仲間たちのつぶやきシリーズ                                    

              
          子どもたちの性格分析           
                          
                                          月見 朗

 このところ、各地で中学生による犯罪が多発している。栃木県の
女性教師刺殺事件,東京都の警察官傷害事件,埼玉県や名古屋市で
の同級生への刺殺や傷害事件などである。
 そして,すぐに「キレ」てしまう彼らに対して,現場の教師たち
から「最近の子どもの心が理解できない。」とか「生徒の心は年々
ではなく,日に日に見えなくなっている。」などという声が聞かれ
る。しかし,小学生に日々接して いる私には、「キレル」とすれ
ば,それは突然ではなく,そこに至る過程があると考える。

 ここに紹介するY男は個性的な性格であり,「いじめ」の対象に
されがちな子どもである。そのY男を指導した研究記録を報告する
ことによって,子どもたち一人一人の性格を見極めれば「心」が理
解でき,それに基づいて指導していけば信頼関係を作ることが可能
であることを訴えたい。

  1 研究のねらい  
                              
 学校は集団活動を通じて視野を広め,異なる考えの人々とも協調
しあい,互いの価値観を認め合うことを学ぶ場であるといわれる。
しかしながら,集団活動になじみにくい性格の子どもがおり,その
結果として協調性に欠け,クラスの中に溶け込めず,はみ出した行
動をとる子どもたちが少なからず存在している。
 ここに取り上げるY男はそのような性格をもつ子どもであり,ど
のように対応し指導をしていくべきかを探るために本研究に取り組
んだ。
             
  2 Y男の言動  
                               
 1・2年の担任から見たY男の『行動の記録』欄には,次のよう
に書かれていた。  

・「集団の中でルールをなかなか守ることができない。」  
・「友だちに誘われても一緒に遊ぼうとしない。」
・「少々自閉的な傾向がある。」 
                        
 私が担任になった頃のY男は以下のような状態がよく見受けられた。

・整列ができない。
・突然,場に合わない奇声を発することがある。    
・授業中は教師の説明を聞いていない。         
・授業中,独り言を言って,授業とは関係無いことをノートに書きは
 じめる。
・係り決めや当番決めでは黙ってしまい,自分の希望を言わない。
・友だちが話しかけてもまともに答えない。            
・訳の分からないことをしゃべって,周囲の子どもたちと通常のコミ
 ュニケーションがとれない。

 その上,彼は学力も低位であり,運動も苦手である。
               
  3 研究方法  
                                
 Y男の内面性を探るために,心理学や精神分析学の書籍に数多く当た
ったところ,《エニアグラム》という性格学に出会い,エニアグラム
性格学講座に参加した。Y男のような性格についてエニアグラムの分
析によると以下のようである。 
   
ア.自分と人々との間には溝があることを感じており,自分を周囲か
  ら閉ざすことで自分を守る性格タイプである。周囲の人々の輪の
  中に入るのが苦手で,自然体で溶け込むことができにくい傾向が
  ある。

イ.アウトサイダー意識が根底にあるため,基本的に疎外感を持って
  おり,自分の異質性を様々な面で感じている性格である。そのた
  め,周囲の子どもたちから異質性を攻撃され,いじめられ,仲間
  外れにされることが多い。自分の閉鎖的で異質な性格に悩むため,
  問題が起きると自分の性格がよくないためだと自分を責め,痛め
  つけてしまう傾向がある。
 
ウ.「嫌い」という感情が発達して,嫌いを拒否できない苦しさを持
  っており,その結果すべてを投げ出すことがあり,周囲から誤解
  を受けやすい性格である。嫌なことを強いられると苦しくなって,
  授業に心が全く入らない。また,教師たちからさまざまに強制さ
  れると,さらに落ち込んで,テストにも無回答のままで出したり
  する。 
         
エ.根源的に「自分を正しく理解してほしい」という欲求を持ってお
  り,まずは社会や周囲の人々を知ろうと,人々から引き下がって
  観察している。教師やクラスの仲間から距離をとり,一人で想像
  の世界に浸り,授業を全く聞かないとか,登校拒否して自宅に閉
  じこもるなどをする。自分捜しや居場所捜しを続けている彼らは,
  自分が理解されることはまずないと苦しんでいるので,自分の存
  在をそのまま受け入れてほしがる。  
 
 以上のことから,Y男の性格を観察したならば,エニアグラムの分
析は的を得ていると思えた。Y男は繊細でナイーブで,何を考えてい
るのか分かりにくいので,付き合い方が見つけにくかった。
 しかし,エニアグラムの考え方を知って,彼との付き合い方を見い
だすことができた。つまり彼のような性格の子どもは,ありのままの
自分を正しく理解されることを望み,学校に自分の居場所があるのだ
と確信できることが大切だと思われる。

  4 Y男への対策 
                               
 そこで,Y男に対して次のような姿勢で接するように心掛けた。
          
A・叱らない。    
B・何事にも受容的な態度をとる。 
(例)a課題ができなくとも、やり遂げた部分だけを認め、ほめる。 
   b学校生活のどの場面でも,彼が求めた時だけ援助する。 
   c彼が求めた時は,身体接触を含めて遊びに応じる。     
C・彼が興味を抱き,進んで行おうとしている学習内容を捜し出す。
D・学習以外に持っている彼の興味や関心事・趣味を探りだす。 
    
