いつもより少し遅い朝食。
食後の紅茶を飲みながら咲夜は今日の予定を考えていた。
今日は珍しく仕事らしい仕事が無い。
掃除やレミリアの身の回りの世話はもちろんあるのだがそれは彼女にとって仕事という意識は無い。
彼女の言うところの仕事とはそのほかの館の管理等になる。
先日の霧の一騒動の時に壊れた館のあちこちの修復も完了し、久しぶりの時間だった。
と、その時。食堂と繋がるこの休憩室の扉が開いた。
「あら、今日はお休み?」
「あ、咲夜さん。はい、今日は非番なんですよ。」
いつもこの時間には門番をしているはずの美鈴だった。
服装もいつもの正装とは違い動きやすそうな服を着ている。ただ、戦闘には向いてはいないが。
この部屋にあるお茶ではなく持参したお茶の葉を入れ始める。
漢方系のようなものだろうか。一度飲ませてもらったが独特の僅かな甘みがあったのを覚えている。
その後姿を見ながら、ふとある考えが頭をよぎった。
「…あなた、今日の予定は?」
「えー、特にないですよ?非番と言っても一応何かあったらすぐ出れるようにはしたいですしね。
まぁ、大抵の事なら私じゃなくても衛兵でも十分でしょうけど。」
「そう…じゃ、ちょっと私の部屋に来ない?」
「へ?あ、はい、いいですけど…。」
咲夜が部屋に呼ぶのなんて珍しい。というか初めてのことじゃないだろうか。
そう思いながら、美鈴は入れたお茶を口に含んだ。
「…え、お洒落…ですか?」
部屋に入るなり鏡の前に座らされた美鈴はなにか気のないような返事を返した。
「そ。お洒落。あなたいつも味気ない格好だからね、もったいないでしょう?」
「は…はぁ…。」
とんとそんなものに無頓着というか興味のない美鈴はただ空返事をするしかない。
そうこうしている間に咲夜は手際よく道具をそろえて行った。
「んじゃ、今日はこれを借りていくぜ。」
「はいはい。二週間以内には返しに着てね。」
日課に近くなっている魔理沙の図書館訪問。今日も数冊の本を手に図書館を後にした。と。
「あ、魔理沙だー♪」
後ろから聞こえる声。振り向くと廊下の向こうにフランドールが居た。
「よ。珍しいなこんな時間に。」
「えへへ…それより魔理沙、遊ぼ、遊ぼ〜。」
「あぁ…普通の遊びなら、いつでも構わないぜ。」
走りよってきて魔理沙の腰に手を回す。苦笑しながらその頭に手をのせた。
「すまない霊夢、ちょっと用事が…って、心配なさそうか。」
ともに訪れていた霊夢を見つけ、同じ時間には帰れそうに無いことを告げようとするがその必要も無くなったようだ。
少し広い部屋に座っている霊夢の膝に頭を乗せ寝息を立てている小さな体。
「どおりでこの部屋、分厚いカーテンが閉めてあるわけだ。」
まだ昼になろうという時間なのに館全体が暗い。フランの所存もあるだろうが、もう一つの要因がそこにあった。
「レミリアもこうしてるとただの可愛い子供なんだけどね…。」
お互い顔を見合わせ軽く笑う。
「んじゃ、私もここでのんびりするかな…ちょっとフランを呼んでくる。」
閉じたドアを再び開き、魔理沙が部屋から出て行った。
「はい、目あけていいわよ。」
目を閉じるように言われてからほんの数秒。おそらく時間を止めていたのだろう。
頭が妙にバランスが取りにくい気がして仕方が無い。
「…」
目を開けると鏡に映っていたのは『おそらく』自分。
なのだが、その結論に達するまでに数秒を要した。
「いや、やっぱり着替えてもらってよかったわ。うん、良く似合ってる。」
咲夜はその出来に満足したのか、笑顔でうんうんとうなずいている。
