エニアグラム上級者理論    
 (研究生の研究発表シリーズ・その1)                     

  2006/09/20

 
ビジネス指南書は片寄った考え方をしている

                  研究生・ SAKURA

 過日、エニアグラム性格学研究会において、ビジネス書が話
題となりました。その中で「本当に役立つビジネス書と出会っ
たことがあるか?」という話になり、私も現在までに何冊か読
んだことはありますが、役立つと感じたものは特になかったと
記憶しています。巷にはビジネス書が溢れかえっていて、多く
の人がそれを読んでいるというのに、なぜ実際の職場で役立つ
ものが少ないのか疑問に感じるところです。そこで、本当にそ
うなのかを知るために具体的な著書を取り上げてみたくなりま
した。


 
数あるビジネス書の中から、若手社会人向けのメールマガジン
編集長の著書(ダイヤモンド社発行)を取り上げてみました。
この本は、そのメルマガに寄せられた若手社会人や企業の人事担
当者からの相談をもとに書かれています。しかし、メルマガで行
ったアンケート調査や統計資料を取り上げているわりには、細か
い数字的分析はなされていません。

 しかし、途中には、三択形式の「上司力テスト」を入れたりし
て、退屈しない構成になっています。また、著者の主張は終始一
貫しており、しかもその主張は繰返し書かれているので、その点
ではわかりやすい本だと言えます。著書に書いてあるものは、以
下、みな
緑字 にて紹介しており、その後に私自身の感じたこと、
見解などをまとめています。
   



☆「まず信頼関係ありき」という考えは正しいか?   


  上司と部下といっても、やはり人間同士の関係ですから、そこ
に信頼関係がなければ、上司の発した言葉の意図は、正確に伝わ
りません。部下と“信頼関係”を築くためには、「さまざまなモ
ノの見方」に対する上司の理解が必要になってきます。若手には
若手の見方がある。上司はそれを知ったうえで、話をし、彼らに
歩み寄っていくことが求められるのです。

  これは前書きにある文です。著者が信頼関係を大変重視してい
ることがわかります。私も信頼関係は重視するほうだと思ってお
ります。しかし、部下に言葉の意図を正確に伝えたいのであれば、
それよりも実際的な技能や技術を磨くべきではないでしょうか。

 言わなくても部下はわかっているはずだという前提で話す上司
もいると考えられます。また、「正確さ」の中には、「詳細さ」
「緻密さ」も必要になりますが、上司自身は詳細かつ緻密に伝え
たつもりでも、部下にとっては、おおまか過ぎてよく理解できな
い場合があるのではないでしょうか。

 また、仕事を遂行していく上で不測の事態が起きることも考え
ねばなりません。上司の経験が豊富であれば、それらをも予定に
入れて、部下に不測の事態への対処法なども指示しておくべきと
考えられます。

 
しかし、上司の中には実力もなく経験不足な人も実際にはいる
はずです。そういう上司が、ただ部下との信頼関係だけを大切だ
と力説しても、それは意味のないことのように感じられます。ま
た、独り善がりな指導をしている上司もいるかもしれません。部
下の中にも独り善がりに判断してしまう人がいるはずで、上司の
指示を曲解している場合があると考えられます。

 いろいろな部下がいるはずで、自分の意図することが正確に伝
わっているのか、上司自身が振り返り、確認を逐一取るとか、し
ばしば点検作業をする必要があると考えられます。そういうこと
の繰り返しから、間違いのない伝達ができ意思疎通もうまく行く
ものではないかと思われます。信頼関係のみを強調するのではな
く、技術的な分野での注意点などを細かく説明するのでなければ
現場で役立つものにはならないでしょう。


☆今の若手はみな同じ考え方か?   

