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弦楽五重奏曲 第5番 ニ長調

K593

 「ト短調五重奏曲」から3年余ののち、モーツァルトはふたたび弦楽五重奏曲に取りかかり、この「コシ・ファン・トウッテ」の年と翌年とに相次いで2曲を生み出すこととなる。モーツァルトの、真の室内楽作品における最後を飾るこの2曲は1887年の2作品と様式の点ではっきりと区別される。ここにはモーツァルトの晩年の特徴が明確にあらわれている。この「第5番」は最も古典的ともいえるニ長調で書かれ、先の2作品に比べて規模はむしろ抑えられているが、より純化された形式と楽想において〈優美様式〉と〈厳格様式〉の2つの書法がみごとに融合している。そしてこの洗練された優美に、しばしばハイドン的な清明な快活さが加わり、これまでのいずれの五重奏曲にもみられなかった透明な世界が生み出されている。音響の幅も狭められており室内楽的精妙さを加える。緻密な声部処理のなかでかいまみせるチェロの独奏的な役割は前3年に同様にみられた特徴であるが、プロイセン王への献呈を企んでいたとする説(アインシュタイン)を説得力のあるものとしている。しかし、この曲の場合もアルタリア社からの出版は献呈者なしに残されている。
作曲の経過 この作品は次の変ホ長調作品と一緒に、1793年5月にアルタリア社から出版されているが、それには「ハンガリーの音楽愛好家のための作品」と添書きがあり、また同年5月18日のウィーン新聞に掲載された広告はある音楽愛好家に促されてこの曲が成立した旨、伝えている。このハンガリー出身の音楽愛好家でモーツァルトの支援者でもある人が誰たのか、今もって不明であるが、現在のところ、メーレン地方出身の〈富裕な大商人〉ヨーハン・トスト(1755年頃−1831年)ではないかとされている。トストは自らすぐれたヴァイオリニストであり、ハイドンはこの人物に1789年とこの五重奏曲の生まれた1790年、各6曲の2組の弦楽四重奏曲を献呈している。2曲の五重奏曲は、オーストリアの官吏であったフォン・グライナー(1730−1798年)の館で催されたアーベント・ムジークで奏されたであろう(1791年4月末、プフベルクの手紙)。作曲年代は1790年、12月。
基本資料の所在 ケンブリッジ、オルガ・ヒルシュ夫人(自筆稿)。
出版 〔初版〕ウィーン、アルタリア社、1793年。〔全集〕新モーツァルト全集第8篇、第19作品群、第1巻。
演奏時間 約28分。
楽器編成 ヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ。

第1楽章 ラルゲット 4分の3拍子−アレグロ2分の2拍子−ラルゲット−アレグロ ニ長調。序奏付のソナタ形式。
第2楽章 アダージョ ト長調。ソナタ形式。
第3楽章 メヌエット アレグレット ニ長調 4分の3拍子。
第4楽章 フィナーレ アレグロ ニ長調 8分の6拍子。