  5 実践   
            
 以上のような対策について,それぞれ次のような実践を行った。
        
A整列時は,彼が整列していなくとも特に注意しない。 
B板書した文字などをノートに書き込んでいなくても,注意しない。
 テストの時,記入していなくても,無理にやり直しはさせない。
C算数の計算のように一定のやり方で解くことができる問題には意
 欲的に取り組むとわかった。また,コンピユータ学習も意欲的で
 ある。
D地下鉄や電車に関心を持ち,地下鉄の駅名は空暗記し,料金も覚
 えていることがわかった。

 このような発見をしてY男と関わっていくうちに,彼の態度が少し
ずつ変容しだした。地下鉄のことを話題にすると,週末に兄や祖母と
電車に乗って出かけたことを延々としゃべり始めた。
 また,彼の発案で使用済みの地下鉄の回数券を利用して,学校の登
下校を行うという遊びを私との間で始めるようになった。そして,各
特別教室へ出かける時には,私が作成した乗車券を携えて喜んで出か
けるようになった。
 また,ローマ字を学習した際に地下鉄の駅名を取り上げたところ,
意欲的にローマ字学習に取り組みだした。図画や工作でも,常に地下
鉄や電車を描いたり作ったりしており,その作成を励ました。コンピ
ュータ学習では地下鉄の駅名を打ち込んで印刷し,大事そうにしまい
こんでいた。

 そんな彼の様子を見ていた級友たちは電車の話を持ちかけたり,彼
が使用済みの回数券を1000枚集めることが目標と知ると,休日などに
使用した一日乗車券を手渡すようになった。
 また,体育の嫌いな彼に対して長なわ運動では,彼が跳べるように
励ましたり,跳ぶタイミングを教えたりして、8の字跳びがとべるよ
うになり、グループ跳びでは、15回も跳ぶことができるようになっ
た。そして,授業中の課題に対して,彼が立ち往生していると級友た
ちは競って教えだした。

  6 まとめ

  現在では放課になると,必ず私の席へ寄ってきて,授業のことや週
末の予定などを話しにくる。ときには,座っている私の背中を抱きか
かえて様々なことを親しげに話してくれる。また,彼は「ぼくの電話は
みんなの家にはつながってないけど,先生の家だけつながっている」と
言い,私を信頼してくれている様子がみえる。また,「5年生になって
先生が変わったら,定期券で行く(登下校する)。」とも語っている。

 級友たちは,彼への接し方がわかると,1〜2才下の弟をみるような
態度で応対している。集団行動に遅れがちな彼を,誰かが誘って連れて
いくようになった。係や当番その他グループ活動では,彼の意志を尋ね
て,誰かがグループに進んで入れるようになった。    
 また,彼がいたずらをされていると,相手をとがめたり,私に報告す
るようになった。時々,彼に意地悪をしていたM男は,昨年末の反省文
の中で「Yちゃんにちょっかいをかけちゃうから,冬休みがおわるまで
にはなおしたい」と書いて,いたずらをしないように なった。

 このような子どもたちの態度をみていると,教師がY男の世界を受容
したことで級友たちも彼を受け入れ,彼の味方をしだしたと言えるだろ
う。「Y男の表情が穏やかになってきたね。」とか,「よくしゃべりか
けるようになってきたよ」と他の教師たちから言われる。

 一方,低位の学力は相変わらずで,テストもほとんど無回答のことが
多い。また現在でも,体育のラインサッカーやポートボールではボール
が恐いと言って試合に参加せず逃げ回っている。

 低学力で運動嫌い,そのうえ友だち付き合いが下手で自己主張のは
っきりしない子どもは,学校では評価されることが少ない。彼らが学
校嫌いになるのは当然であろう。  
                 
  ところで、学校では集団生活を通して社会性を身に付けるとともに,
価値観や性格の異 なる人々とどう付き合っていくかを学ぶことも大切
である。級友たちにとって,Y男のような個性的な性格の子どもと付き
合うことは貴重な体験だと考えられる。 
      
   学校では指導の方法として「叱る」・「励ます」・「ほめる」・
「競わせる」などによって効果を上げようとしている。Y男の場合,当
初は叱っても励ましても効果がなく,叱ると彼はますます自分の殻に閉
じこもっていった。ほめてもうれしがらず,競わせようとしても乗って
くることはなかった。そこで叱らずに受容する態度で接していったとこ
ろ,徐々に心を開いて信頼を寄せてくるようになった。
 つまり,教師の指導を子どもが受け入れるには,その前提として『信
頼関係』を作り上げることが必要だと考える。

 なお,エニアグラムによる性格分析は,他の性格タイプの子どもたち
の指導にも有効であった。従って,教師は子どもたち一人一人の性格を
よく観察して熟知し,子どもとつながる方法を捜していくことが大切で
あると考える。 



     補足として
                                 りゅうとうまりこ

 この子どもはエニアグラムで見ると、タイプ4w5に当たります。集
団行動ができにくいのは、どちらかという、4w3ではなく、4w5に
多く、多動児に見られることもあります。しかし、タイプ4の子どもた
ちが全て同じではなく、さまざまですから、誤解しないようにしてくだ
さい。