 
今の若手は「仕事」と「生活」を別モノとは考えていません。
仕事でも生活でも常に「自己実現=自分らしさ」を求め、精神的
な豊かさを重視しています。「成長」は「自己実現」と並び、今
の若手が仕事に求める二大テーマともいえます。彼らは、誰が見
ても納得してもらえるような、わかりやすい「結果」を出すこと
を、成長だと考えているのです。


 
著者は第一章で「今の若手」を分析しています。今の若手全員
が自己実現と精神的豊かさを求めて働き、成長して良い結果を出
そうとしていると考えているようです。
しかし、これでは今の
若手をあまりに大雑把に捉え過ぎています。アンケート調査や統
計資料があるならば、その数字を挙げて説明すべきであり、また、
そうではない若手もいるのですから、それらの若手の意識調査な
どもして、部下にもそのような人物がいるのか把握しておくべき
だと思います。

 仕事と生活を別モノと考えている人たちもいるはずで、それら
の若手たちを取り上げていないのは片手落ちであり理解できませ
ん。むろん、さまざまな部下への仕事への動機づけや指導の仕方
などの留意点も載せて欲しかったと思います。

 著者は、どうやら無意識のうちに自分と同じ考え方をもって行
動している人たちだけを取り上げているか、自分流に物事を決め
付けているように見えます。筆者自身が大雑把な気質の人ではな
いか、自己中心的な判断をしやすい人ではないかと、そんな懸念
を抱かせてしまいます。


☆弱みを見せることで部下の信頼感は増すか?


 仕事以外の話をすることで、部下との親近感を高める効果があ
ります。心理学によれば、自分のプライバシーをオープンにすれ
ば相手は好意を待ってくれ、好意を持つことで相手も自分の胸の
内をオープンにしてくれる効果を生むと考えられています。自分
が苦手な分野を部下が得意としているならば、「キミの知恵を貸
してほしい」と頼ってしまっていいのです。人は裏切られるから
信頼をなくすのであって、能力がないから信頼をなくすわけでは
ありません。上司が部下に弱みを見せることは、部下のプレッシ
ャーを軽くするばかりか、「完璧であらねば」という上司自身の
呪縛からも解放してくれます。


 
第二章では「部下とのコミュニケーションのとり方」に関して
書いています。著者は、部下との信頼関係を築くためには「上司
がプライバシーをオープンにして弱みを見せること」が必要だと
書いています。しかし、上司の弱みを知った瞬間に失望し、上司
を尊敬できなくなり、上司への信頼感を持てなくなる部下も存在
すると考えられます。そのようなタイプの部下には逆効果の対応
だと言えます。

  また、どのような私的なことをオープンに話すのか、それが問
題ではないでしょうか。夫婦間とか嫁姑問題での悩みをウジウジ
と愚痴をこぼすように話したならば、部下との親近感は高められ
るのでしょうか。好意を抱いてくれるのでしょうか。みっともな
い上司だとか、家族ともうまくやれない上司なのかと、ガッカリ
したり期待はずれで失望することもあると考えねばなりません。

 基本的に、上司に能力がなければ、部下の信頼感を得ることは
難しいのではないでしょうか。能力があるから、それを認められ
て上司になったはずであり、そのような優れた人物でなければ、
部下の信頼感は得られないと考えます。また、上司に頼られては
困ってしまう部下もいます。頼りに出来る上司の下で働くから、
安心して働けるという部下もいます。

 さらに、不可解なことが書かれています。「人は裏切られるか
ら信頼をなくすのであって、能力がないから信頼をなくすわけで
はありません」のところです。意味不明に思われます。
 部下が、能力のない上司だと知らずに信頼して、その指示に従
って働いていたら、実はいろいろなミスが発生したり、うまく業
務を遂行できなかったならば、「裏切られた」と感じるのではな
いでしょうか。「上司に能力がない」ことは、イコール信頼でき
ないことだと私は考えますが、これを読む人たちはどのように考
えるのでしょうか。


