仲間たちのつぶやきシリーズ                        

                                                                    
     
      
父(6w7)について                                                      by  anperro 

 私は、幼い頃から父のことが「不思議?」でした。言動や考え方が全く理解できず話が通じないのです。母も姉も同様に感じているのが、端から見ていても分かります。ちなみに母と姉と私は2w1です。この2人とは意見の対立する時がありますが、話が通じないと感じることはありません。

 父は話好きでユーモアもありますが、家族には、いつも一方的に話します。また心配性なのか、相談するとかえって父の心配が膨らむばかりで、問題は一向に解決がつきません。逆に、父の心配事を娘である私のほうが解決しなければならない様になってしまうのです。

 ★優柔不断なところ

 ある時、父への誕生日プレゼントは何が良いかと尋ねたら、「今欲しいものがあるんだけど……」と言います。「ダウンジャケットが欲しいんだが、どの色にしようか迷っている」と、どうやら高価そうなので姉と合同でプレゼントすることになりました。

 この三人でお店に行くと、「今年の流行は白だが、汚れが目立つかな〜」「黒の方が締まって見えるな」「しかし白の方がオシャレだよな〜」と迷い、幾度も試着します。結局、私たちの薦めで白に決まりました。後から分かったんですが、父はその店の店員さんと親しくなっていて、どうやら10回以上もその店に通っていたようです。姉も私も買いたいものを決めるのは早いので、父の決断力の無さに驚かされます。その後も「黒もやっぱりいいよな〜」とぐずぐず言っていました。
 数日後、黒のジャケットも買っていました。昔から着るものにはうるさく、流行りものが好きで、靴や眼鏡、鞄などもたくさん持っています。それらを買う時も、きっと足繁く店に通ったに違いありません。

 ★車好き?

 父はよく車を変えるのですが、特に車好きという感じには見えません。車を洗ったりバンパーの中を覗いたりしている姿を一度も見たことがありません。ガソリンスタンドの人と親しく、その人任せにしています。家族で遠出をする時も運転するのは母の方です。

 車の下取りの時に高く売れないと嫌がり、ボディーに傷が付かないか絶えず神経を尖らせています。ガソリンスタンドで洗車した後も、家に帰ってから傷が付いていないか車を点検している姿をよく見ました。タイヤの減り具合、全体の色褪せ、エンジンの調子など、車に対する心配事は絶えないみたいです。私は車に愛着を持ったためか、売ってしまった時には悲しい思いをしたことがあります。しかし、父の心配は、転売の時に安くなりはしないかにあったようで、私には理解できませんでした。

 タイヤを盗まれた時がありました。朝起きるときれいにブロックがかってあり、4本のタイヤは全部無くなっていたのです。父はさぞや焦っていると思いきや、余裕を持って写真を撮っていました。「記念だから一緒に撮っておこう!」と私に言います。なんと! タイヤには特別に保険が掛けてあったのです。「心配性もたまには役に立つねェ〜」と、母は感心していました。

 ★父は親戚の連絡係

 週末には必ず実家に連絡をしていたようです。多い時は日に3〜4回、しかも長電話です。実家や親戚は全て遠方なので、とても気にかけているようでした。そんな時は「最近はどう?」というフレーズをよく使います。妹夫婦の近況を弟夫婦に伝え、それを親にも伝えます。むろん親戚中の電話番号は全て暗記しています。従兄がバイクで怪我をして救急車で運ばれたとか、従姉が高校に合格したなど、すべての情報は父が親戚中に流します。それを私たちにも必ず話すので、遠いところに住む親戚のお家事情は、ほとんど知ることになります。

 妙齢の娘たちより父の方が長電話なので、それでよく喧嘩になります。「これはすごく重要な話なんだ!」とよく言うのです。私にはただの世間話としか思えないので、よく呆れていました。
 数年ぶりに結婚式などで親戚と顔を合わせても、お互いのお家事情をよく知っているので、とても身近に感じるほどでした。
 

