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弦楽四重奏曲 第1番 ト長調 「ローディ」

K80(73f)

 このモーツァルトの最初の弦楽四重奏曲は、1年4ヵ月にわたった第1回イタリア旅行(1769年12月−71年3月)の折に、最初の目的地ミラノからボローニャに向かう旅の途中宿泊したローディで作曲された。自筆譜には、「アマデーオ・ヴォルフガンゴ・モーツァルト作の四重奏曲。1770年3月15日の夜7時、ローディにて」と、珍しく時刻まで明記されている。この日は、2ヵ月あまり滞在したイタリア前古典派器楽の中心地、ミラノを出立した日であるが、モーツァルトはたった今離れたばかりのミラノでの音楽体験を、おそらくこの地で初めて知った弦楽四重奏曲に定着しようとしたのであろう。
 ローディで作曲されたとき、この作品は緩・急・メヌエットというイタリア風の3楽章形式にまとめられていた。フィナーレとしてフランス風の「ロンドー」楽章を書き足し、ウィーン風の4楽章形式に拡大したのは、最初の形からかなりの期間を経た1772年から74年頃と推定されている。
 こうして生まれた4楽章形式は、けっしてウィーン的な4楽章の原理は示しておらず、作曲時期が離れているところからも、不統一の感が強いことは否めない。ところがモーツァルトは、その後12曲のより充実した四重奏曲を書いたのにもかかわらず、この最初の試みに特別の愛着を示している。1777年、マンハイム・パリ旅行に携えていったのは、この「ローディの宿屋で夕刻につくった四重奏曲」(1778年3月24日の手紙)であった。こうした強い愛着から振り返ってみるなら、典型的にイタリア的な第1、第2楽章、ザルツブルク的なメヌエット、そしてやはり典型的にフランス風のロンドという一見統一を欠いた楽章構成も、「クヴァンツが1752年のフルート教本において、ドイツ音楽の美学的なプログラムとして賞場した諸国民様式の混合の意識的な試み」(L・フィンシャー)として、14歳のモーツァルトの並々ならぬ意欲を示すものと解釈されよう。
 四重奏様式という点では当然ながらきわめてプリミティヴな段階にあるが、当時すでにかなりの水準を示していたサンマルティーニやボッケリーニの四重奏曲の直接の模倣は強くは認められず、トリオ・ソナタやシンフォニア等新旧の諸形式から独自にまとめられていることも注目される。
作曲年代 1770年3月15日、ローディで(自筆譜への記入)。ただし第4楽章は、1772年から74年にかけて、ザルツブルクかウィーンで。
基本資料の所在 自筆譜はベルリン国立図書館所蔵。
出版 旧モーツァルト全集第14篇、第1番。新モーツァルト全集第8篇、第20作品群、第1部門、第1巻。
演奏時間 約15分。

第1楽章 アダージョ(レオポルトによる) ト長調 4分の3拍子。ソナタ形式(二部形式)。
第2楽章 アレグロ(レオポルトによる) ト長調 4分の4拍子。ソナタ形式。元気一杯といった感じのシンフォニア風アレグロ。
第3楽章 メヌエット ト長調4分の3拍子。
第4楽章 ロンド−アレグロ ト長調 2分の2拍子。ガヴォットのリズムによるロンド主題が4現するフランス風ロンド。