「よ…っ。」

満月を背に広がる純白の翼。

周囲に手のひら大の6つの魔力球(ビット)が各々を光で結び、六芒星を描いている。

魔法の森の奥に佇む一軒家の小さな庭に立ち、魔理沙は空を見上げた。

背中の羽を軽く動かすと、六芒星の光も微妙に色を変える。

「懐かしいものが出てきたもんだ…。」

呟き、軽く地面を蹴る。

体は重力に逆らい、地上に戻ることなくゆっくりと空へ。

森の木々を眼下に見下ろす高さまで上昇してから、羽を動かし一回転した。

「ふむ…。やっぱり細かくは動きやすいか。」

自分の体を中心に六芒星の光が体を追い、羽は満月の光を浴びて淡く、暗闇の中で浮き出ている。

「久しぶりに見つけたんだ、たまにはこういう散歩でもしてみるかね。」

時々行う、深夜の散歩。

満月の夜は妖怪達の動きも盛んになり、普通は危険なことこの上ない。

とは言うものの、魔理沙程の魔力があると妖怪ですら容易に手出しをすることは出来ないのがこの幻想郷。

それは、強さの基準が弾幕であるという幻想郷のルールの上になりたつものであり、魔法を行使するのは基本的に妖怪や、人間以外の相手のみ。

人間相手に魔法を使っても、それは人間として生きる者としてのルールを侵すことになる。

ここでは人間は弱者であり、狩られる立場となるが、それでも幻想郷には幻想郷の、人間には人間のルールが存在する。

が、最近の妖怪は人と区別が付かないものも多い。

やれやれだな…。

小さく笑うと、帽子を押さえ、ゆっくりと羽を羽ばたかせた。

あてもなく、ゆっくりと。

 

 

満月の夜は基本的に妖怪達の力が高まる時。

吸血鬼等がその顕著な例であるが、一般の妖怪もまたしかり。

そんな日は、人間の里も早くから灯りを消し、何事も無いことを祈るのが日々の常。

ではあるが、今日は少し様子が違った。

村を守る、村人からは守護神的な存在である慧音を中心に、村の中でも大き目の家に数人の人間が集まっていた。

 

 

「…ん?今何か聞こえたか?」

羽を止め、周囲に注意を払う。

何か聞こえた気がした。それも、人の声。

随分と人間の里に近づいたとはいえ、まだ森は深い。

しばらく耳を澄ましていると、かすかだが声が聞こえた。

「なんだ?こんな深夜に…。」

里までこのくらいの距離ならば、稀に、里を抜け出し遊んでいて迷う子供が居る。

慧音から聞いた話では、年に一回か二回はあるそうだが…何か起こるとすぐに顔をつっこみたくなる性分でもある。

慧音の言葉を思い出し、とりあえずそちらの方向へ進むことにした。

 

程なくして。

暗い森の中で一際漆黒に染まる一体を発見した。

「…またあいつか?」

呟きながら、高度を下げる。

段々と濃くなる漆黒の空気。いつもよりその魔力が大きく感じられるのは満月のせいだろうか。

満月の光もこの漆黒のカーテンに遮られ届かない。

羽ばたく羽の僅かな光と、近くから聞こえる声を頼りにそちらに歩みを進める。

木々の隙間を抜けると、地面に倒れこむような音が聞こえた。

顔をそちらに向ける。少し先に、転んだのであろうか人の影と、それに近づく人の影…いや、このカーテンの主であろう妖怪の姿。

声の様子からして叫んで入るのだろうが、その妖怪のすぐ側故、それすら僅かにしか聞こえない。

どうやら音すらも飲み込んでいくようで、徐々に木々のざわめきも遠くなっていた。

「ちっ…。」

舌打ちをし、右手側のビットを手に取る。

あちらの声が聞こえない以上聞こえるか分からないが、とりあえず叫びながら。

「里の人間を襲うとは関心しないな、ルーミア!」

直線状の光があたりを明るく照らし、漆黒の中心に向かって球状の弾幕が飛んでいった。

 