 
完璧で有能な上司などいないのではないかと私自身は思ってお
りますが、そうであればこそ、部下たちと協議して、率直に語り
合う機会を設ける必要があると思われます。それは「頼る」ので
はなく、私的なことを曝しだすことでもないと思います。自分に
欠けたるところがあれば率直に認める上司のほうが好感は持てる
かもしれません。自分の過ちだと素直に認められる上司も好感が
持てると思います。

 しかし、部下たちとともに考えて力を合わせて困難を打破する
道を探すような上司こそ、真にオープンであり、部下との信頼関
係も築けるのではないでしょうか。「弱みをみせる」という発想
のなかに、部下への甘えや依頼心が垣間見え、自分に甘い方なの
ではと思われます。


☆「情」のモチベーションは原動力になるのか? 


 「上司のために」という部下の心情は、「応援したい」というフ
ァン心理に通じます。上司は部下を「応援する」だけでなく、自ら
が「応援される」存在になることも大切なのです。やはり「でき
そうか
?」と部下を気遣い、連日深夜まで仕事が及ぶようなら差し
入れをしたり、ほかの人に残りの仕事を割り振ってくれたりする
“情”のある上司こそ、魅力を感じるものではないでしょうか。

 上司の仕事は、チームの目標を達成し、結果を出すことにあり
ます。極論すれば、結果が出ていれば情なんてなくてもいいので
すが、情なくしては一時的な結果しか出すことはできないでしょ
う。上司は理による自己完結型のモチベーションではなく、人と
人とのつながりの中で生まれる情のモチベーションこそが部下の
原動力となることを、ぜひ心に留めておいてください。
 

 
この章では、反抗的な部下や仕事の意義を求める若手のモチベ
ーションの高め方、やる気を失わせない上手な頼み方など、テク
ニック的なことがたくさん書いてあります。しかし、最終的に著
者はテクニックよりも「情」のモチベーションを重視しています。

 また、著者自身が上司にしてもらって嬉しいこと、モチベーシ
ョンの高まる対応の仕方を書いています。著者は「情」を重視し、
「この人を応援したい」という動機で頑張ることができるタイプ
のようです。また、周りにたくさんの仕事を抱えて困っている人
がいたら、思わず手を差し伸べてしまう方のようです。


  しかし、部下によっては「差し入れ」などされても、「つまら
ないものでゴマ化す上司だ」と考える人もいると思われます。本
当は自分がラクをしていたいだけで、それで「ご機嫌伺い」して
いる厚かましい上司に思われているかもしれません。しかし、著
者は、このような思いを抱き、不快になる部下がいるかもしれな
いと、予想できないようです。


 
「情」ではなく、多忙時や締め切りなどで迫っていたならば、部
下と同様に一戦力として懸命に努めてもらいたいものです。自分
の机の周りをウロウロされては、仕事に集中できにくい部下もい
ます。干渉と感じて、うるさく感じる部下がいるかもしれません。
善意でも他人に手伝われるとかえって手間になり嫌だと思う部下
もいると思います。さまざまに違う部下がいると思われるのに、
同じような対応をすると逆効果になることがあるのではないでし
ょうか。


  ☆「上司力テスト」の回答は本当に正しいのか?  

 最終章では、 上司力とは、褒める力・癒す力・叱る力・切り
出す力・啓く力・伸ばす力・導く力・支援する力だ」
と書かれて
います。そして上記した力に関するテストが載っています。その
中から「切り出す力」のテストを取り上げてみます。


  会議での発言も少なく、仕事全般にわたって指示待ちの若手。
査定時の面談で、改善して欲しい点をどう切り出しますか。


A:
「会議での発言が少ないのが気になるんだよね。もう少しどう
にかならない?」
B:「先輩や上司の言いつけを守ってよくやってくれているね。た
だ、もう少し自信をもって自分で状況判断したり、意見を言ったり
してもいいんじゃないかな。たとえば、会議でキミが発言してくれ
ると、みんなもイメージがもっと広がっていくと思うんだよね」
C:「とくに言うこともないんだけど、強いていえばもうちょっと
積極性が欲しいかな。会議での発言も少ないしね」
 