★近所の評判が良い父

 父の話し相手は隣近所にたくさんいます。自分の話をじっくり聞いてくれる人を選んで話しているようです。ケーキ屋のお兄さん、パン屋のおじさん、薬局のおばさん、クリーニング屋の奥さんなどです。
 「和菓子屋のオヤジは気難しくてダメ!」と、父親が言います。パン屋のおじさんは私が買い物に行くと、「お父さんはやさしくて良いねェ〜!」と言います。外ではとても評判が良いようです。私は、ある時、外で何を話しているのか知りたくて、聞き耳を立てたことがあります。

 「病院は大きい方が良いよ」「設備は細心の物が揃っている所が良い!」「先生は選りすぐりだ」などで、父が病院に入院した時の経験談のようでした。また、自分の病名も包み隠さず話していました。帰宅すると「◯◯さんちのお父さん糖尿病だって〜!」「◯◯さんちのおばあちゃん胆石の手術したそうだ!」と、仕入れてきた情報を即座に母に報告します。こんなふうなので、父がいったん外に出ると、なかなか家に帰ってきません。母もよく呆れていました。 

★入念な身仕度をする父

 洗面所の鏡の前で長居をするのは父です。母の出掛けの身支度は簡単ですが、父の身支度は入念で四方八方からチェックします。ですから、母たちと出かける時は、すぐに出発できるのですが、父が一緒だとそうはいきません。出かけに姉が、「頭が透けて見える!」と冗談を言うと、さらに出立が1時間は遅れます。
 また、鏡の前には父の化粧道具がズラッと並んでいます。姉が化粧品関係の仕事をしており、姉のところで手に入れた男性化粧品を一揃え持っています。娘の仕事に協力しているのかなと思ったのですが、高価な美容液も購入しており、若く見られたいのでしょう。実際、若く見られることをよく自慢します。「ボク、何歳に見える?」と、タクシーの運転手に聞くのが楽しみなのです。また、同窓会の写真を大切に持っていて、「ボクだけおじいちゃんじゃないだろう〜」と言い、幾度も家族に写真を見せます。

 父のカバンの中には、目や鼻、耳の薬や喉のスプレーなどの薬品が一杯に入っています。父に取っては必需品のようで、とくに首から上用に使う物が多くて、それらを持ち歩かないと心配みたいです。父は旅行好きではなかったのですが、旅の準備や仕度が大変だからかもしれません。

★男尊女卑的な考え方

 この言葉の意味を知ったのは中学生の頃で、それは「父のことだ!」と思ったのをよく憶えています。「男には価値があり、女には価値がない」と、その言葉の端々から感じるのです。「女が勉強しても、ろくな者にならない」「女が大学を出ても、何の役にも立たん」とよく言われました。

 高校生の頃、試験勉強をしていた時に、私の部屋に来て「早く寝た方がいいよ」と、しつっこく言います。それが嫌で、寝静まってから勉強したものでした。私を大学に行かせたくなかったのでしょうか? 美大に進みたかったのですが、父から「そんな所に行って、ろくなことはない!」「ヒッピーに捕まるだけだ」「何の役にも立たない!」「嫁のもらい手がなくなる」などと言われました。そういうことを聞かされるたびに、私が男なら、父はなんと言うのかなと想像しました。
 父は祖父の仕事を継いでいるのですが、「商売の話は女には分からん!」「駆引きは女の考え方ではだめだ!」と言うのが口癖でした。仕事をする上で、男女の違いがそれほどあるとは思えず、私には意味不明な言葉でした。
                                     
★ エニアグラムを学んで

 父は数年前に他界しました。今こうして思い出して書いてみると、父に批判的だったと、改めて気づきました。子どもの頃から厳しく叱られたことは一度もなく、私にとっては「やさしい」というより、「甘い」父でした。特に強く反抗したことはありませんが、なんとなく不満を感じていました。厳しく強い男らしい父を求めていたのですが、実際の父は、逆に私に甘えてくるようなところがあったので、徐々に諦めたのだと思います。

 しかし、エニアグラムを学んでからは、父の考え方や行動の仕方、抱いていた不満が少しずつ分かって来ました。そして、自分を前向きな性格だと思っていましたが、父を見習い、もっと慎重になった方が良いのだと、最近になってようやく分かるようになりました。もっと冷静になって父の話に耳を傾ける必要があったように思います。
 現在、こうして幸せな日々を送ることができるのも、父のおかげだと感謝したい気持ちになっています。