■モーツァルト作品解説■    [HOME]   [年代別目次]

歌劇「ポントの王ミトリダーテ」

K87(74a)

 14歳のモーツァルトが本場イタリアのオペラ・ハウスにデビューした作品として、「ミトリダーテ」は格別の興味をひく。いかに早熟とはいえ、批判精神旺盛なイタリアの演奏家や聴衆の前で、オペラに十分な経験のない外国の少年が成功を飾れたのは、メタスタージョ型のオペラ・セリアが、まことに約束ごとの多い分野だったからに違いない。多くの妨害や困難に出会いながらも、一流歌手を相手に実地にオペラを勉強して、イタリアでも名声を得させようという、父レオポルトの企ては成功した。モーツァルトはここでオペラを完全に習得したばかりでなく、翌年の「アルバのアスカニオ」、翌々年の「ルチオ・シッラ」の注文をも得たのである。
作曲の経過 オーストリア領ロンバルディア地方総督府長官フィルミアーン伯爵の推薦で、1770年3月中旬に作曲依頼、台本はやっと7月27日に入手、9月29日にボローニャで、作曲はレチタティーヴォをもって始まった。ミラノ着(10月18日)と共に、モーツァルトは「指が痛く」なるほど熱中したが、歌手たちの注文に応じる苦労には、並々ならぬものがあった。数多いアリアの異稿や断片が、その事実を物語っている。
初演 1770年12月26日、ミラノの大公宮廷劇場でモーツァルト指揮。各幕のあとにはフランチェスコ・カゼッリ作曲のバレエが上演された。稀にみる成功で、満員の観衆のもとに約20回上演された。配役はシーファレをカストラートのピエトロ・ベネデッティ(通称サルトリーノ)、アスパージアをアントーニア・ベルナスコーニ、イズメーネをアンナ・フランチェスコ・ヴァレーゼ、ファルナーチェを男声アルトのジュゼッペ・チコニャーニ、ミトリダーテをテノールのグリエルモ・デットーレというすばらしいものだった。
基本資料の所在 〔自筆スケッチおよび未定稿〕パリ国立図書館。〔全曲総譜の写譜〕リスボンのアジューダ図書館およびロンドンの大英図書館。
出版 新モーツァルト全集第2篇第5作品群第4巻(ルイージ・フェルディナンド・タリアヴィーニ校訂)。
演奏時間 序曲と第1幕約1時間半、第2幕約1時間10分、第3幕約50分、計約3時間半。
楽器編成 フルート2、オーボエ2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、ティンパニ、弦合奏、チェンバロ。
台本 イタリア語。ラシーヌの悲劇『ミトリダート』のイタリア語訳に基づいて、ヴィットーリオ・アメデーオ・チーニャ=サンティ(1725-1785)が執筆。
 小アジアのポントの王で、ローマ帝国を東方から悩ませたミトリダーテ6世(紀元前135-63年、エウパトールと呼ばれる)についての史実や伝説を、ラシーヌが悲劇にまとめたもの。チーニャ=サンティのものでは、ローマ側についたファルナーチェが最後に改心して定められた相手と結婚することが大きな違いだが、ミトリダーテが崩御する点が通常のオペラ・セリアとは少々異なっている。
登場人物 ミトリダーテ〔ポントおよび他の国々の王、アスパージアの恋人〕(T)、アスパージア〔ミトリダーテの許婚、すでに王妃の称号を受けている〕(S)、シーファレ〔ミトリダーテとストラトニーケーの息子、アスパージアの恋人〕(S)、ファルナーチェ〔ミトリダーテの長男、アスパージアの恋人〕(A)、イズメーネ〔パルティ族の王女、ファルナーチェの恋人〕(S)、マルツィオ〔ローマの護民官ファルナーチェの友人〕(T)、アルバーテ〔ニンフェーアの総督〕(S)、その他。
時と所 ニンフェーア(ニュムパイオン、クリミヤ半島の港)、紀元前63年。