独身を貫いたタイプ1の女性もいます。このように、理想の男性像を心に抱くためか、強く尊敬したり、激しく軽蔑したりと、男性に過剰反応しやすいのは、タイプ1が最大です。
タイプ6が尊敬できる父親に近づき、慕いまとわりつくほうだとしたら、タイプ1は遠巻きにして、影からそっと父親を見つめているというイメージになるでしょう。タイプ2は父親と友だちづきあいしたいほうなのですから、父親への構えが三者三様に違います。
タイプ1は「長女タイプ」で、恥ずかしい言動をしないよう自分を自制するため、次女〔タイプ6〕のように父親に甘えたりまとわりつくことはできません。タイプ2のように気楽な友だちつきあいもしにくいのです。
なお、タイプ1と6は、主に教育されたがるほうであり、教育したがる傾向は低いタイプです。タイプ1の教師は比較的に見かけますが、
タイプ6の教師はこれまであまり見かけたことがありません。
5 高慢な姫は、タイプ2
タイプ1と6は、公の場では自分を抑制しており、「良い子」を演じたり、自然に優等生的な言動をしてしまうタイプです。この物語の姫は、明らかに高慢であり、男性への反発心の強いタイプ2であると判定できるでしょう。
ところで、物語の中で一部を省いて紹介していましたが、昔話や童話によくある「3つの繰り返し」を以下に書き出しています。
城を出た二人が森の中を歩いているときに、彼女は乞食に聞きます。
「まあ、このすばらしい森は誰のものかしら」
「あのつぐみ髭の王様のものさ」
「ああ、あたしはなんてかわいそうなあわれな娘なんでしょう。あのつぐみの髭の王様を選んでおけばよかった」
それから二人は草原を通りました。
「この素晴らしい草原は誰のものかしら〜この後は同じです。
二人はある町を通りました。「ねえ、この素晴らしい町は誰のも
のかしら〜この後も同様です。
タイプ2は、タイプ8とエニアグラム図内で線が繋がっているためか、よく似ています。人に指図してしまうほうで、欲望の強いタイプです。従って、自分の無くしたものの大きさを知ると、後悔するでしょう。むろん、それはどのタイプにもあることです。しかし、他の二つのタイプと比べると、タイプ2は無くす心配をせず不安感も少ないために、高慢になりやすいと考えられます。
タイプ1と6は怖がりで心配性ですから、強い男に守られたい、慕い尊敬したいという気持ちが強くなります。タイプ2を「懲りない人たち」と呼ぶことがありますが、懲りない人たちには、この父王のような容赦のない厳しい躾が必要な場合もあると考えます。
ところで、ユング派の分析医として著名な河合隼雄さんを、当会ではタイプ2と判定しています。河合氏は、たくさんにある童話の中から、この「つぐみの髭の王様」を選んで著書で紹介しています。この物語に共感を持っているような書き方です。
同じタイプは、同じ物語に共感しやすく、違うタイプの物語は、まったく理解できないことがしばしばあります。となると、この物語はタイプ2の女性が作り出したもので、語り継いだのもタイプ2の女性たちだった可能性はあるでしょう。