正解:
B


 B
のように、褒めた後に、部下の協力を仰ぐ形で問題点を指摘し、
励ましてあげるのが正解です。
 

 果たしてBのようなアドバイスをして、部下は会議で発言をする
ようになるのでしょうか。部下は知識不足で会議の内容が理解でき
ないから発言しないのかもしれません。
 それならば、
Bのような「何でも良いから発言してみたら」とい
うアドバイスをするのではなく、まず会議で討論されている内容が
どこまで理解できている部下なのか、それを把握しなければなりま
せん。理解できているのならば、何が原因で発言できにくいのか本
当のことを聞きだすことが大切です。


 さらに、みんなの前では緊張して話せない部下もいるかもしれま
せん。さしたる意見と言えるほどのものが見つからない部下もいる
はずです。また、日頃意見を出せない部下であっても、よくわかっ
ている人たちがいます。

 会議で意見が言えないシャイな部下には、二人だけになる機会を
作って尋ねることもできます。会議で活発な意見を言う部下が有能
とは限りません。改善したいことは、匿名で書面で出させることも
できます。いろいろな方法を駆使する必要があります。

 A・B・Cの中では、Bが一番良いのかもしれませんが、比較す
るものがあまりにもお粗末です。AやCのようなことを言う上司な
ど論外であり、Bも、さしたる参考になるものではないように思わ
れます。ここでも著者は物事を非常に大雑把に捉えていることがわ
かります。


☆著者のタイプを予想する
 

 確かに同じ人間ですから、きっと通じ合えるはずです。ただし、
そこにはコミュニケーションという上司の「努力」が必要とされる
のです。


 確かに同じ人間ですから、努力すれば、いつかはきっと通じ合え
るかもしれませんが、
通じ合えないこともあると私自身は思うので
すが……。しかし、この本は最初から最後まで「信頼関係」という
言葉が頻繁に出てきます。著者は上司と部下の関係だけでなく、人
間関係全般に信頼関係が重要だと考えています。そして、努力すれ
ば必ず通じ合え、信頼関係が築けると考えています。これは、「世
界と肯定的に結びついているタイプ」である、タイプ2・タイプ6
・タイプ1の基本的な価値観です。


  部下との信頼関係の築き方の三つめは、部下を“成長”させるこ
とです。部下のほうもまた、上司に「自分を成長させてくれる」こ
とを望み、そういう上司を信頼する傾向が強いのです。
 

  著者は部下を成長させたいと考えています。すなわち、お母さん
的な気質(タイプ2)で、人を育成することを好む性格だと考えら
れるところです。なんとなく、仕事上での成長ではなく、「人間的
な成長」を促することが主たる目的のように感じさせられる文に見
えます。仕事を通して人間的に成長することはあると思いますが、
信頼していない上司や、能力のない上司に「自分を成長させてくれ
る」などとは望まないのではないでしょうか。


 応援したいという気持ちは、完璧な人間に対しては抱きにくいも
のです。二章で紹介したように、弱みは愛嬌や人間的魅力につなが
ります。


 著者は、弱みも長所になりうると考え、隠さずオープンにするべ
きだと考えています。弱みを見せたら危険が及ぶようなこともある
という考えは持っていないようです。

 以上のような特徴から、著者はタイプ
2だと考えられます。従っ
て、この本はタイプ
2の読者の共感は得られるかもしれません。そ
して、この本に書かれていることを実行した場合、タイプ
2の部下
に対しては上手くいく可能性はあると思います。

 しかし、タイプ
2
以外の部下に対しては的外れな部分があると考
えます。また、精神論的なアドバイスが多いように感じます。部下
一人一人の個性や能力を見極める方法と、それを知った上で、改善
したり指導する方法まで説いていなければ、あまり参考にならない
ように感じます。そして、もっと具体的で細かい対応を示せば、役
立つ本になるのではないでしょうか。