鏡に映る姿。いつもの真っ直ぐ降ろした髪が真上から下がる部分が左右三つ編にされ前に。
耳の後ろから伸びる長い髪は左右対称に円を描くように左右につけられた花の髪飾りによって分けられている。
「…もうちょっと欲しいわね。」
口をぱくぱくする美鈴を見てそんなことを口にする咲夜。飾ってあった造花をその円の結んでいる根元の花の髪飾りに付け足す。
「ほら、やっぱり綺麗じゃない。」
「こ、これ…」
私ですか?と、定番中の定番の質問をする。しかし、とっさにそれしか出てこなかった。
「可愛い可愛い。」
いつもは門番として常に軽く動きやすい服装で極力不要なものを身に着けないようにしているため、このようなことは初めての体験である。
別人のように見える鏡の中の自分を見て、ただただ驚くばかりだった。
「さ、行きましょうか。」
「え?!」
咲夜のその一言に素っ頓狂な声を上げてしまう。
「この時間ならまだ魔理沙いるんじゃないかしら、いつも来てるし今日もきてると思うから。」
「えー!?い、いいですよ、恥ずかしいですって!」
真っ赤になって手を振る美鈴。その姿も妙に可愛らしい。
「大丈夫大丈夫、居なかったら居なかったで。とりあえずせっかくやったんだから部屋から出ましょう。」
「え、えぇぇぇぇー!?」
ずるずると引きずられて部屋を後にする美鈴。
妙に嬉しそうな、楽しそうな咲夜の顔が印象的だった。
図書館への途中、客間として空いている部屋から笑い声が聞こえた。
間違いない、魔理沙の声。
「あら、こんなところに。…ちょっと待っててね。」
戸惑いながらも扉の前で待つ美鈴。途中すれ違った館のメイド達に見られてはどこか気恥ずかしい思いをしたのを思い出していた。
「あら、お嬢様と妹様も。」
「おう、お邪魔してるぜ。」
「いつものことね。」
部屋の中には意外な姿があった。霊夢に懐いているレミリアはいいとして、妹であるフランドールまで居たのは正直驚いた。
「なんだ、メイドは卒業か?」
私服のその姿を見て魔理沙が冷やかす。無理も無い、咲夜が私服で居る事自体珍しいのだ。
「実は、ちょっと見せたいものがね。」
その言葉を受け流し、一同を見渡す。
「お嬢様と妹様も、よろしいですか?」
うんうん、と頷くフラン。レミリアは興味のある視線を投げてくる。
「では…。」
一度振り向き入ってきた部屋のドアを開ける。
「入ってきて。」
「や、やっぱり恥ずかしいですよぅ…」
「もう、ここまできて往生際が悪いわね。はやく、はやく。」
ドアの向こうのやり取りに全員が頭に疑問符を浮かべる。
咲夜が手を引っ張り…部屋に入れてドアを閉める。
「…」
「…」
「…」
「…」
落ち着かなさそうになれない三つ編を触る美鈴。
一瞬の沈黙。
「…可愛いー!」
一番に声を上げたのはフランだった。
「すごいな…紅魔館にこんなヤツいたのか…。」
続いて魔理沙が興味津々な視線でその少女を見渡す。
「うん、すっごい可愛いわ…咲夜さん、この人は?」
可愛いぬいぐるみを見つけた子供のような顔のレミリアを見、霊夢がたずねる。
「ふふふ、可愛いでしょう?」
うんうん、と頷く面々。なれない格好のせいか、恥ずかしそうに照れている美鈴。
「いいわねぇ…新しいメイドさん?」
「二人とも少なくとも一度は彼女と弾幕戦をしたことがあるはずよ?」
え。二人同時に声を上げる。真っ赤な髪。民族衣装のような可愛い服…。
「「えぇー!?」」
「もしかして…。」
「まさか…」
またも同時に驚いたような声をあげ、そこで言葉が区切れる。
全員がこの時、同じ事を思っていた。
(…名前、なんだっけ…!)