「ありゃ…気絶してるかな…?」

満月のせいでいつもより魔力が増幅されていたルーミアを追い払い、とりあえず駆け寄ったのはいいが、里の子供であろう男の子は気を失っていた。

特に外傷もあるわけではなく、単純に一時的なものだろうと思い抱き起こし頬を叩く。

「おーい。おーい、大丈夫かー。」

ぺちぺち。気が付かない。

さて困った。ヒーリングの魔法は得意ではない。里に連れて行くのが一番か…。

そう思った矢先。

「…ぅぅ…」

僅かに手が動き、そして徐々に瞼が起き上がっていった。

「お、気が付いたか?怪我とか」

「う…わぁぁぁぁ!」

男の子は魔理沙の腕から飛び出すと、後ろの木にぶつかった。

腰をずるずると落とし、泣きながらわけの分からないことを叫んでいる。

あまりのうるささに耳を押さえたが、

「ちょっと、落ち着けって。」

そういいながら近づいていった。が、錯乱しているのか、わけの分からない叫び声をあげながら首を振っている。

いつもの癖で忘れていた。ただでさえ黒と白を基調にした服であり、今日は箒ではなく、倉庫から見つけた符で羽を纏っていたことに。

「まいったな…。」

これ以上近づくと何をするか分からない。魔理沙も軽くパニックに陥った。

里の人間に悪い印象や記憶を植え付けるのは得策ではない。

どうしようか、と首をかしげた瞬間。

「そこまでだ!」

上空から、声とともに白い光が背中に突き刺さった。

ビットが反応して防御壁を展開させたため、直撃は免れたが衝撃で軽く吹き飛ぶ。

男の子の近くに転がり、素早く体制を建て直し立ち上がった。

「無傷か…その子を置いて立ち去れ。今日は満月だ、どうなっても知らんぞ!」

見上げると満月を背に、銀色の長い髪が見えた。そこから伸びる二本の角。

里の守り人の慧音だった。

「ちょ、ちょっと待て!」

慌てて構えを解き、声をかける。

満月の時の慧音は半端じゃなく魔力が高い。

一度戦ったことがあるが、特に今の状態では出来れば戦闘は避けたいし、何より弾幕戦を開始する理由が無い。

地面を蹴って飛び上がる。

「向かってくるとは、やる気か?」

慧音の前方に浮いた4つの光が赤と青に光る弾幕を放った。

「まて、私だ!私!」

「む?」

飛び上がったところに飛んできた弾幕を寸ででかわし、両手をあげる。

「もしかして、魔理沙か?」

大きく首を上下に動かす。慧音の前の光が消え、ゆっくりと近づいてきた。

「あ…これは失礼な事をした。大丈夫だったか?」

「いや、大丈夫だが。」

「すまなかった、その羽といい、妖怪かと思って…」

慧音が気持ち小さく見える。

ではなく。

「大方、里の子が居なくなって、とかだろ?」

ああ。二つ返事で頷く。

「さっき妖怪…ルーミアに襲われてたぜ。まぁ当然追い返したけど。」

魔理沙の後に続いて慧音が地面に降り立ち、木の根元へ歩いていった。

「…さっきの初弾の光で気絶したっぽいな。」

木の根元には男の子がぐったりと横たわっていた。

さっきの衝撃の影響は直接受けては居ないようで、外傷は無い。

「とりあえず、この子を早く里に返してやってくれ。」

「そうだな。重ねて、お詫びを言おう。」

「いやいや。無事で何よりさ。」

にっこり笑って、羽を広げる。

じゃあ、またな。そういって右手を上げた魔理沙に、

「私の家に来ないか?お礼も言いたいし、先ほどのお詫びにお茶でも入れよう。」

慧音はそう言葉を返した。