作曲家・江口夜詩


  江口夜詩〔(えぐち よし:本名・源吾(げんご)〕は明治36年、大垣市上石津町(旧・時村)に生まれました。16歳の時、志をたて海軍軍楽隊に応募し、第一期軍楽補習生として横須賀海兵団に入団。大正10年には当時皇太子であった昭和天皇のヨーロッパ親善旅行随行軍楽隊員のひとりとして抜擢されました。そして、6ヶ月間にわたりイギリス・フランス・イタリア等ヨーロッパ各国を歴訪し、本場のシンフォニーやオペラに接しました。また、海軍軍楽隊専属の作曲家としての将来を嘱望され、海軍省委託生として、東京音楽学校(現在の東京芸術大学)に6年間通学してチェロ等の音楽を勉強しました。大正14年、処女作「千代田城を仰ぎて」を完成させました。この曲は、開局直後のラジオ放送で発表されました。また、昭和3年には昭和天皇即位大典演奏会で吹奏楽大序曲「挙国の歓喜」を発表しました。

  昭和6年に海軍を退役し、翌7年、亡妻をしのんで作曲した「忘られぬ花」が大ヒットしました。それまでクラシックの作曲家を目指していた夜詩は、これを期に流行歌の作曲に一生をかけることを決心します。その後「十九の春」「秋の銀座」「急げ幌馬車」「夕日は落ちて」「心のふるさと」「月月火水木金金」「長崎のザボン売り」「憧れのハワイ航路」「東京の空青い空」「赤いランプの終列車」「瓢箪ブギ」など数々のヒット曲を作曲。また、歌謡学校を設立するなど、何人もの新人歌手や新人作詩家を発掘し世に紹介。大衆音楽の父と呼ばれました。校歌や社歌、町民歌、地域の音頭なども数多く作曲。生涯にわたる作曲数は4,000曲を超えます。

  昭和38年、惜しくも病に倒れ、リハビリテーションに専念しましたが、復帰することができず、昭和53年12月8日、75歳で亡くなりました。


  江口夜詩の長男・江口浩司も、作曲家として活躍されました。代表作に倍賞千恵子さんの「下町の太陽」や菅原洋一さんらが歌った「忘れな草をあなたに」などがあります。長年にわたる音楽活動を通じて日本音楽界の進展に多大な寄与を果たされた業績に対して、第48回「日本レコード大賞」功労賞が贈られました。(社)日本音楽著作権協会評議員、(社)日本作曲家協会常任監事、全日本音楽著作家協会会長など多くの要職を歴任されました。
上石津中学校校歌、上石津町民歌、新上石津音頭、大垣市民賛歌、大垣養老高校校歌などを作曲(作詩)。
 日本昭和音楽村では、資料協力、シンポジウム、講演会、コンサート、合唱祭など各種事業への出演、編曲、運営アドバイス、合唱団の育成など、地域の文化振興に多大なるご尽力をいただきました。
 平成22年1月23日東京都世田谷区の病院で死去されました

江口夜詩
CD
作品集
発売中
2000年
日本のうたを創りあげた
パイオニア達
記念館をたずねて」
2003年
江口夜詩生誕100年

記念メッセージ
夜詩が愛した
ふるさと

夜詩
年 譜
夜詩作曲
校 歌
夜詩作曲
社歌・町民歌
音頭
2007年
昭和の日施行記念

江口夜詩と
昭和を彩った歌たち
2008年
江口夜詩記念館開館
15周年

江口夜詩没後30年
2009年
写真展 
江口夜詩が愛した
故郷の風景
2009昭和の日講演会
「故郷を想う 昭和の名曲たち」
写真展2009
「江口夜詩が愛した
故郷の風景
昭和の日講演会2010
追悼 作曲家江口浩司 
「歌い継がれる
永遠の江口メロディー」

江口夜詩記念館写真展 
「忘られぬ花」2010

江口夜詩記念館写真展 
「忘られぬ花」2011

作曲家 江口浩司
江口夜詩記念館 日本昭和音楽村のあゆみ
                
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